世話んなったな、ほなさいなら
「あいつはなあ、ホンマ出来の悪い弟やねん。人間についてもちいとも成果が上がらんかったんや。それでもこれまでは婆ちゃんが何とか庇ってくれたお陰で堕とされずに済んどったんやけどな、上司が変わってしもうたやろ。そいで成績悪いのが隠せんようになって追い詰められてたんや」
「だから人間の姿になって……それで?」
「ほいでな、以前気晴らしにワイとDVD見てたらな、秀吉のヤツも徳川家康にえらい感銘受けたんや。でな、『俺、家康に改名する』言うて興奮しとったんやけど、ワイもどうしても家康名乗りたかってん。せやから次の日朝一で役所行って先に登録済ましてもうたんや。したらあいつ、偉い剣幕で怒りよってな……しゃーないからあいつ、ワイへの当て付けの意味も込めて秀吉に改名したんや。同じ名前は禁止されとるしな」
「え、喧嘩の理由って……そんだけ?」
「そんだけ言うなや。改名は天使にとって一大イベントなんやで」
「だったら何で譲ってあげなかったんだよ。欲しがってた名前だと知ってたのに、抜け駆けされて横取りされたら誰だって怒るに決まってるじゃないか」
転がされて目隠しされたままの秀吉がウンウンと頷いている。
「そない言うけどな、原則として改名は先着順や。同じ名前を名乗りたい奴が複数おったとしても、いちいち各々の理由聞いてたらきりないからな。本気でその名前欲しかったら誰を出し抜いてでも先に登録するべきなんや。改名に関してだけは早いもん勝ちなんやで。身内だろうが関係あらへん。そんなん天使の常識や。あいつだってよう知ってるはずや。
せやから本来なら恨まれる事自体、お門違いなんや。それにな、そもそも戦国武将シリーズのDVDはワイが勧めたんやで。つまりワイがおらんかったら秀吉のヤツは一生家康という名を知り得なかったちゅーこっちゃ」
「何か、千年も生きてる割に、喧嘩の内容がひどく子供っぽいのは気のせいだろうか……それで、秀吉はこの後どうなるんだ? まさか抹殺とか……」
「大丈夫よ。捕まえた堕天使は、天界の施設に連れて行って更生させるから」
優しい声ででキャンディさんが言った。
「良かった。兄弟で殺し合いとか見たくないもんな。でもさ、例え天使として更生出来たとしても、家康への恨みは持ち続けるんじゃないのか?」
「まあそこも含めて更生してもろたらええ」
「何だよ他人事みたいに。弟なんだろ? それに元はといえば家康が原因なんだし」
「そない言われてもな……まあ秀吉のヤツが天使として立ち直って、きっちり仕事するようになったら名前譲ること考えたってもええで」
「お、やっと兄貴らしい発言が出たな」
「じゃあそろそろおいとましましょうか」
キャンディが家康に声をかけた。
「今度こそ本当にお別れなのか」
僕は喉の奥が締め付けられ、涙が出そうになった。
「せや。人参ご馳走さん。お前ら上手くやれよ」
「ありがとう家康」
僕は剛毛の身体に抱きつき、背中を撫でた。佐倉を見ると、散々文句を言っていたがやはり寂しいのだろう、キャンディさんを抱きかかえて頬ずりしていた。佐倉の腕の中からするりと降りると、キャンディさんは秀吉の身体の上に乗った。家康も秀吉のすぐ傍へ歩み寄る。
「それじゃ、遥子さん、雅史さん、お幸せに」
「世話んなったな、ほなさいなら」
さよなら家康、そう言おうとした瞬間、二匹と一人の身体が激しく光った。僕と佐倉は見ていられずに目を覆った。そしてすぐに光が止んだ。再び瞼を開き、目が慣れてくると、部屋には彼らの姿はなくなっていた。
「行っちゃったな……」
僕は今まで彼らがいた場所を見詰めながら呟いた。
「なあ松岡」
佐倉の声に我に返る。
「なに?」
「どこまでやったんだ?」
「なにが?」
「里美と」
「えっ……どこまでって、そんなには……」
すっかり気が抜けていたところにまたもや予想外の質問をされて、激しく動揺した。
「キスはされたよなあ?」
佐倉が真正面から威圧するように見下ろす。僕は気圧されて後退り、ベッドに座り込んだ。暴力反対。
「しかも裸だったって事は、身体中にされたって事だよなあ?」
「ま、待て、落ち着け佐倉。あれは秀吉の罠だったんだから。分かってるだろ? 相手は人間じゃない。堕天使なんだ。抵抗できなかったんだ」
「堕天使の割には弱い奴だったけど?」
力で佐倉に敵わない事は既に証明済みだ。怒らせる訳にはいかない。
「だ、だから僕は操られてたんだって……」
「問答無用。どこにされたんだ?」
佐倉は力強く僕をベッドに仰向けに押し倒すと、今朝の秀吉のように身体に跨り、両腕を押さえつけた。不敵な笑みを浮かべた綺麗な顔が近付いてきて半ば怯える僕に唇に口付けた。さっきまでの厳しい口調とは裏腹の、優しく包み込むようなキスに愛を感じた。そして僕の唇と唇の間から舌が生き物のように押し入ってきた。
「んん……」
脳が痺れて堪らず呻く。佐倉の舌が、僕の上顎や歯茎をなぞっていく。触れるだけのキスをした昨日とは大違いの佐倉の舌使いに激しい快感を覚え、気を失いそうだった。
長らくそうしていた後に、佐倉はようやく口を離した。僕のか佐倉のか分からない混じり合った透明の唾液が、二人の唇を淫らに繋いでいた。
そして、こんなキスをしたくらいだから、佐倉もそれなりに経験していて、冷静なのかなと顔を見ると、恥ずかしいのかかなり紅潮していた。その顔に女を見た僕は一気に欲情した。今度は僕が佐倉の手を取り身体の上下を入れ替えて、Tシャツを脱がせた。
「あ……」
ブラジャーを外すと形の良い胸が露になった。顔を埋め口付け舌を這わせると、佐倉が初めて女の子らしい声を出した。僕らは夢中で服を脱がせ合い、裸で抱き合い、手で指で口で舌でお互いの身体を貪った。遂に僕と佐倉は結ばれた。




