第九章 裏切り
戦争が長引くほど、カルタージュ連合の社会は疲弊し、人々の心は荒んだ。
七つの独立商業国家は、もともと自由な交易と流通によって繁栄を享受してきた星々だ。長引く戦争——この時点では開戦から十一年目——は、彼らの生命線である貿易路を尽く断ち切った。物価は高騰し、工場は資材不足で停まり、市民の食卓から豊かさが消えていった。
旗艦〈アドニス〉の自室で、アニカはカルタージュ本星から届く暗号化されたニュースフィードを無表情で眺めていた。
画面には、ナバル市の市民広場が映し出されている。
十一年前、〈アルプス作戦〉を成功させ、拿捕されていた三十四人の民間人を取り戻したとき、その広場は歓喜の渦に包まれていた。「アニカ・バール万歳!」「自由の守護者!」「カルタージュの剣!」——数万人の市民が涙を流して彼女の名を讃え、星間ネットワークは彼女を救世主として崇め立てた。二年後のカンナエの勝利の際にも、その熱狂は頂点に達していた。
だが、今の広場を埋め尽くしているのは、怒りに満ちたデモ隊だった。
彼らが掲げるホログラムの横断幕には、赤い文字でスローガンが明滅している。
『アニカの戦争を終わらせろ』
『パンを返せ、平和を返せ』
『無謀な将軍を解任せよ』
ニュースのインタビューに答える市民たちの声が、スピーカーから生々しく響く。
「帝国と戦争なんかするから、交易路が塞がれて商売あがったりだ。もう三年も赤字だよ」
「バール司令官は天才かもしれないけど、あれは彼女の個人的な意地だろう? どうして私たちが犠牲にならなきゃいけないんだ」
「帝国に謝罪して講和すればいいんだ。自治権を少し制限されるくらい、毎日のご飯が食べられないよりマシだ」
「税金が全部軍事費に消えていく。辺境でドンパチやってる将軍様には、庶民の苦しみなんか分からないんだ!」
アニカはそっと画面を消した。
暗転したモニターに、疲れ果てた一人の女の顔が映った。
三十七歳。戦場という過酷な環境と、常に極限の演算を脳に強いる指揮のストレスは、彼女の容色から若さを完全に奪い去っていた。右目の上の傷は古い銀色の線として残り、きつく編み込んだ黒髪には白いものが目立つようになっている。褐色の肌は艶を失い、頬はこけていた。
端末が短い電子音を鳴らした。
カルタージュ評議会からの、公式な決議通知だった。
二八五八年。戦争開始から十一年目。
評議会はアニカの第一艦隊に対する補給を、前年度比で三十パーセント削減する決議を採択した。増援艦艇の建造も凍結、人員の補充も見送る。
文面には「財政再建のためのやむを得ない措置」と美辞麗句が並べられていたが、実質的には「これ以上戦うな」「前線で緩やかに全滅するか、降伏しろ」という通告に他ならなかった。事実上の見殺しである。
文面を二度読んだ。三度。
アニカは端末を机の上に伏せた。
深い、泥の底に沈み込むような絶望が彼女を襲った。
死の恐怖よりも、敗北の屈辱よりも重い、強烈な孤独感。
(私は、誰のために戦っているのか?)
前線の兵士たちは、今日食べるレーションの味の薄さに文句を言いながらも、故郷の家族を守るために命を懸けている。だが、その後方の故郷は、すでに戦う意志を放棄していた。
彼らは理解していないのだ。帝国に屈するということが、単なる「自治権の制限」で済むはずがないことを。あの完璧な白い無菌室のような壁の色に、言葉も、文化も、尊厳も、すべて塗りつぶされてしまうということを。帝国の「平和」とは、すなわち「完全なる同化と服従」なのだ。それを知っているからこそ、アニカは戦い続けてきた。
だが、守るべき民衆自身が、首輪をつけられることを望んでいるのなら?
「アニカの戦争」。
彼らの言う通り、これはすでに私個人のエゴなのかもしれない。
アニカの視線が、机の上に置かれた小さな金属の筒に落ちた。
父が病死したとき——アニカが二十一歳のとき——形見として受け取った、義手の指の第一関節。微細な歯車が組み込まれたその部品を、彼女はずっと持ち歩いていた。
アニカは手を伸ばし、指でその部品を転がした。金属が机の表面を滑る音。かちり。かちり。
冷たい。
九歳のあの日、艦橋の通路で頬に触れた父の義手と同じ温度だった。
『約束できるか。決して帝国に屈しないと』
父の低い声が、幻聴となって耳の奥に蘇る。
「……約束したじゃないか」
アニカは掠れた声で呟いた。誰もいない自室の空気に吸い込まれるような、弱々しい声だった。
「私は、帝国に屈していない。あなたとの誓いを守るために、血を吐く思いでここまで……」
かちり。
義手の部品を強く握りしめた。金属の角が掌に食い込み、鋭い痛みが走る。
窓の外を見た。分厚い防弾ガラスの向こうには、冷ややかな星の海が広がっている。
カルタージュ本星の方角は、航法士に確認してあった。何百光年も離れており、肉眼で見えるはずもない。だが、彼女は祈るようにその漆黒の空間を見つめた。
かつて彼女を熱狂的に愛し、今、彼女を憎悪し見捨てようとしている、美しくも愚かな故郷の星。
「私は……祖国のために戦っている」
絞り出すように言った。自分自身に言い聞かせるように。
返事はなかった。
宇宙の静寂と、冷たい金属の感触だけが、裏切られた英雄の孤独を冷ややかに包み込んでいた。




