実物は筋骨隆々のつるぴか頭の髭坊主やで
「おのれはアホか」
昨日と同じく大学、バイトとやっつけて部屋に戻ると開口一番家康にそう言われた。いくら見た目が癒し系とは言え、疲れているところを罵倒されるのはなかなか不愉快である。しかし。
「食うもんが無い言うてるやないかい。何で昨夜もしくは朝のうちに前もって買うてこんのや。おのれは天使に餓死させる気ぃなんか? 天使殺したら恋愛云々どころの騒ぎやないで。確実に地獄行きやで。お前、地獄の恐ろしさをまるで分かっとらんやろ」
あ、忘れてた。昨日は仕方が無いとして、今日は確かに僕が悪かった。不愉快指数は半減した。
「ごめんごめん。ちょっと買ってくる」
サンダルを突っ掛けて玄関を出る。この先使い走りにされそうな予感を抱きつつ、スーパーに向かい、大量の人参とキャベツを三玉と、あと安かったので玉葱一袋をぶら下げて部屋へ戻った。
「お、キャベツやないか」
家康は嬉しそうな声を上げ、キャベツに齧りついた。黙っていると可愛いが、長い前歯を剥きだして食べている顔はあまり可愛くないんだな。
「玉葱もあるぞ」
「アホか。そんなもん生で食うたら死んでまうがな」
やっぱり玉葱丸齧りはきついか。
「なあ、シマリスの時も人参とキャベツだったのか?」
「食い物の好みは姿を変えた動物で決まるんや。シマリスの時はどんぐりやらヒマワリの種が無性に食いたくて堪らんかった。隙を見て失敬してたキャットフードもなかなかのモンやったで」
芯までぺろりと平らげると、家康は落ち着きを取り戻した。
「で、誰か好きな娘は出来たか?」
「昨日の今日で出来るわけないだろう」
「あのなあ、そんな悠長なこと言うてたら死ぬまで全世界で不動の一位やで。確かに『モテないランキング』には様々な要素が関係してくる言うたけどな、一番の要因は本人の異性に対する無安心さなんや。学校にも仕事場にも女の子はおるんやろ? 適当に見繕って早よ好きになれや」
「無茶苦茶言うなよな。大体何でそんなに急かすんだ?」
すると家康は途端に涙声になった。
「よくぞ聞いてくれた。実はな、最近上司が変わってん」
「え? 上司? 天使に上司がいるのか?」
「当たり前やないか。ワイら天使は一番下っ端やで。ヒラやで。こき使われるんやで。ほんでも今までは温厚で優しくて天使思いの良い上司やってん。せやから仕事はキツいけんども職場環境は良かったんや。けどな、その上司、あんまりにも放任主義で成果が上がらんもんだから先月遂に左遷されてん」
「左遷……ってどこに?」
「アラスカ」
「アラスカ~?」
「せや。人間も少ない上に寒い寒い不毛の土地や。ホンマ気の毒やった~。送別会では天使も上司も号泣やった。ワイら天使の上司は大天使長言うんやけど、大天使長は国に一人なんや。つまり国を統治してるのが大天使長、その部下がワイら天使ちゅうこっちゃ」
「大天使長が国ってことは、地球を統括する大天使長のさらに上の人がいるのか?」
天使に「人」っていうのもね。
「おるで。神サンや」
「かみさん? ああ神様か。ええ!? 神様!?」
「せや。クピドちゅー神サンや」
「クピド? 変わった名前だな」
「ああ、お前らにはキューピッドゆうた方が通じるか」
「キューピッドって……あの、弓矢持って背中に羽の生えた可愛らしい子供だろ?」
美術の教科書の、西洋絵画によく出てくる姿を思い浮かべる。
「それはお前ら人間の勝手な創作やろ。歪曲もええとこや。実物は筋骨隆々のつるぴか頭の髭坊主やで。めっちゃ強面なんやで。声も低いしな。あ、今のはオフレコで頼むわ。もちろん羽根と弓矢はあるけどな」
愛らしい姿のキューピッドが、実はハゲの髭マッチョだったなんて……ショック。
「んでな、先月新しい大天使長が来てんけどな、こいつがまた腹立つねん。ワイらの顔さえ見ればとにかく頭ごなしに『くっつけろーくっつけろー』しか言わへんねん」
「くっつけろ?」
「男と女や」
「ああ、そういうことか。でもそれが天使の仕事なんだろ?」
「それはそうやけど……なんちゅーかドライフルーツも真っ青なくらいドライなんや。前の上司は人間の気持ちを第一に考えてくれてん。焦ってくっつけても長持ちせんかったら意味無いやろ。せっかく頑張って成就さしたったのに天界に帰ってすぐ別れてもうたらこっちも切ないしな。
だからホンマに好きな相手が現れるまでじっくり待って、その恋が確実に実るように着実に育てていく。そういう方針やったんや。せやから前の女の子は丸々二年かかってしもたんやけど、でもその甲斐はあったと思うで。最初に出会ったときはどんよ~~り暗い顔やったのが、最後はもう別人みたいにイキイキ輝いてたからな。とても四十には見えんくらい若返っとった。嬉しかったでー。ワイもホンマはそういう仕事がしたいねん。
せやけど今度の大天使長は外資系だか海外組だか知らんけど、とにかく効率第一やねん。ノルマまで決めやがってからに。人間なんかもたもたしとったら恋する前に死んでまうから、一人の人間につき一ヶ月以内でケリつけろとか抜かしよんねん。アホちゃうか」
家康は履き捨てるように言った。もちろん表情は変わらないが。
「そうか、色々大変なんだな天使も」
「分かってくれるか。分かってくれたな? よっしゃほんなら早速アタックする娘決めーや」
「だからーそれとこれとは別だろ? いきなり好きになるとか有り得ないから。僕にも前の女の子……その二年かかった女性のようにゆっくりじっくり路線で頼みますよ」
「まあなあ、確かに無理矢理くっつけて喧嘩別れされても後味悪いしなあ……それにお前は三年連続一位で誰も手を出されへんかった天界の鬼門かつ問題児やからな……多少時間かかっても文句は言われへんやろ。よっしゃ! そうと決まれば五年でも五十年でも付き合うたる! 心行くまで本命の娘探せいや」
五十年て。爺さんになっちゃうじゃないか。今の今まで急かしてたくせにいきなりロングスパンだな。