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心にもない誉め言葉を投げかけると、脂身たっぷりの体を揺らしてマダム・シスルが笑った。
「個性的…。そうよ、それこそ最高の賛辞ね。ファッションが他人と被るのは許せないの」
肉の塊が布を被っている。そう言い表すのが最適な見た目のくせに、一丁前にファッションに拘る意味が分からない。マダム・シスルに着られる服のほうが気の毒だ。
「私はねえ、ダサい子はみんな嫌いなの。許せないの。殺しちゃうの!」
「別に服装なんて個人の自由だろう?」
「この街では私がルールなのよ。ついさっきも一人、下らないファッションのガキが来たもんだから、拷問してる最中だったの」
マダム・シスルが手に持っていた鎖を引くと、その先に繋がれた人物が、奥の暗闇から四つん這いで這い出てきた。顔も体も傷だらけ。服は刃物のようなもので裂かれたあとがあるが、腕と腰のあたりに残った生地から、それが魔女がよく着ているローブだと分かった。鎖で四肢の自由を奪われているその魔女は、年のころはミアと同じか、少し上くらいに見える。魔女の目に浮かんでいる涙は、恐怖か、それとも拷問による痛みからくるものなのか。大粒の涙をこぼして、縋るようにステラを見る魔女。助けが来たと安堵したのも束の間。
「この魔女、あり得ないくらい野暮ったい恰好で私に挑んできたのよ。魔女ってどうして、揃いもそろってファッションセンスがないのかしらねえ。ローブなんて、ただ布を被ってるだけじゃないの。ねえ、なんとか言ってみなさいよ、クソださ魔女!」
マダム・シスルが指を鳴らすと、何もない空間からピンク色の布が出現した。布は魔女の首に巻きつき、ギリギリと締め上げる。
「がっ…!」
酸素の供給を絶たれた魔女の顔は、みるみるうちに蒼白に。そしてどす黒い赤紫色に変わった。酸素を求めて口をパクパクさせているが、布が首を締め上げる力は弱まらない。
「私のお眼鏡に叶うようなファッションだったら、手厚く歓迎してあげたのに残念ねえ」
ステラが助ける間もなく、魔女は白目をむいて絶命した。なんて惨たらしい。これがマダム・シスルのやり方か。
「分かったでしょう?グラン・クチュールじゃあ、ダサい子はみんな死んでいくの」
「噂通り。いや、噂以上だな。マダム・シスル」
「あなたも同じ運命を辿るのよ?踊り子の衣装なんて、ナンセンス!」
魔女を絞殺した布が分裂し、5枚に分かれた。ステラの両手足。そして首に一瞬で巻きつく。
「んぐっ…」
拘束を解こうにも、布が締め上げる力はあまりにも強い。ステラの怪力をもってしても、繊維が破ける気配すらなかった。
「なによ、しぶといわねえ。普通なら2秒もあれば首も手足もバキバキに折れるのに」
巻きついてからすでに10秒以上が経過していたが、ステラの顔色は変わっていない。首の筋肉も日頃から鍛えていた成果だ。やはりアルコールで筋肉が分解されるなんて嘘ではないのか。
「まあ、そのうち死ぬでしょ。あなたの死に顔、見届けさせてもらうわ」
マダム・シスルがどっかりと腰を降ろすと、体重がかかったせいで、4重くらいだった顎の肉が6重になった。
「恨むなら自分のファッションセンスを恨みなさいな…へっ?」
ステラの体が突如燃え始めた。炎はマダム・シスルにまで届き、彼女ご自慢のドレスの裾に延焼した。
「な、なにこれ!なんで急に火が⁉」
そのだらしない体躯では着火した場所に手も届かない。しばらくマダム・シスルはあたふたしていたが、火はすぐに小さくなって消えた。黒焦げになったドレスの裾から、焼けた繊維の臭いが漂う。
「あなた…なにをしたの!」
