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いきなり鍵を奪って人の部屋に上がりこんで、ご飯作るなんて

 翌日、講義の後、学校の図書室で一人本を読む佐倉に声をかけた。


「ああ、松岡か。何だ?」


 無表情のまま関心なさそうに僕を見上げた。


「これ、忘れてっただろ。洗っといたから」


 僕は丁寧に畳んで、何の袋にしようか散々迷った末に選んだ、無印の袋へ入れた洗濯物を差し出した。さすがにアイロンはかけなかったけど。しかし佐倉は無言でそれを見詰めたまま受け取ろうとしない。


「置いといてくれよ」

「え?」

「また松岡んちに泊まったときに使うから」

「またって……」

「オレが遊びに行ったら嫌か?」

「嫌じゃないけどさ……」

「じゃ、決まりな」


 相変わらず素っ気無く言うと再び本に目を落としてしまった。僕はどうしていいものか分からず所在無げに紙袋を持って立っていると、


「今日行ってもいいか?」


 本から目を逸らさずに、佐倉は言った。


「え? 今日? 今日はバイトだから無理だよ」

「何時に終わる?」


 バイトの後で会うつもりなのか?


「営業は十一時までだけど、仕事が終わって上がるのは十一時半過ぎるから……」

「鍵貸せ」

「はあ?」

「部屋でカピバラと遊んで待ってるから」


 強引に僕から部屋の鍵を奪うと本を閉じて立ち上がり、颯爽と図書室を去ってしまった。と思ったらすぐに二、三歩引き返し、


「メシは食うなよ」


 とだけ言って再び去ってしまった。僕は、長い脚をモデルのように交互に繰り出して、姿勢良く綺麗に歩く佐倉の後姿を、見えなくなるまでぼんやりと眺めていた。



 今日はバイト先にサッちゃんの姿は見当たらなかった。昨日ああいう感じで別れてすぐに顔を合わせるのは気まずいので少しホッとした。しかし昨日今日と急に近付いてきた佐倉が頭から離れず、客が帰った後、さげた食器を落とし、グラスとジョッキと刺身の皿を割ってしまった。


 いつもは店で賄いを食べて帰るのだが、佐倉が食うなというので空腹のまま帰ることにした。携帯の時計を見る。もうすぐ今日が終わる。アパートが見えてくると、僕の部屋には明かりが灯っていた。本当にいるようだ。とういか鍵を渡してしまった手前、いてくれないと入れないんだけど。


 部屋の前まで来ると、中からハンバーグのような洋食系の美味しそうな匂いがした。反応した胃袋が鳴る。


「よ、お疲れ」


 玄関を開けると、タンクトップに短パンというラフな格好の佐倉が、海老にパン粉をまぶしていた。裸足の長い脚にやはり目がいってしまう。


「先に風呂に入るか?」


 勢いに押され、言葉が出ずに首だけ縦に振った。


「じゃあメシの用意しとくから」


 僕は部屋にバッグを置き、着替えを持って風呂へ向かった。丸見えの脱衣所で脱いでいると、台所をてきぱきと動く佐倉の背中が見え隠れしている。


 風呂場に入ると湯船にはお湯が張ってあった。最近は沸かすのが面倒でシャワーばかりなので、久しぶりに浸かる温かい風呂はとても気持ちが良かった。


 上がって部屋へ戻ると、卓袱台にはエビフライとオムライス、そして味噌汁とサラダが所狭しと並んでいた。


「凄い。佐倉って料理上手なんだな」

「上手ってほどでもないけどな。一人暮らしだから基本自炊」


 一人暮らしだけど基本外食の僕は感心しきりだ。


「松岡んちって冷蔵庫の中に何にもないのな。びっくりした」

「ああ、電気代かかるだけで無駄かもって時々思うよ。でもアイスは好きだから冷凍庫は無いと困るかな」

「ま、いいや。食おうぜ。いただきまーす」


 一人でそう言うと、佐倉は元気よく食べ始めた。圧倒されつつも頂きますと言って僕も手を付ける。


「あ、美味い」


 トロトロの卵の乗ったオムライスは、中のチキンライスがケチャップではなく醤油ベースの和風な感じで、きりっとした印象。エビフライのタルタルソースも刻んだ胡瓜と玉葱がいいアクセントとなっている。若布と豆腐の味噌汁は、母親の作る物とは違う味で、新鮮だった。


「うん、美味いな」


 佐倉は自画自賛し、頷きながら手を休める事無くそれぞれを順番に口に入れている。早くしないと全部食べてしまいそうな勢いなので、僕のペースも自然と上がる。


「ご馳走様。美味しかった」


 あっという間に完食してしまった


「どういたしまして」


 佐倉は立ち上がり、食器を台所へ運び始めた。


「あ、いいって、僕がやるから」


 一緒になって運んでいると、佐倉はスポンジに洗剤を付け、洗い始めた。


「置いとけばいいから」


 という僕の言葉を無視し、結局全部洗ってしまった。



「コーヒー飲む?」

「いいね」


 そういえば酒は飲まなかったな、と思いつつ、メーカーに豆と水をセットした。さすがに夜中に轟音を立てるミルを回すわけにはいかない。緊急用に、常に二杯分くらいは多めに挽いてあるのだ。


「なあ、どういうつもりなんだ?」

「何が?」

「何がじゃないだろ。いきなり鍵を奪って人の部屋に上がりこんで、ご飯作るなんて」

「だからさっき聞いたじゃねえか。オレが来たら嫌かって。そしたら嫌じゃないって言っただろ?」

「言ったけどさ、何かこう、やることが極端っていうか……」


 すると佐倉は四つん這いになり、顔を近付けていきなり僕に口付けた。

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