その5
◇ ◇ ◇
尾上家の朝はいつもかまびすしい。
今朝は騒がしさも倍増だった。
「にゃんこがいない!」
「いないー」
と子供たちが大騒ぎしたからだ。
夜、寝る時はいっしょだったのに。
おとうさんが、すてたんだあー!
子供たちは二階からごろごろと下りてきた。
「おとうさん、ねこは!」
子供たちは問いただす。
「まずは朝のあいさつからだろう」
父は食卓につきながら言った。
「おはようございます、は?」
母にも促されて子供たちはふてくされてとってつけた朝のご挨拶をした。
そして本題。
「にゃんこはどこ!」
「まずは顔をあらってきなさい」
「いやだあーー!」
「パパ、すてたあー!」
と、予想した通りの答えが返ってきた。
「人聞きの悪いことをいうものじゃない」
箸を動かしながら父は言った。
息子たちが父を見る目が訝しげなものから、ぱあっと晴れやかなものに変わる。
昨日、彼らが拾ってきた仔猫が、父の膝上で身繕いをしていたからだ。
「いいの?」
「かっていいの?」
結論へショートカットした子供たちの期待度はマックスだ。
父はすました顔で「どうしたものかね」と言う。
「まあ、そう意地悪言わないで」
母の助け船に子供たちは父の言葉を待った。
「生き物を飼うと、お出かけも旅行も何もかもが行きにくくなるよ、それでもいいのかい」
「いい!」
子供ふたりはハモる。
どうだか、と両親は顔を見合わせるが、とりあえず、これは儀式だ。
「お世話はきちんとすること。家の外には絶対出してはいけない、家の中だけで飼うこと」
前飼っていた猫は外で死んでいた。……帰ってこないわびしさは子供たちに味あわせたくない。
「最後まで面倒みること」
意味は、今はわからなくてもいい、終わりがあるのを自覚できれば、それでいい。
「できるのなら、飼ってもいい」
ここから先は、もう、お約束だ、「おとうさん、ありがとうー」と感謝の嵐が吹き荒れる。親の喜びというやつだ。
子供たちへの説明は、すっかり飛ばして結論だけで終わらせたわね、と秋良は思った。
結局、許してしまうのだから。慎一郎さんらしいわ。だから好きなのだけど。
「お名前はどうするの?」
母は子供たちに言う。
「にゃんこ」
「にゃんにゃん」
「そのままよね、もう少し考えてあげましょう」
「名前は、もう決まっている」
父親の言に、家族は彼に注目する。彼は断言した。
「この子の名前は、都だ」
◇ ◇ ◇
尾上教授の研究室前には、様々なメッセージが貼られている。
もちろん、教授からの伝達がメインであるが、中には学校の総務からの連絡メモも含まれる。
ある日のメモは、A4サイズの紙に大きく、「謹告」とあった。
内容は以下のとおり。
再三再四メールでお伝えしている通り、我が校はペットの持ち込みは固く禁じております。
お子様は仕方がないとして、ペットは、絶対に連れ込まないで下さい。
猫、だめです。
伏してお願い申し上げます。
以上。
余白には様々な筆跡で
「いいじゃん」
「ニャンコ、おK」
「にゃんにゃんかわいー」
「都、最強ー」
「ニャンコ教授、最高!」
等々、様々な激励と猫の絵がかかれていた。
現時点で、尾上教授が総務の警告に従ったという噂は伝わって来ていない。
ー 了 ー
後書きという名のあがき
はじめましての方も、二度目、三度目…それ以上の方も。
作者です。
ここまでお付き合いくださいまして、本当にありがとうございました。
これは、一番最初に投稿しました
「秋良の恋 慎一郎の愛」の前の世代、
慎一郎の両親をメインに据えた
「マツリカの花」の後日譚となります。
今回のメインは、人間より猫。
「マツリカ」であっさり死なせちゃった猫復活劇でした。
大変楽しく書けた1作です。
1作目がじめじめ、
2作目がじとっとしてましたので
3作目はからりと。
綿実油ですかっと揚げました!
天ぷらじゃないって。
シリアスだったり暗い話よりは
どこかで「ぷっ」と吹き出してしまうような、
それも大笑いではなく、
スケベ笑いにならない程度のお笑いを書く方が
当方の性に合っているというか、書きやすいので、
繰り返しになりますが、書いていて、
「大変楽しかったです」
次回以降もこんな感じの、
どうせ感情を動かすなら、
たとえマンネリであろうと、
ちびっと楽しい気持ちになれて、
後に苦いものが残らない作品を、
愉快な親子は和気あいあい、
恋人(夫婦でもいいけど)同士はいちゃついてるような
にやにや系の、ちゃんりん話にチャレンジしたい。
当方の執筆を続ける上での基本テーマでもありますので
ここは追求したいです。
次は、ちょっと間が空きますが(ストック出し尽くしてしまいましたので)
慎一郎君の慎パパ・極悪話か、
政兄ちゃんカップルの勝手にやってろ・いちゃいちゃ話を予定しています。
尚、1作、超つけて短編、超つけて先の話も続けて掲載いたします。
こちらも基本はコメディ。宜しくお願い致します。
そして、
ここまでのお付き合い、本当にありがとうございました。
少しでも皆様の時間つぶし以上のものになっていれば幸いです。
また、どこかでお会いできましたら幸いです。
作者 拝