3
街を一歩出れば、外はもう魔物の縄張り、などという野蛮な時代は過去のものだ。行商人や旅人の往来が多い場所には、魔物もうかつに近づいてこない。トラップが仕掛けられていたり、通行人の中には戦士や格闘家も多い。人間を襲っても、返り討ちにあうのがオチだ。
ステラとミアの2人きりの旅のパーティーは、そんな安全な道を悠々と歩いていた。
「ほんとに魔物は襲ってこないんでしょうか?」
僧侶のミアには戦闘能力がないので、しきりに敵襲を警戒している。街を出る前に、大丈夫だと何度も説明したのだが、それでも不安は拭いきれないらしい。
「平気さ。もしもの事があれば、私が守ってやる。君だってあのドラゴンとの戦闘を見ただろう。私は強いんだ。そこらへんのなんちゃって勇者とは違う」
勇者と名乗るだけで王国からの補助金が出たり、各地の店舗で優待されたりとメリットが多いので、それに便乗した不届きものも増えていると聞く。実際は剣技の腕前も素人以下。低レベルな魔物ともサシでは戦えないような軟弱者ばかりだ。その点自分は違う、とステラは自負していた。幼いころから磨いた戦闘術。メインの武器は剣だが、魔法の心得だってある。とは言っても、攻撃的な魔法ばかり習得しており、回復系はからっきし。だからこそ、僧侶のミアは重宝するつもりだ。
ミアを連れて歩いていると、以前までとは周囲の反応が目に見えて変わってきた。行きかう行商人の男どもが、花のように愛らしいミアの顔を、陶器のように白く柔らかそうなミアの肌を、ぶしつけな視線で見ている。
「な、なんか私たち見られてます?」
ミアは居心地が悪そうに、目を伏せた。それでもしつこく見てくる男の胸倉を、ステラは思い切り掴んで体を持ち上げた。
「ひいい!」
「タダでうちの僧侶を見ようとはいい度胸だ。さっきからじろじろと嫌らしい視線を寄越していたな。1分につき銀貨1枚。お前はだいたい5分くらい見てたから、5枚。無許可で見た分の罰金として追加で5枚。計10枚を支払え」
「き、貴様盗賊か!」
「勇者だ」
「善良な行商人から金を奪う勇者がいるか!」
「世界を救うには金も必要なんだ。いいから黙って金を置いていけ」
幸いにもこの会話は、ミアには聞かれていなかった。下心丸出しの行商人に怯えて、自ら距離を取っていてくれたので、思う存分脅迫できた。
商売道具を抱えて逃げていく行商人の背中を見送りながら、臨時収入の銀貨を巾着袋に入れた。そろそろ入らなくなってきたので、新しい入れ物も買わないと。
「もう大丈夫だよ、おいで」
フードを被って、周囲からの視線をシャットアウトしていたミアの頭を撫でてやった。
「ステラ様、さっきのお方は…?」
「人間に化けた魔物さ。ああいうのもたまに紛れているから気を付けないとね」
咄嗟に思いついた嘘だったが、これは使える。今後もミアを付け回す不届きものが現れれば、魔物ということにして倒すなり金を奪うなりしよう。
「そうだったんですね、お守り頂いてありがとうございます!」
ほら、ミアも信じていることだし。
寂しいステラの1人旅から、ミアとの2人旅になって3日目。今夜は野宿だ。ミアのような可憐な子を、屋根もない夜空の下で寝かせるなど不本意だが、最寄りの街まで行くには時間が遅すぎる。今日はたくさん歩いてミアも消耗しているだろうから、ここで一晩を過ごすことにしよう。
「私が見張りをしているから、ミアはゆっくり眠るといい。明日に備えて体力を回復させておかないとな」
「ステラ様おひとりに見張りをさせるわけにはいきませんよ。私も交代でやります。一時間したら起こしてください」
「気持ちはありがたいが、私は平気さ。さっきからずいぶん眠たそうだし、無理せず休みなさい」
30分ほど前からミアは、しきりに目をこすって眠気を誤魔化そうとしていたが、その努力も空しく睡魔に負けそうだ。あくびは止まらないし、普段はぱっちり開かれている二重の大きな目が、いまや細い線のようになっていた。
「でも…ステラ様も、休まないと…」
夢うつつの状態で発せられる声は、半分ほど何を言っているのかよく聞き取れない。
「キミはまだ成長期だ。良く寝てよく食べる。それが一番なんだよ。おやすみ」
ミアからの返事はなく、代わりに聞こえてきたのは、すうすうという静かな寝息だった。
一人旅に慣れているステラは、脳みそを半分だけ休ませて、もう半分を覚醒状態にして、周囲に警戒しながら眠るという特技を身に着けていた。平時より反応速度は鈍るが、このあたりに出る魔物であれば、寝ぼけた状態でも勝てる。
片目を閉じて、眠りに入るステラ。まあ、どうせ魔物なんて襲ってこないだろう。そう思ってまどろみ始めた瞬間、指先に痛みが走った。
「いっ…!」
刺すような痛み。だが、見まわしても魔物はいない。
指先には、血の玉がぷっくりと浮かび上がっている。最初は暗くてよく見えなかったが、焚火の近くに手をかざしてみると、自分の指にバラのトゲが刺さっているのが分かった。
「なんだバラか。まったく、私としたことがとんだ不注意だ」
近くにバラの茂みなどはないので、旅の者がここに捨てていったのだろう。迷惑なポイ捨てである。
大した怪我ではないので放っておこうと投げ出した手に、ミアの柔らかな指が触れた。
「え?」
「ステラ様…怪我してる…」
「ああいや、トゲが刺さっただけさ。起こしてしまってすまないね」
「じっと…しててください」
ミアの声は、夢の中から聞こえてくるような頼りない響きだった。半分寝ぼけているのかもしれない。そんな状態でなにをするつもりなのだろう。
ミアが両手でステラの指を摘まむと、焚火よりも淡い色の光が、ぽうっと彼女の手元に灯った。光に照らされたミアの目は、相変わらず眠そうに細められている。
「おわりました…では、おやすみなさい…」
言い終わるとの同時に、ミアは寝袋に頭から突っ込んでいった。
「傷が治ってる…。これが僧侶の力か。なんだミア。君はかわいいだけじゃなくて、ちゃんと仕事もできるじゃないか」
その晩、ステラは一睡もしなかった。一晩中ミアの寝顔を見続けていたら、朝が来たのだ。




