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不沈戦艦武蔵 沈み行く戦友  作者: 賀来麻奥
そして終局へ
95/102

記憶の中の武蔵(前)

一六四〇 スコール域があたかも仕組まれたかのように岩口艦隊の上空に姿を現してくる。雲の上では恐らく敵の索敵機の偵察員が目を皿のようにして探しているだろう。F4Uコルセアが爆弾を積んで30機ほどの編成隊となって上空を飛んだりもしたが、数時間の飛行の甲斐なく爆弾を海中に投棄して空母へと帰投した。

「ジャップはもう海の底にでも逃げてしまったんじゃないですか」見えない敵に不安を漏らしたわけでなく、見えない敵どころか、いるかどうかさえわからない敵には徹底的に文句を言うのが偵察員の仕事にいつからなかったかはいざ知らず、この偵察機もう1時間も飛行している。だが視界には低く垂れたくも所々に見えるスコール域とその切れ目から見える海面だけだった。偵察機の低いエンジン音が一定のリズムで鳴り響いていた。


 その偵察機が甲板を蹴って飛び立った時、岩渕艦隊とマッカーサーの輸送船団は実に48マイルほど離れ得ていた。といってもこれはもはや機動部隊同士の争いであれば双方慌てて距離を取るだろう。何しろ僅か89キロなのである。そしてそれから1時間がたち既に36マイルまで接近してきている。

「さっきの偵察機は我々を見つけれなかったのか?わざわざ自分の艦隊の方格まで教えてくれるとは」偵察機接近したときは息を殺したが案外見つからないものだなと変な納得を覚えた。実は先ほどの偵察機かなり近くまで接近していたのである。それはともかく偵察機が自分たちの艦隊の方向を教えてしまうとはなんと滑稽な事だろうか。だが、起こり得るといえば起こり得ることである。


 一方自分たちの艦隊それから五時間後に小沢機動部隊と合流した。パラワン島まで接近していた給油艦が敵が撤退し始めた知らせを受けるなり海防艦に守られて2隻がフィリピンのタブラス島という中央部に位置する場所まできていたため空母の燃料タンク、並びに戦艦のメインの燃料タンクに重油を送り込んだ。

 ここに来て艦隊の燃料補給が十分ではないがある程度できた。砲弾の弾数を聞くなりご偉いさんたちは身近な問題を解決することとしたようだ。


 

 ときは遡ること三時間前。

 ━━━━ 一八三〇

 

 攻撃隊もそろそろ火薬庫の中身がなくなった頃に姿を現して何人が冷や汗を書いたかわからない。「砲撃開始」岩口艦隊の砲門が一斉に米軍艦隊に向けられそれが咆吼した。距離1万5000mであった。三式弾が狂ったように撃ちつけられる。残っていた護衛艦も容赦なく副砲の洗礼を受けた。事に駆逐艦などは輸送船団を守るというよりよろめきながら周回運動をしているだけであった。その駆逐艦が必死に主砲を放ち無数の水柱をたたせた。ただこれは視界を悪くするということ以外なにも得なかった。


 正規空母ボクサーが空母第1番目の被弾艦となった。というより米空母は輸送船団と離れて航行していたが、ボクサーが一番近かったため砲火が集中したのだ。戦艦霧島の三式弾がボクサーの艦橋に命中した。焼夷榴弾とはいえどこの距離で艦橋に命中すれば粉砕してしまう。現に艦長をはじめとする士官が多数戦死し火災を発生させた。コントロールができなくなったらしく列外にさまよいでた。巡洋艦能代が空母ボクサーに主砲を発砲し計10発を命中させ、立て続けに霧島の砲弾を受けたボクサーはたちどころに角度を傾け形を失い始めた。総員退艦命令も既に出たようである。


 米空母は輸送船団をおいて逃亡を始めた。既にマッカーサー輸送船団は50隻が沈没させられている。もはや空母至上主義もへったくれもあったものではない。少なくとも空母にとってこの距離は〝ゼロ〝に等しいのだ。そして防御力が低い空母は戦闘艦になす術はないのだ。

