あなたの「婚約破棄」は聞き飽きました。
「イザベラ。君との婚約を破棄する」
「先週も聞きましたわ」
快晴の下、告げられた無慈悲な言葉。あなたとのお茶会を楽しんでいるというのに台無しにされてしまった。わたくしは、告げられた言葉をばっさりと切り捨てた。
いつもの婚約破棄ごっこだ。いい加減、あなたの「婚約破棄」は聞き飽きました、と言わんばかりの冷ややかな視線を贈る。王家と公爵家の取り決めを、あなたの我儘で覆されたら――それはそれで都合がいい。
しかし、いつまで経っても婚約者であるリカルド王子は口を閉ざしたままだ。わたくしは、ティーカップを置き、小さな溜め息をひとつ。それから、そっと口を開く。
「今回の理由をお聞かせください」
「そ、れは……」
口ごもる彼を尻目に、わたくしは控えている侍女の方を見やる。彼女もこの茶番に付き合わされている被害者だ。侍女はわたくしと視線を合わせると、申し訳なさそうに頭を下げた。
(とは言え、このやり取りを繰り返して早、数年……。いい加減、わたくしも飽きてきましたの)
思い返せば、ここ数年。リカルド様はことあるごとに婚約破棄を口にしていた。幼少の頃に王家と公爵家が取り決めた婚約。それに嫌気がさした、という幼稚な理由であったり。わたくしが彼を立てない、視線が冷たい、など様々な理由をつける。しかし、それで婚約破棄がまかり通れば、王家の信用問題にも発展するだろう。
このやり取りをする度に、わたくしは「否」という返事をしてきた。けれど、学園も卒業を迎えようとしている矢先の発言だ。どこかのご令嬢に現を抜かした、なんてこともあるかもしれない。
わたくしは彼を見据えて、言い放つ。
「リカルド様。婚約破棄に正当な理由等がない場合。慰謝料や財産的損害額を見積もって、後ほど王家に請求させていただきます」
これはこちらの正当な要求だ。それにしても――どうして、あなたが泣きそうな顔をしているのかしら。変な人。
わたくしの発言に驚いたのは、その場にいた侍女の方だ。度重なるリカルド様の愚行に、わたくしが腹を立てたと思われても仕方ない。
「ご自分の発言には責任を持って下さいね? 殿下」
にこりと微笑んで、わたくしは席を立った。しばらく、彼の名を呼ぶことはないだろう。
◇
それからというもの――。瞬く間に、学園内で広がる噂。
「いいのかい? イザベラ嬢。君、卒業パーティーで断罪されるらしいじゃないか」
「あら、ごきげんよう」
声を掛けて下さったのは、隣国からの留学生でもあるナディール殿下だ。彼は南の国特有の気さくな方で、健康的な褐色肌を惜しみなく晒している。
これは学園を騒がせている噂。どこから、リカルド様がわたくしと婚約破棄をするという話が漏れたのだろうか。それとも、状況から推測されることをいいように利用しているのだろうか。
わたくしは事もなげに、彼の言葉に頷いた。
「らしいですわね。それはそうと、わたくしに協力して下さらない?」
「話が急だな。一応、僕も王子なんだけどね……」
「そう言って、いつも協力して下さるではないですか。友人として」
ナディール殿下とは悪友のような間柄だ。彼はわたくしの言葉に、肩をすくめた。
「そうだね。友人として」
こうして、彼と共に練った計画があった。
* * *
卒業パーティー当日。
噂は噂を呼び、リカルド様はわたくし以外のご令嬢を連れて入場するだの。わたくしはこのパーティーで婚約破棄をされるだの、噂の内容は散々だ。
結局、わたくしとリカルド様。各々が別々に入場するという事態に陥った。もちろん、会場内は大混乱。
周囲の人々は「婚約破棄というのは本当だったのか」と口々に声を漏らす。わたくしとリカルド様は対峙しながらも、言葉を交わすことはない。
そこへ登場したのはナディール殿下。
「婚約破棄とは、好都合。イザベラ嬢にはぜひ、我が国への語学留学を勧めようと思っていた」
「留学……だと? ナディール殿がどうして……」
突然、告げられたわたくしの留学話。リカルド様は驚きのあまり、困惑している。その矛先はわたくしに向かう。
「どういうことだ……! イザベラ」
