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寝不足で頭が痛い。二日酔い以外では滅多に体調不良にならないステラだが、視界はフラフラするし、足取りも覚束ない。
「大丈夫…じゃなさそうですよね。そこの木陰で休んでいきましょう」
酒は一滴も飲んでいないのに、千鳥足のステラをミアが支えて、心配そうな顔で木陰を指さした。
「いや、大丈夫。ほんと平気。ちょっと眠たいだけだから」
「もしかして一晩中見張りをして下さったんですか?ご、ごめんなさい。私のせいでステラ様がこんなフラフラに!」
一晩中起きていたのは確かだが、真面目に見張りをしていたわけではない。ミアの寝顔を、天使のような彼女の寝顔を、ただじっと見つめて朝を迎えただけ。この寝不足は自業自得だ。だって、いくら見ても飽きないのだもの。
昨晩、寝ぼけまなこのミアが治癒してくれた指先の傷跡をそっと撫でる。バラのトゲが刺さったことがまるで夢だったように、すっかり傷は塞がっていた。もしかしたら、本当に夢だったのかも。
「今晩は野宿じゃなくて、宿屋に泊まりたいですね。夜までに次の街に着くでしょうか」
「ああ、地図ではもうすぐそこだよ。街に着いたらまずは休もう。…おっと」
「ほら、またふらついてますよ。肩をお貸ししますので、つかまって下さい」
「ではお言葉に甘えて」
年下のか弱い僧侶の肩を借りるなど勇者として格好がつかないが、これはこれでいい。顔が近い。ミアの首筋からは甘い香りが漂っている。なぜだろう。前の街を出てから入浴はおろか、体を拭くことすらしていないというのに、どうして臭くないのだ。臭くないどどころか、良い匂いさえするのだ。
ステラはこっそり、自分の体の臭いも嗅いでみた。臭い。血と汗が混じった悪臭だ。こんなものがミアに移ってしまってはいけない。ミアとの密着状態をずっと続けていたかったが、彼女を汚すようなことはしたくない。
「やっぱり、いい」
「え?遠慮なさらないでください。私なら平気ですから」
「いや、そういうのじゃなくて。ほんと、いいから」
太陽の光が徹夜明けの目に刺さる。手でひさしを作って、体に鞭打ちながら、なんとか次の街の門が見えるまで意識を保った。
商業の街、サカイア。道中にステラが銀貨を強奪した行商人も、おそらくこっちの方向から来ていたのだろう。門を通る際に、一般人なら身分を証明する必要があるが、そこは勇者の特権を使う。今回も憲兵から何を言われるでもなく、スムーズに街に入ることができた。
「あの、ステラ様。一つお聞きしたいのですが。どうやってステラ様が勇者であると証明されたのですか?あの憲兵さんは、ステラ様が戦うところを見たわけでもないのに、簡単に通行を許可して下さいましたが」
「雰囲気だよ」
「ふ、雰囲気?」
「このいかにも勇者っぽい鎧。それに腰に差した、これまたいかにもな剣。あとはオーラだ。勇者ですが何か?みたいな顔をしていれば、大抵の門番は突破できる」
そんな適当さのせいで、補助金目当ての偽勇者が続々と出てきているのだが。
「もっと大きな都市となると、さすがにセキュリティも厳重だろうけどね。この程度の商業都市なら、勇者は顔パスさ」
「すごいです、ステラ様。やはりオーラが違います!」
なんでも肯定してくれる仲間がいるのは、こんなにも気分がいいものなのか。もう一人旅には戻れない。
まずは宿探しだ。資金には余裕があるので、どうせなら高い宿をミアのために取ってやろう。すきま風が吹き込み、ベッドにはダニが跳ねているような粗悪な宿屋にミアを泊めるわけにはいかない。あごひげを蓄えた露天商の男性から果物を買い、ついでに評判のいい宿屋はどこかと聞き出した。
教えられた通りの場所に行くと、なるほど、確かに店構えからして高級感がある宿だった。外装に金をかけているのが一目で分かる。はめ殺しの丸い窓ガラスには、空の色を写し取ったかのような青色があしらわれている。酒場の主人が片手間に経営している安宿には、決して見られないこだわりだ。これは期待できる。
「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」
ステラたちを出迎えてくれたのは、恰幅のいい女主人だった。高級宿の雰囲気には少し似合わない気もしたが、しわ一つない服や、丁寧に施された化粧が、主人の人となりを語っている。
「何名様でのご宿泊ですか?」
ステラは人差し指を立てて、つい癖で「1人」と言いかけた。
そして思い出す。ああ、もう自分は1人じゃなかったのだ、と。
ステラはミアの肩を引き寄せ、得意げに口角を上げて言った。「2人で」
気分がいいので、主人から提示された宿泊料金に上乗せして余分に銀貨を払ってやった。テーブルの上に無造作に投げ出された銀貨に、主人は目を丸くした。
「こんなに頂いてもよろしいのですか、勇者様」
「ああ、取っておいてくれ。さあミア、部屋に行こうか」
空室は3部屋あったが、もちろん1部屋しか取っていない。大通りが見渡せる、一番眺望が良い部屋だ。主人から鍵を受け取り、客室に続く階段を上っていく。手すりもよく磨かれており、壁にかかった絵画もなかなか趣味がいい。
「201号室、ここだな」
ステラは鍵を回して部屋の扉を開け、ミアを先に通した。
「わぁ…!」
まだ部屋の様子をしっかり見られていないが、部屋に入った瞬間のミアの横顔が輝いた事で、この宿にして良かったと心から思えた。




