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あれはワイ流の軽いジャブに決まっとるがな

「怖がらなくても大丈夫ですよ」


 頬を寄せ耳元で囁くと、サッちゃんは耳朶を軽く噛み、そのまま耳に舌を入れてきた。初めての感覚に鳥肌が立ち思わず声が上がる。


 そのまま顎、首筋と唇を這わせながら、僕のTシャツを脱がしにかかる。両手は服を脱がせつつ、唇と舌で僕の上半身の色々な場所を責める。無駄のない動きと、初めての刺激になす術がない。


 辛うじて首を曲げ、家康を見るが、傍観を決め込んでいるのか全く我関せずで寝た振りをしている。助けて欲しくもあり、このまま流されたくもある。サッちゃんが僕のジーパンのファスナーに手をかけたとき、机の上の携帯電話が鳴った。


 一瞬動きが止まったサッちゃんの隙を突いて僕は上体を起こし電話に出た。佐倉だった。


「学校来ねーのか? 始まってるぞ、講義」

「え、ああ、今から行く」

「分かった。じゃ」


 それだけで切れてしまった。講義中に電話って。しかし助かった。確かに告白されたのはタッチの差だし、二人とも可愛いのでどちらと付き合ってもいいとも思う。


 だが、それでももう佐倉が僕の彼女なのだ。キスをして佐倉を僕の彼女とすることを誓ったのだ。サッちゃんとこれ以上ことを続けたら完全に浮気だ。というか既に浮気と言われても弁解できない事をしてしまったが。


「と、とにかく学校行くから」

「イヤイヤ。その人と別れて私と付き合うって約束してくれるまで離さない」


 サッちゃんは上半身裸のままの僕にしがみつく。僕は泣きじゃくる彼女の身体をそっと押し退けた。


「今日学校終わったら連絡するから、ね? そのとき話しよう?」

「松岡さんの馬鹿!」


 僕の身体を突き放すとサッちゃんは出て行ってしまった。


「出たり入ったり忙しい子だな」


 家康を見ると半開きの口から涎を垂らしている。本当に寝ているのか?


「家康! おい、家康ったら!」

「ん……ぬあ?」

「起きろよ、こんな緊急事態になに呑気に鼾なんか掻いてんだよ!」

「森の中を彷徨っててんけどな……木ぃが全部巨大な人参やねん……堪らんかった~ほいでな、途中で小川が流れてんけどな、それが野菜ジュースの川やねん。しかもごっつう冷えてて美味いの美味くないの……」

「起きろって!」


 僕はまだ寝惚けている家康の顔を軽く引っ叩いた。


「は。お、どうした? 怖い顔して」

「どうしたじゃないだろ。今、サッちゃんに襲われかけたんだぞ!」

「女に襲われたんか? そんなんでいちいち情けない声出すなや。それにあんな可愛い娘やったらナンボでもウェルカムちゃうんか。しかもお前男やろ。ホンマに嫌やったらきっぱり断らんかい」

「そうなんだけどさ、それがさ、抵抗しようとしたんだけど身体に力が入らなかったんだよな」

「それは里美がテクニシャンやからやろ」

「とにかく! 僕の彼女は佐倉に決まったんだから、サッちゃんが割り込んで来て佐倉との関係がこじれたら家康のせいだからな」

「えらい言い掛かり付けられたもんや。お前がシャキッとせんのが悪いんやないかい。人のせいにすなや。しかしあの里美ちゅー娘、何かおかしいで」

「だから変だって言ってるじゃないか。いきなりあんなことするなんて」

「いやいやそういうこっちゃない。さっき現れた瞬間な、ワイあの娘にじいっと見られてん。したら急に睡魔が襲ってきよったんや。何も出来んかったのはそのせいや。起きとったらお前らのラブシーン、黙って見過ごすはずないやろ」

「何だよ、さっきはウェルカムとかテクニシャンとか言ったくせに」

「あれはワイ流の軽いジャブに決まっとるがな。せっかく早よ帰ってボーナスぎょうさんゲットしてロングバケーションや思てたとこやのに邪魔されて堪るかいや。


 お前気ぃ付けた方がええで。里美は何や普通じゃない。それによく考えたら、タイミングが良すぎるやろ。佐倉の登場とほぼ同時やし、さっきだって付き合うことが決まったすぐ後やし」

「まさか僕のこと、見張ってる?」

「かもしれん」

「と、とりあえず学校行かなくちゃ。あ、家康!」


 靴を履きながら僕は叫んだ。


「なんや?」

「まだいるよな?」

「安心せい。里美の事が片付くまでおらなしゃーないやろ」


 それを聞いて安心した僕は、学校まで走った。



「遅かったな」


 結局一限は間に合わず、二限の英語から出ることにした。休憩時間、講義室に入り、二十列程ある座席の、最後列の佐倉を見つけると僕は隣に座った。


「汗掻いてるな、何かやってたのか?」


 佐倉の口から飛び出した「やってた」という発言が、さっきまでのサッちゃんとの行為を思い起こさせる。見破られたのかと思い、心臓が跳ね上がった。


「い、いや、ちょっと寝過ごしたから走って来ただけ」


 その時先生が前から入ってきた。佐倉は首を少し傾けたまま僕をじっと見詰める。表情の読めない顔で見られると、全てを見透かされているようで少し怖かった。まさか疑われてる?


「そっか」


 佐倉の口角が少し上がり、優しい顔になった。良かった、バレてない。


 僕はホッとしたと同時に、二度とあんな事はやめよう、サッちゃんがまた迫ってきても、断固拒否しようと固く心に決めた。すると佐倉は前を向いて澄ましたまま四人用の長い机の下で、こっそり僕の左手を、右手の指を絡めて握ってきた。


 いつも僕の予想外の行動で驚かされてばかりだ。ドキドキが止まらない。僕は、この佐倉遥子という人をもっと知りたい、もっともっと好きになりたいと思った。

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