「どうもこうも……。あの日、婚約破棄を告げられて、傷心のあまり領地で療養しようと考えていましたところ……。ナディール殿下からお誘いをいただきまして」
しおらしく頬に手を当てて、言葉の先を続ける。
「南の国は温かく、陽気な方々も多いとお聞きしましたの。それに、わたくしは南の国の語学の成り立ちにも興味がありまして」
「そ、そんな話は聞いていない……!」
「お伝えする義理はございません。婚約破棄をすれば、殿下とわたくしは『他人』なのですから」
平然と告げた言葉に、リカルド様はご自身が告げた言葉の重みをようやく理解したようだ。それに輪をかけて、ナディール殿下が援護射撃と言わんばかりの台詞を告げる。
「イザベラ嬢が望めば、我が国で召し抱えることも――」
ナディール殿下は勝手に話を進めている。そのような話、「打ち合わせ」ではなかったのだけれど。すると、こちらの思惑通りリカルド様は慌てふためいて、声を荒げる。
「ま、待ってくれ! イザベラ……! 違う、違うんだ」
「何が、違うとおっしゃるのです?」
わたくしは冷ややかな声で問う。すると、リカルド様は目を伏せて、自嘲するように呟いた。
「……君が僕を本当に好きか確かめたかっただけなんだ」
「はぁ?」
わたくしの口から、思いもよらない声が出た。到底、公爵令嬢から出てはいけない地を這うような低音だ。
「君が好きだ! 信じて欲しい! 君はいつも綺麗で、完璧で……! 僕では不釣り合いだと思って……自信がなかった。だから――!」
わたくしは、かっと目を見開き、声を大にして叫んだ。
「最初の言葉をもう一度!」
「………………君が好きだ!」
勢いに身を任せ、リカルド様はわたくしの指示通り、言葉を繰り返す。ただ、これではまだ弱い。
わたくしはさらに、声を張り上げる。
「もう一声! さぁ!」
気押されたリカルド様は、わなわなと唇を震わせ、わっと力の限り叫んだ。
「イザベラをこの世で一番、愛している!! 婚約破棄なんて、本当はしたくない! 僕は君と、仲睦まじい夫婦となりたい」
最後の方は駄々っ子のようだったけれど、彼の想いは通じた。わたくしはすん、と表情を変えて、騒ぎを見守っていた周囲の人々へ語り掛ける。
「はい、言質を取りました。皆さん、いいですか? 聞きましたね?」
リカルド様はわたくしを愛している。この場にいる皆が証人となった。野次馬のようにわたくし達を取り囲んでいる一人ひとりに聞いて回りたい衝動を抑える。
「はい……?」
間抜けた声をもらしたリカルド様。その声がかき消されるほど、会場内が拍手喝采に包まれる。
呆気に取られている彼の元へ、ゆったりとした歩みで近付いた。
「いいですか? リカルド様。 あなたは聡明で、民への思いやりを忘れない優しさをお持ちです。ただ、その自信のなさが玉に瑕ですが。いいえ……、その優しさ故に、ご自身に自信がないのかもしれませんね」
「イザベラ……」
「そんなあなたを、わたくしは支えていきたいと思っています」
それから後に続く言葉。「もちろん、リカルド様をお慕いしていますよ」と告げれば、リカルド様は泣きそうなほどに嬉しそうな顔をしてみせた。そこで、ナディール殿下が肩をすくめたのを見逃さなかった。痴話げんかは犬も食わない、とでも言いたげだ。失礼極まりない友人だ。この場では無視しておくに限る。まぁ一応、後でこの茶番劇に協力して下さったお礼を告げるつもりだ。
これで、わたくしは心置きなく告げる言葉があった。
「あなたの『婚約破棄』は聞き飽きましたので、答えは『お断りします』わ」
にこりと微笑んだわたくしと、公衆の面前で盛大な愛の告白をしたリカルド様。彼は顔を真っ赤にしたまま立ち尽くす。
祝福の拍手はいつまでも鳴り止まなかった。
ご覧いただき、ありがとうございました^^
婚約破棄ものが多すぎて、うがーーっとなって勢いだけで書いたものでした。ツンツンデレ、可愛いと思います。好きならちゃんと好きって言えよ、な強気なご令嬢も素敵ですよね(遠い目)
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