キューティクルじゃない本物の天使の輪がくっきりと浮かび上がる
「何やて。何でワイの名前知っとんねん! 貴様誰やねん! 人間ちゃうやろ!」
人間じゃないって事は、サッちゃんも天使なのか?
「くくくブサイクなカバラピとは笑わせてくれるぜ。まだそんな動物ごっこやってんのか? 哀れな天使め」
カバラピじゃない。カピバラカピバラ!
「貴様……」
「随分探したよ、家康。十年間日本中を飛び回った。しかしお前には会えなかった。そこで俺は考えた。闇雲に追い掛け回すより、網を張って一所にじっとしていればいずれ必ずお前が降りてくるとな」
「網? 網てなんや!」
「頭の悪い奴だな。下等なげっ歯類になって知能も下がったか? そいつだ。そこでアホ面晒してる松岡雅史だ」
くそ、好き放題言いやがって! しかしアホ面は解除不能。
「雅史のヤツがどうしたいうんや! ちゅーか雅史に何したんや!」
「本当に馬鹿になったのか? お前らおかしいと思わなかったのか? 普通に考えて三年間もモテないランキング一位を貫き通す人間なんていないだろう」
「貴様、堕天使……秀吉か!?」
秀吉? それに堕天使って?
「かかかやっと思い出したか。お前のした仕打ち、決して忘れないぞ。そう、俺が操作していたんだぜ。三年間不動の一位の人間なんて、天使共は普通嫌がって誰も降りてこようとしない。しかし家康、お前はなかなか優秀な天使だ。出世欲もある。他の天使は尻込みしても、お前だけは必ず降りてくるという確信が俺にはあった。
三年間じっとこの男の近くにいるのもしんどかったがな、ひたすら待ち続けたよ。里美の姿になる前は女子大生として同じ大学に通ってたんだぜ? 調子に乗ってかなりの美人に変身したもんだから、危うくミスコンなんぞに選ばれるところだった。あんまり目立つと具合が悪いからな、俺たち堕天使は」
大学のミスコン候補……あ! 確か超美人で噂だった星川結衣だ! 頭も良くてミスコン候補でモテモテだったのに去年いきなり退学してちょっとした話題になってたんだ。まさかあの子が堕天使だったなんて……惚れなくてよかった。つーか堕天使って何だ?
「何でワイが現れた事が分かったんや!」
「お前ら鈍臭い天使には逆立ちしても分からんだろうがな、人間に天使が付くとな、ターゲットの頭の上にキューティクルじゃない本物の天使の輪がくっきりと浮かび上がるんだぜ。もちろんこれは人間には見えない。天使にも見えない。なぜか堕天使にしか見えない。最初見たときは俺も驚いたけどな、嬉しい誤算とは正にこの事」
「堕ちたお前が今さらワイに何の用やねん!」
「だから言ってるだろう。恨みは晴らすまで忘れないと」
「まさかお前……まだあの事根に持っとんのか?」
「当然だ。あれ程の屈辱を受けたのだ、俺の気が治まる方法は一つしかない」
この恨まれよう、家康は一体何をしたんだ?
「な、何や」
「お前を堕とす事だ」
「ふん! 出来の悪いお前ら堕天使と一緒にされるなんて御免やで! とっとと失せんかい、このスットコドッコイが!」
そうだ! 頑張れ家康! 負けるな!
「ぐわーっはっはっは! お目出度いヤツめ。いいか、教えてやろう。いかにお前ら天使が無力かをな。お前らはクピドに監視され大天使長に見張られてその力を制限され過ぎている。しかし俺達は違う。自由だ。フリーダムだ。いいぞー堕天使は。その力を好きなように使えるんだぜ」
「何抜かしとんねん! お前らは能無しでロクに仕事もできんから成績誤魔化すために自ら人間の姿になってターゲットに惚れさせるちゅう暴挙に出たんやないかい。それがバレてみっともなく堕とされた分際で偉そうな口利くな」
「……全く天使なんてのは哀れな存在だな」
「何やて!」
「大天使長にこき使われて、我儘な人間共を宥めすかして何年もかけて苦労して恋を実らせても『箸の持ち方が気に入らない』なんてクソみたいな理由で簡単に別れやがるんだ。勝手気ままな人間なんかに労力注ぎ込んだところで結局は無駄骨だという事になぜ気付かない? どうせ別れるんだから人間の手助けなんか端から無意味なんだよ」
「無意味なわけないやろ! ワイらのお陰で幸せになった連中は数え切れんくらいおるやないかい!」
「ま、そんなの所詮偽善に過ぎんがな。それよりこうして可愛い女の姿になって馬鹿な人間の気持ちを弄んでる方が百万倍気分が良い。男を虜にするこの快感といったらないぜ。猫だの犬だの下らん動物に変身して何ヶ月も何年も同じ部屋から出られないなんてまるで囚人だな。
ああ、堕とされて本当に良かったぜ。そこだけはクピドに感謝だな。どうだ家康、お前もイケメンになって女をたぶらかしてみたいと思わんか?」
サッちゃん改め堕天使秀吉は、妖しく光る目で見詰めると、指先で僕の顔をなぞり始めた。全身に鳥肌が立つ。
「黙って聞いとれば……はん! 偉そうな事ばっか言うてる割には雅史一人落とせんで佐倉に先越されとるやないかい。秀吉、お前は堕ちても能無しは変わらんちゅーこっちゃな!」
確かに。たとえサッちゃんが先に告白してきたとしても、恐らく僕は佐倉を選んだだろう。