 駆逐艦は豆鉄砲のような主砲を輸送船に打ち込む。米国の輸送船は全てではないが高射砲がついているが、さほど正確な射撃ではない。幾百もの白い水柱の中に紅蓮の火柱は輸送船に立ち上った。

「駆逐艦と巡洋艦は輸送船に砲火を集中せよ」既にアメリカ輸送船2000隻中どれくらいが逃げれているか知らないが、航行不能・沈没艦だけで3桁は超えている。陸軍兵士が海に吹き飛ばされ海中に大きな音を立てて落下する。

「輸送船を救出せよ」高速魚雷艇や駆逐艦が輸送船を救出しようとしたが陣形がバラバラとなっているため思うように動けない。それどころか衝突事故さえも起こしていた。すかさずそれに攻撃が加えられ轟沈していく。

 マッカーサーはとにかくサイパンから援護と救出を要請した。それを待たぬかのように輸送船は大爆発を引き起こしたちどころに裂けて海中へ引きづり込まれていく。

「兵士の損害がまずいな・・・」戦争で最も重要なものが軍隊である。当然といえば当然である。戦力がないものに完全武装している相手兵士と戦えといっても「はい分かりました」などといって戦うものだろいないであろう。対等に戦うためにはその相手と同じ種類である〝軍隊〝というのを使用しなくてはならない。勿論例外があるが基本はそうである。マッカーサーがいま恐れているのは兵士の大量喪失だ。ただでさえレイテ島に兵士を残してきているのにも関わらずここで1万名を超える兵士を失えば猛烈な批判が来るどころか戦争継続が困難になる。

 この時既に陸軍兵士は2万名が船から投げ出されていた。そのうち既に溺死・戦死しているものは数千名である。救出がない場合残りの兵士も死は確実である。不安を煽るように護衛空母トリポリが霧島の砲撃を受けメラメラと燃え上がり同艦型のクェゼリンが破片をばら撒きながら艦首を沈めた。


 その時━━━━「友軍だァ!」喜びの声がマッカーサーの鼓膜を振動させた。見るとゴマ粒をバラ見たようなものがわずかながら見える。アメリカ兵士がほぼ全員助かったと歓喜した。それは陸軍爆撃機であくまで時間稼ぎ程度のものであるが、今は駆逐艦1隻でも重宝すべき戦力である。


 ヒューン、ヒューンと小型の爆弾がばらまかれる。総勢30機であるためまさに爆弾の雨である。霧島以下の巡洋艦・駆逐艦が慌てて周回運動を行った。その中で米駆逐艦が反撃に映る。砲撃を立て続けに行う。この砲撃で駆逐艦朝霜が損傷を負った。


 陸軍の爆撃は地上には効果があるが基本この程度の数では命中はそうそう無い。現に岩渕艦隊は空中にでも浮いているかのようにスイスイと爆弾を避けていた。

「2番高角砲撃て!そら1機撃墜だぁ」それどころか撃墜さえしていた。ただ陸軍爆撃機のおかげでアメリカ艦隊は退避が行えた。ただ駆逐艦が逃しまいと放った魚雷は凄まじい命中率を誇り正規空母レイテ,輸送船2隻,護衛空母リスカム・ベイが退避中撃沈された。


 岩渕艦隊が陸軍爆撃機をくぐり抜け帰路についたのはそれから1時間後のことであった。駆逐艦朝霜が中破、冬月が少破したが沈没艦はなく、米軍が偵察機を飛ばしてきたが敵攻撃隊は遂に現れなかった。



 二一三〇 岩渕艦隊が燃料を気にしつつも誇らしげに戻っている中、戦艦群はレイテ島の艦砲射撃に入っていた。後半あまり使えなかった3式弾を撃って撃って撃ちまわった。その一時間後砲撃を停止した。輸送船が現在陸軍兵士4000名を乗船させ向かってきているらしい。3日後の報告によると補給もなく先ほどの攻撃で滅多撃ちにされた米軍はすぐに降伏した。ただし敵の1個連隊1540名が最後まで奮闘しこちらに1000名もの死傷者をださせてほぼ全員死亡した。(捕虜は300名)アメリカは日本のように全滅するまで戦うという概念自体持っているものが少ないため今回の戦闘は珍しいといえよう。




