校正者のざれごと――なおるもの、なおらないもの
私は、フリーランスの校正者をしている。
ある日、校正プロダクションの事務所に行き、何気なく入り口のポストを確認すると、ある出版社から献本が届いていた。担当者を確認し持っていく。すると彼女は言った。
「これ、私は再校(の担当)だったので、初校のかたへ差し上げたほうがいいんじゃないですか」
献本は1冊だけ。なるほどと思い、「そうですね」と離れかけると、
「あ、やっぱりちょっと見せていただいていいですか」
彼女は私の手から献本を受け取った。何か確認したいことがあるらしい。
校正をしているとき、明確な誤字脱字以外に、「ここはもっとこうしたほうが読みやすいのでは」といった修正案をエンピツで入れる。まあ、採用されないことも多い。再校でそれをすると、採用されたかどうかの確認は献本で行うことになる。
先日校正した本には、「昔は常識だったかもしれないけど、いまは変わっているかも」という健康についての話があった。たとえば、「日本人は塩分摂りすぎと言われているけれど、本当はもっと摂っても大丈夫」といったようなもの。でも、根拠となっているデータがかなり古く、そのままにしてしまうのは不安だった(いちおう監修者はいる)。初校時に、「データ古いですがOK?」とエンピツを入れておいたのだが、思った通り再校では何も変わらず。それでもやはり納得がいかず再校でも「OK?」と入れておいた。まだ献本が来ていないので(そもそも来ない可能性もある)結果がどうなったのかはわからない。
かと思うと、こちらのエンピツをほぼまるまる採用してくる編集プロダクションもある。先日、ある本の初校校正で介護に関するデータがあり、出典として「2024年国民生活基礎調査」とあった。あれ? 国民生活基礎調査は毎年行われているが、介護に関する内容は3年に1度の大規模調査のときだけで、2024年には行われていないはずだ。この出典のところに線をひき、正しい数値を書き込んだあと、「※介護に関する調査は、2022年と2025年の大規模調査で行われています」と入れておいた。この「 」の文言はもちろん編集担当者向けのものだ。
ところが戻ってきた再校では、出典の下にこの「 」の内容がそのまま掲載されていた。時間のないなか、あまり考えることなくそのまま採用してしまったんだろう。だから、これは読者向けじゃないんだってば、などとぶつぶつ言いながら、この部分をエンピツで囲み(ちょっと筆圧高めに)「トル」と入れて返しておいた。
ある校正者から、こんな話を聞いた。自分が初校・再校を担当した小説の献本が届き、さっそく読んでみた。すると、自分が再校を読み終わった後に差し替えられた部分がいくつかあり、そのなかに明らかな誤植があったという。
「こういうのは、納得いかないですよね」
確かに、そんなことをされてはこちらとしてはなすすべもない。自分はすみずみまで目を凝らして読んでいるのに。その本の奥付にはうちの校正プロダクションの名前も入っている。何とももやもやした気分が残る。
以前、占いの本の校正をした。誕生日の数字に何らかの計算を施して性格や今後の運勢などを占うというものだった。計算された各数字のページには例として有名人の名前が数多く載っていて(名前の誤記が非常に多くて参った。伊藤四郎→伊東四朗など)、誕生日が正しいか一人ずつ調べた。ほぼ間違いなく入っていたのだが、一人だけ生まれた年が1年違っていた。両手の拳を頭の上に掲げて「ぷんぷん」と言うのがトレードマークだった、ある女性タレントだ。
公式ページには年齢が載っていないのだが、最近の雑誌の記事などには「1973年生まれ」とある。ところが、タレント名鑑などの少し古い事典には「1974年生まれ」とあった。そして、たった1年ではあるが過去に年齢を詐称していたという記事も……(昭和の時代にはよくありましたね)。ゲラ(校正紙)のほうの生年月日は「1974年」になっていたので、先ほどの記事を引用して「1973年生まれでは?」と入れておいた。さあ、これはなおるのか、なおらないのか。
少し前に担当していた相続の本の献本が届いた。この本はかなり問題が多く、だいぶ細かく指摘を入れた。相続については近年法改正が多くあり、それが反映されていないところが多数あった。大量の赤字を入れた初校を納品する際、おそるおそる、
「こちらは、再校は……」
と聞いてみた(編集担当はベテランの女性で、ちょっと怖い人なのだ)。すると彼女は、
「ああ、初校だけですね」
さらっと言った。そうかあ。大丈夫かな。
さっそく献本で気になるところを確認。相続税の計算式が気になって指摘したところだ。するとそのページは大部分が差し替えられていた。ほっとすると同時に、発見してしまった。平方メートルの「m2」の「2」が、本来は上ツキ数字のはずが、並字のまま。ああ。だから再校は?と言ったのに。もやもやする。編集担当者に? いや、強く言えない自分自身にも。




