そんなマスメディア向けの建前綺麗事コメント真に受け取る
「ま、とにかくや、里美っちゅー娘とは会うんやろ? ワイを交えて」
「そうだな。サッちゃんがカピバラ見たいっていってるんだから、断ることはないか」
これが恋に発展しようがしまいが、あの可愛いサッちゃんと今よりも親しくなれる事は僕にとって単純に喜ばしい事なのだ。
「じゃあさっそく予定を聞いてみるか」
「ちょちょちょちょい待てーや」
家康が前脚を僕の携帯を持った腕に引っ掛けて、メールを打つ手を止めにかかる。
「何だ?」
「あんなーそんなすぐメール返したら、待ち構えてたのがバレバレやろ」
「実際待ってたんだからいいじゃないか」
「か~~せやからお前はアカンちゅーねん。ええか、恋心その物は確かに純粋なもんや。純粋やけど、それを成就させるとなると話は別や。自分一人で想っとる分には構へんけどな、恋愛は相手あってのことや。恋することは一人でできても恋愛は一人では出来んのや。せやから行動を起こす前に、それが本当にベストの行動かを常に考えなあかんのやで」
「それはつまり、駆け引きってことか?」
「ま、そういう言い方も出来るけどな、悪く取ったらあかん。良くも悪くも恋愛は心理戦なんやで。何も考えんと猪突猛進で突っ込む。そういう情熱直球勝負に弱い娘もおるにはおるけどな、そんなんは往々にして上手く行かんのが現実や。百一回目のプロポーズ的告白が感動的なんはドラマの中の作り話だからなんやで。実際あんな事されてみい、暑苦しくてかなわんわー」
「でもさ、大抵の女の子は『駆け引きなんかしない、自分だけを見てくれる一途で真っ直ぐな人がいい』とかって言ってるじゃないか」
「は~自分そんなマスメディア向けの建前綺麗事コメント真に受け取るんかい。哀れなやっちゃ。
そんなん当たり前やろ。『駆け引きする人としない人、どっちが良いと思う?』て聞いて『駆け引きする人の方が絶対良いよね~』『心理戦って最高!』とかぬかす娘がどこにおんねん。純粋な人が好きという発言をすることによって自分もピュアな女だと思われたいだけや。もしその言葉が真実ならストーカーが理想の相手ちゅーことになんねんで。あれほど相手の事を一途に想うてる人種は他におらんしな」
「それは揚げ足だろ。家康って何か捻くれてないか? サッちゃんは本当に純粋な子だと思うけど?」
「ほんなら聞くけどな、純粋な娘に対してやったら正直に想いぶつけたら必ず上手く行くんか?」
「そうじゃないけど……」
「せやろ? それに今その娘には彼氏がおんのやろ? 本命を差し置いてでもお前に振り向かせなならんのや。何の策も無い真っ向勝負で勝てるわけないやろ。ちっとは頭使えーや」
「そうはいうけど、じゃあどうすればいいんだ?」
「そのためにワイがおるんやないかい。ワイの仕事はお前が間違った行動を起こさんように、常に最良の行動を選ばす事や。ええか、恋愛は迷路や。迷宮や。ちょっと進むとすぐに二股、時には三股の道に出くわす。選択の連続なんや。しかも瞬時に判断せなあかん。そこで右行くか左行くかはたまた真ん中行くかを間違えると、ゴールまで遠回りになるどころか最悪二度と辿り着けんようになってまうんや。
今だってそうやろ。お前一人やったら速攻で『いつ空いてる? 僕はいつでもいいよ』とかアホ丸出しのメール返しとったやろ。そんなんばっか繰り返しとったら一面クリアすら儘ならんうちに残機ゼロのゲームオーバーやで」
僕は、家康の言った言葉と一字一句違わず打ち込んだ文章を、慌てて消す。
「とにかくメールはまだ返したらあかん。ちゅーかどうせバイトで会うんやろ?」
「いつシフトが被ってるかどうかは分からないけど、まあ近いうちには」
「会うても今日の事、お前から話題に出したらあかんで」
「え? 何で? 僕から話を振ったのに?」
「当たり前やないかい。顔合わせてすぐに欲しがり屋さんの目ぇして『いつ来れる?』言うたら相手ドン引き決定やで。愛想笑いの苦笑い返されて玉砕すんのがオチや。それにな、そもそもさっきのメールを100%額面通りに受け取るのが間違うてるんや」
「何で? サッちゃんはカピバラを見たいからああいう返事をしたんだろ?」
「お前なあ、社交辞令ゆう言葉を知らんのか。お前と里美がかなり親しい間柄やったら本気でワイに会いに来たいと考えて間違いないけどな、顔見知り程度なんやろ? したらフィフティフィフティと思っとかな」
「フィフティフィフティって?」
「ワイに会いたい気持ちが半分。『バイトの先輩からメールが来たからとりあえず返さなきゃ』という礼儀としての意味合いが半分」
「なるほど」
「せやから例え本人を目の前にしても、この事はおくびにも出したらあかんで」
「じゃあサッちゃんの方から切り出すのを待ってればいいのか?」
「まあそういうこっちゃ。向こうから言い出してきたらラッキーや。そのまま話を進めたらええ。もし音沙汰なしならなしでまた考えたる」