6月10日 その間にリンガ泊地に無傷や軽い損傷しか負っていな船はそのまま停泊したが、損傷が激しい船はそのまま11日に父島経由で出港し本土に帰還することとなった。リンガ泊地に置いてかれたものは少々不憫だ。あそこはクソ暑いんだ。食事以外何を楽しめばいいか分からん。まあ燃料に困ったことはないようだ。


 フィリピンではその頃1部の民間人が武装蜂起し戦闘が行われたが皮肉なことに北部は対アメリカ用の陣地があったので1週間足らずで鎮圧され,南部も6月中には収まったようだ。軍は原住民に軍票(臨時用の資金代要の物)を渡して再度武装蜂起が起きないように努めた。そして戦争が集結しだい撤退すると住民に説明した。大多数のフィリピン人はこれを信じ独立ができるとして親日派が増えた。勿論逆もいたが無事に終戦まで住民によるゲリラ攻撃は起こらなかった。



6月14日 熱い日照りの中ボロボロになった武蔵は本土の呉に向けて出港していた。甲板は剥がれ金属部分が一部露出して眩しい。多分卵でもいいたら朝飯のおかずには困らないだろう。そろそろ父島が見えてくるだろうな。と漠然と思った。戦艦長門と巡洋艦能代・駆逐艦6隻がついてくる。途中で落伍して戦闘に参加できなかった艦もいる。空母までもついてきている。損傷していなかれば島1つくらい消し飛ばすのはたやすいだろう。ただし船舶はは応急処置を施していても艦隊速力は依然20ノットが限界であった。

「こらぁ貴様何をぼやっとしているかぁ!」うわぁと声を出しかけた。そうだ掃除の途中だった。謝っても顎に一発か・・・と思いながら振り向いた。そこにはニッと笑い白い歯をだた竹浜がいた。

「・・・と言われる前に掃除ちゃんとやろうぜ」親切なのかいたずら好きなのかどっちなんだろうか。まあどちらにも属さない人間なんだろう。

「ああ・・・」気が抜けてつい間抜けな返事をしてしまった。


 其の日は何事もなかったように終わった。


 

 6月15日 「輸送船団を伴う艦隊を発見」伊号潜水艦から来た報告はそのような内容であった。場所は北マリアナ諸島周辺海域だ。


 この時の米艦隊は大型輸送船を30隻引きいており4万名が乗船していた。おまけに戦車や重火器を搭載した兵士ばかりである。米国ではフィリピン攻撃の穴埋めとして父島と硫黄島を占領しようという目論見があった。この時日本軍は父島に1000名、硫黄島に4000名配備していたがいずれも陣地構築が中途半端でましてや戦車や重火器で攻撃されればどちらも5日間もてばいいくらいである。さらに正規空母1隻、護衛空母2隻、駆逐艦20隻と戦力の衰えが見えるが十分な戦力だ。運用される航空兵器は150機に及ぶ。フィリピンに航空機の増援を行う際に燃料などもおかれている硫黄島には航空機があるが50機である。おまけに飛行時間200時間と日本から見れば新米である。米軍から見れば1線に出ていても不思議ではない。つまり米軍は訓練でなく実践で学ぶ事を基本としていた。

 硫黄島は本土と戦闘機でまたげる位置に属していた。

 

━━━━要するに上陸されれば戦争は敗戦という形で終了である。



「総員上甲板前部に集合」号令があった。あそこに集合ということは何か新たな作戦や注意事項が発表される事を意味する。俺たちは甲板を駆けた。


 針路変更。対空戦闘の準備?どういう訳だ?上層部は内容もはなさず急に作戦実行するのが趣味なんだろうか。

 

 昨日とは打って変わった曇天の灰色の空からは不気味な音が聞こえてきていた。

 日本艦隊は進路を変える、日本艦隊は敵を見つける、そしてアメリカ艦隊と交戦する。驚愕、恐怖、絶望、絶叫がそこにあった。


「ジャップめこれで終わりだ」


 記憶の中の武蔵(後)へ続く。

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