ステラを拘束していた布はすべて、炎によって燃え尽きていた。もう自由の身だ。
「あんたがダサいと言った踊り子の衣装。実はこれ、魔法がかけられていてね。ま、私も今知ったんだが」
エルシィから贈られた衣装には、いざという時の防御魔法がかけられていたらしい。あのキャバレーのオーナーは、今でこそ老齢で力も衰えた魔法使いだが、その昔は名の通った人物だったと聞いている。キャバレーの踊り子が客に乱暴された際は、防御魔法が発動して、客を退けていた場面をそういえば見た気がする。過剰防衛とも言えるレベルで、踊り子に触った酔客の頭に雷が落ちたりしていたっけ。
「さすが腐っても高名な魔法使いだ。私のピンチを察して、布を炎で焼き切るという防御魔法を発動させたわけだな。あのまま絞められててもなんとか自力で脱出できただろうが、おかげで手間が省けたよ。やはりキャバレーには福がある。かわいい子がいるところには、必ず幸運が満ちているのさ」
「なにをわけのわからない事を…。よくも私のドレスを台無しにしてくれたわね!」
マダム・シスルの顔は怒りで真っ赤だ。ピンクのドレスに真っ赤な顔。こんなに赤の色素が強い人間、初めて見た。
無数の針が空中に現れ、ステラめがけて降り注いだ。
ステラにとって、それを避けることなど造作もない。一人旅で暇を持て余し、雨粒を全部避けながら道中を歩いた経験が活きてくる。
針の雨を掻い潜り、ステラはマダム・シスルの腹部に剣を突き立てた。
しかし手ごたえがない。肉の壁が厚すぎて、刃が貫通しないのだ。この肥満体め。
剣を引き抜くと、刀身には白く濁った脂がたっぷり付着していた。
「きったねえ…」
ミアのように潔癖症でなくとも、さすがに見るに堪えない。あとで綺麗に拭いておこう。
ダメージが少ないとはいえ、腹部を刺されたマダム・シスルは余裕の表情で笑っている。
「あらぁ、あなたやるじゃない。気に入ったわ。はい、いったん喧嘩はストップよ」
「降参か?」
「馬鹿言っちゃダメよ。私に一矢報いたことを称えて、あなたにプレゼントをあげるわ。勝負は一度お預け。決着は私の城の舞踏会で付けましょう」
「舞踏会?」
「それよりまず、私のオリジナルブランドのドレスを…」
「ちょっと待って。いらない」
マダム・シスルのオリジナルブランド。それを着ていた魔物と戦ったことがあるが、到底着たいと思えるデザインじゃなかった。プロデューサーがこんな悪趣味の擬人化みたいなやつなのだから、当然といえば当然だ。
「いいから受け取りなさい。私からドレスを無料でもらえるなんて、この上ない贅沢なのよ。それにあなた、今ひどい恰好してるわよ」
「え?」
そうだ。着ていた踊り子の衣装は魔法の発動とともに燃え尽きたのだった。ステラを守るという役目を終えた衣装は焦げた布と化し、今ステラの体にあるのは下着だけだった。どこかの商店で安売りしていた下着を、もう1年以上履き続けている。元が安物なので、度重なる水洗いで生地もボロボロ。どうせ誰に見せるわけでもないから、と油断していた。まさか魔王の配下に晒すことになるとは。
「も、もらおうか。そのドレス…」
マダム・シスルから渡されたドレスは、彼女が着ているピンク色とは違い、血のような真っ赤な生地で出来ていた。闘牛が見たら、一直線に突っ込んできそうだ。
「あら、似合うじゃないの。ところであなた、お仲間はいるのかしら?」
「ああ、街の外で待機させているよ。マダム・シスルの魔力がどこまで及ぶか未知数だったからね」
「なら、お仲間も招待してあげるわ。今夜の舞踏会に」
マダム・シスルが招待状を3枚寄越してきた。
「なんなんだよ、この舞踏会って…」
招待状から顔を上げると、もうそこにマダム・シスルの姿はなかった。




