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うん、佐倉とは別れて、サッちゃんと付き合う

 昼休み、二人で学食に向かった。思えばこの学校に来て以来、女の子と二人で昼ご飯を食べるのは初めてだ。


「何食べる?」

「松岡は?」

「うーん、そうだな、カツカレーかな」

「じゃオレも」


 僕達はトレーに四百円のカツカレーとコップに注いだ水を乗せ、自由に取っていい福神漬けを山盛りにして、奥の空いている席へ向かった。天井の高いガラス張りの食堂からは芝生の裏庭が見える。その一角に白い紫陽花が咲き誇っている。


「毎日食ってるよな?」


 カツを一切れ口に入れようと大口を開けた瞬間、佐倉が聞いてきた。スプーンからカレーが滴る。確かに僕は週に三日以上はカツカレーだ。ここの学食はメニューが乏しいので値段と量と味を総合的に比較すると結局カツカレーを選ばざるを得なくなってしまうのだった。


「ちょっと待て、何で知ってるんだ?」

「有名だぜ、松岡のカツカレー好き」

「そうなのか?」

「ああ、オレの中では」

「それって有名って言わないだろ。え? じゃあ毎日食べてる物チェックされてたってこと?」


 佐倉は淡々と一定のリズムでカツカレーを口に運ぶ。


「仕方ないだろ」

「何で」

「好きな男の行動は気になる」

「だって佐倉、昨日好きになったって……」

「あれは決定打だ。前から気になってた」

「だからそれなら、もっと話しかけるとかさ、毎日のように会ってるんだし」

「無理だ」

「どうして」

「緊張する」

「いつも変わらないように見えるんですけど」


 スプーンを持ったまま佐倉の動きが止まった。白いプラスチックの皿には、あと三分の一ほどカレーが残っている。


「仕方がない、君にだけ打ち明けよう」


 ふう、と一息ついた佐倉は、食べるのを中断して僕の目をじっと見る。


「何を?」

「酔って泊まった次の日、朝飯買って戻ってきただろ?」

「うん」

「松岡の裸を見ただろ?」

「うん」

「シャワー借りただろ?」

「うん」

「一緒に公園でパン齧っただろ?」

「うん」

「彼女いるかって聞いただろ?」

「うん」

「次の日また部屋に行っていいかって聞いただろ?」

「うん」

「いきなり鍵借りただろ?」

「うん」

「飯作って待ってただろ?」

「うん」

「オレがキスしただろ?」

「うん」

「告白しただろ?」

「うん」

「コーヒーの変わりにキスしろって言っただろ」

「うん」

「あれ全部、平常心でやってたと思うか?」

「少なくとも僕よりは落ち着いてるように見えたけど?」

「松岡がしてくれた長いキスの後すぐ眠ったのは、晴れて恋人同士となり、ようやく緊張から解放されて気が抜けたからだ。あの時は死ぬほど緊張したし、心臓だって破れそうだった。今だって胸がはち切れそうなんだぜ?」


 佐倉はスプーンを置き、隣に座る僕の太腿に左腕を裏返して差し出した。そして僕の右手を取ると、指を手首に当て、脈を計らせた。白いく細い手首に薄っすらと浮かぶ佐倉の静脈の中を、とくとくとくとくと、有り得ない速さで血液が流れている。


「な?」

「佐倉……」


 いつも表情が変わらないので気付かなかった。あの大胆な行動の数々は、緊張と恥ずかしさを悟られないようにするためだったのか。そんな佐倉がたまらなく愛しくなった。僕は彼女の手を握り締めた。



 学校が終わり、本当は佐倉と一緒にいたかったのだが、今朝、サッちゃんにちゃんと話をしようと言ってしまったので、連絡を取ることにした。佐倉にはバイトがあるからと言って別れた。嘘をついたことと、サッちゃんに会うことが後ろめたくて、でも言えなくて、心の中で何度も謝った。



 また襲われ兼ねないので部屋で会うのは危険だ。僕はサッちゃんを駅前のドトールに呼び出した。先に入ってコーヒーを飲む。


  サッちゃん、どうしちゃったんだろう。それとももともとああいう子なのかな。今朝の、身体を使って僕を振り向かせようとした行動は、いわゆる色仕掛けとも取れる。しかもあの様子からしてかなり手馴れていた。そんなことを簡単にするような子にはとても見えなかっただけに、ショックだった。


 コーヒーが半分になったところでサッちゃんが店に現れた。見渡す彼女に僕は手を上げた。神妙な面持ちで近付き、二人用の小さなテーブルの、僕の向かいに座った。


「何か飲む?」


 俯いて小さく首を振る。正直こんなサッちゃんを見たくない。サッちゃんをこんな風にしてしまっている自分も嫌だ。しかしこればっかりは仕方がない。今はもうはっきり言える。僕は佐倉が好きだ。


「松岡さん」


 しばしの沈黙の後サッちゃんはようやく僕の名前を口にした。


「何?」


 サッちゃんは僕の目をじっと見る。その吸い込まれるような瞳に、逆らうことが出来ない。何だろう、脈拍が少しずつ早くなってきた。なおもサッちゃんは無言で見詰め続ける。そしてにこっと微笑んだ。やっぱり可愛いなあ、サッちゃんは。


「松岡さん、私、可愛いですか?」

「……うん、可愛いね」

「私のこと、好きですか?」

「……うん、好きだよ」


 違う違う!


「じゃあ私と付き合いたいでしょ?」

「……うん、付き合いたい」


 何を言っているんだ、僕には佐倉が……しかしなぜかサッちゃんの誘導尋問に逆らえない。


「じゃあ今の彼女さんとはお別れして私と付き合いましょう」

「……うん、佐倉とは別れて、サッちゃんと付き合う」


 ああ、駄目だ、頭が働かない……サッちゃんの誘惑に勝てない……


「じゃあ行きましょっか」


 サッちゃんは席を立つと、僕の手を取り店を出た。向かった先は僕の家だった。


「ただいま……」

「おお、無事帰って来たか、どやった?」


 家康が迎えてくれた。


「お邪魔しまーす」


 僕に続いてサッちゃんが部屋に上がる。


(な! お前里美連れて来たんかいな。普通やないんやから気ぃ付けえ言うたやろ!)


「あ、家康、僕やっぱりサッちゃんと付き合うことにしたから」


(お前自分で何言うてるか分かっとんのか? 佐倉どうすんねん? それより人前でワイに話しかけるなや。正体バレるがな)


 助けてくれ家康! 僕は操られているんだ! 自分の意思とは無関係に言葉が出てくるんだ!


「もうバレてるんだからテレパシーなんか使わなくていいぞ? 家康」


 サッちゃんの口調がいきなり変わった。遂に本性を現したのか? しかし僕はもう口を利けなくなっていて、ただへらへらと笑う事しかできない。

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