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今天界でいっちゃん熱いんは珍獣大百科なんやで

「完全に誤解されたな」

「佐倉ちゅー娘もなかなか強かやな。抜け目なく唾付けて帰りよった」


 家康はコップに入った野菜ジュースにストローを挿してちゅうちゅうと吸い込んでいる。ベジタリアンの家康を見ていて僕も野菜を摂った方がいいなあと思い、人参を買うついでに一杯で一日分の野菜が摂れるというジュースを買ってみたのだ。


 飲もうと思ってコップに注いだら家康も飲ませろと言い出して聞かないので、仕方なく差し出した。


「でもなあ、あの佐倉が計算でそんなことするかなあ」

「ま、ちゃうやろな。あの性格からして、完全に天然や。素ぅや」

「何だよ、どっちなんだよ」

「そんな事はどっちでもええ。それより今大事なんは、里美に対して黄色信号が灯ったゆうことやな」

「どっちでもよくないよ。もし佐倉がわざと置いていったのであれば、僕はそういう計算高い女を好きにはなれない」

「だからちゃう言うてるやろ。考えてもみい、佐倉が今朝取った行動は、かなり勇気がいったはずや。いっぱいいっぱいちゅーこっちゃ。そんなところまで頭回るかいな」


 その割にはかなり大胆だったけどな。僕の裸も見たし、目の前で脱ぎ出すし。


「それよりもワイは里美の方が臭うな」

「え? どういうことだ?」

「一回目に振られた言うて泣きながら出てったやろ。で、再び戻ってきて、さっきのは忘れろと抜かしよった。そんなん言われたら男としたら気になってしゃーないやろ。つまりあれは、自分が男と別れた事をより一層強調したかっただけや」

「つまりサッちゃんは僕の気を引こうとしてきたって事か?」

「せや」


 空になったコップの底を、未練たらしくストローで啜る音がうるさい。僕は卓袱台からコップを取り上げ台所の流しに置いた。家康は、あ、という声と共に恨めしそうにコップの行方を見詰める。


「せやけども、まさか歯ブラシやら下着やらが出てくるとは思てへんかったんやろ。最後の詰問は嫉妬心やな。それはそれで正直な娘や。お、どこ行くねん、話終わっとらんで」

「洗濯する」


 頭の中を整理するために、僕は家康との会話を一時中断した。



 僕の知らないところで二人の女性の心が動いていた事は確かなようだ。ただ、理由が分からないことだけが僕を苛立たせる。こんな事を家康に言うと「人を好きになるのに理由なんかあるかい」と言い返されるだけなのだが。


 僕はさほど溜まっていないTシャツやパンツやタオル類を洗濯機に洗剤と共に放り込んだ。佐倉の衣類を僕の物と一緒に洗うのは何となく失礼な気がして躊躇われたので、自分の分が終わった後にもう一度洗濯機を回すことにした。小さいTシャツと下着の二つだけだけど。


「そういえば凄い不思議なんだけど」


 自分の洗濯物を干しながら僕は家康に話しかける。


「何がや」

「カピバラって犬や猫みたいに簡単に飼える動物じゃないんだ。一般家庭にいたらかなり珍しい。それなのに、みんな僕が犬を飼い始めた、くらいにしか捉えないのは何でだ?」

「当たり前やないかい。そんな任務と関係のないとこでいちいち大騒ぎされたら鬱陶しくてかなわんわ。ワイが何の生き物に変身しても、周りの人間には『ごく一般的なペット』として認識されるようになっとんねん」

「それって洗脳ってことか?」

「人聞きの悪いこと言うなや。これは天使の任務がスムーズに行くためのクピドの配慮なんやで。ワイかてカピバラが珍獣やいうことぐらい知っとるわ。街中歩いていちいち注目集めてたら仕事どこやないやろ。それでもまあある程度の『物珍しさ』は残してあるけどな。その辺は全部神さんの匙加減なんや」

「ふうん。そんな面倒なことするなら最初から見慣れた犬か猫か小鳥でいいじゃないか」

「お前なあ、天使の事なんも分かってへんやろ。天界なんか何もなくて退屈なとこやねん。せやから毎回降りるときに何に変身するかで悩む、これが唯一の楽しみなんやで。今天界でいっちゃん熱いんは珍獣大百科なんやで」


 女の子がデートに行く時に、あれこれと服を選ぶようなものなのだろうか。話しながら自分の分を干し終えると、佐倉の分の洗濯が終わった。


「お、このスケベーが」


 佐倉の下着を干そうとすると、家康が茶々を入れてきた。


「何言ってんだ。うちの洗濯籠に入ってたからついでに洗濯しただけだろ」

「な~にがついでや。きっちり自分のと区別しとるがな」

「それはだって、女の子の物だし……一緒に洗った事が分かって嫌がられても困るし」

「自分何か、論点がずれてるで」

「どこが?」

「一緒に洗う洗わんの問題ちゃうで。付き合うてるならともかく、普通恋する乙女やったら自分の着てるもんとか片想いの相手に洗って欲しくはないやろ。しかもよりによってスキャンティやろ」


 スキャンティ?


「そうか? だってあいつが置いてったんだよ?」

「ほんだらそれどうするつもりや。乾いたらアイロンかけてきちんと畳んで袋に入れて熨斗付けて返すんか」

「まあそうだな。熨斗は付けないけど」

「それってどうなんやろ……自分の下着を男の家に脱ぎ散らかして帰る娘とか前代未聞やからな……まあ相手がお前に惚れてるんなら問題ないんかな……」

「だってじゃあどうするんだよ。洗わずにそのまま返すのか? 『これ忘れ物』とか言って」

「いやいやそれはさすがにデリカシーなさ過ぎやがな。張っ倒されるで。まあこういう場合は知らん振りが無難やと思うねんけど、何せ相手がちょっと特殊やからな……まあええか、好きなようにさらせ」


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