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 「違うんだ、違うんだよミア。聞いてくれ」

 

 リュカをお姫様抱っこして両手が塞がっているので、首をぶんぶんと横に振るステラ。光を失った冷たいミアの視線が痛い。いつもは宝石のように輝いている美しい瞳が、火山岩みたいにくすんでいる。こんな表情を見るのは初めてだ。


 「違うというのは、なにが違うのですか」

 

 「違うんだよ」

 

 「だから何が違うのかを訊いているんです」

 

 「君は色々誤解している。リュカをお姫様抱っこしているのが気に食わないんだろう?これには色々と事情があってだな…」 

 

 「とりあえずリュカ様を降ろしてもらえますか」

 

 よほどお姫様抱っこに不満があるらしい。ミアの頬が怒りに膨らんでいる。

 

 ミアがリュカに惚れているのは昨日の時点で分かっている。昨晩ステラが飲んだくれている間にも、街の案内という名目で、二人きりで連れだって歩いていた。あの時のミアは完全に乙女の顔になっていたし、ステラだって邪魔をするつもりはもう無かった。そんな中で、意中の相手をお姫様抱っこして帰ってきたとなれば、ステラに嫉妬心を抱くのも無理はない。

 

 言われた通りにリュカを降ろし、ベッドに寝かせた。 


 「詳しい話はあとだ。見ての通り、リュカは大けがを負っている。綺麗な顔がボコボコに殴られてこの有様だ」

 

 「ひ、ひどい…。なんでこんな…」

 

 「ミア。君の治癒魔法で治してやってくれ」


 ステラが言い終わる前に、ミアは腕まくりをしてベッド脇に立ち、治癒魔法を発動させた。温かな光が部屋中を包む。ミアとリュカの間に、手のひらサイズの太陽が浮かんでいるみたいな光景に、思わずステラはうっとりした。ステラの怪我を治してくれた時よりも、はるかに高い魔力を使った治癒魔法。これが愛の力か。

 

 「…ん」

 

 ステラが宿に運んでくる間、気を失っていたリュカが目を覚ました。顔の傷はすっかり消えて、元の美しさを取り戻している。


 「あれ、私は一体何を…。確かステラ様に助けて頂いて、そのあと…」 

 

 「リュカ様!」

 

 起きたばかりのリュカに、ミアが抱き着いた。

 

 「良かった、もう傷は痛みませんか?」

 

 リュカは団長に殴られた痛みを思い出すかのように、自分の顔を撫でた。そして人をとろけさせるような、あの笑みを浮かべた。

 

 「はい、もう痛みはありません。ミア様が治癒してくださったんですね。なんと感謝を申し上げればいいのか」

 

 「いいんです。リュカ様がご無事ならそれで」

 

 ミアは目に安堵の涙を浮かべて、何度も頷いた。出会ってまだ2日で、この入れ込みよう。乙女の一目惚れというのは恐ろしい。


 2人の間に漂う甘い空気をもっと吸っていたいが、ここは大人として空気を読もう。ステラが音を立てずに部屋を出ようとしたところ、ミアの首がぐるりと半回転してこちらを向いた。


 「お待ちください。ステラ様にはまだ訊きたいことがあります」

 

 その目にもう涙は浮かんでいない。

 

 「えっと、お姫様抱っこの件かな?」

 

 「はい」

 

 「リュカが力尽きていたから仕方なくね。ここまで運んでこないといけなかったわけで」

 

 「それならおんぶでも良かったと思います」

 

 「うん、いや、そうなんだけど。せっかくだからと思って」

 

 「おんぶでも良かったんじゃないですか」

 

 「そっちのほうがリュカの体にも負担がないと思ったんだよ。リュカからも何か言ってやってくれ」

 

 いきなり話を振られたリュカは、「えっと…」と唇に手を当てて考える。

 

 そして何かを思い出したように、途端に顔を赤らめた。

 

 リュカが何を考えているか、彼女の頭の中がステラには分かる。きっとあの時、ステラに強く抱きついてきた時の発言だ。

 

 『もう少しだけ、こうしていていいですか』と、リュカは確かにそう言った。一見すれば王子様にも見える中世的な容姿からは想像できないほど、それはリュカの中の女を感じた瞬間だった。

 

 もしかして、リュカに惚れられた?確かにピンチを救いはしたが、そうすると話は余計に複雑になってくるではないか。

 

 言葉を選ぼうとして、中々何も言い出さないリュカ。早くミアの誤解を解いてほしいのだが、期待できそうにない。

 

 「やはり無理やりお姫様抱っこをされたんですか?」

 

 ほら、ミアの誤解がさらに深まったじゃないか。

 

 「いえ、無理やりだなんてとんでもない!あれはステラ様が私の体を気遣ってくださっただけです」

 

 「怪しいです。なんか言わされてませんか?」

 

 「ほんとうに違うんですよ!」

 

 「そうだ、違うんだよミア」

 

 2人して「違う」しか言わなくなったせいで、ミアの機嫌はどんどん悪くなっていった。隠し事をされていると思ったのだろう。

 

 「ちょっと外の空気を吸ってきます。リュカ様、しっかりお休みになってくださいね」

 

 拗ねていてもリュカへの気遣いは忘れず、ミアは早足で宿を出ていった。

 

 ミアのいなくなった部屋で、ステラとリュカは顔を見合わせ、ほとんど同じタイミングで困ったように笑った。

  

 「まったく、年頃の女の子は難しいな」

 

 「私がはっきりと言わなかったせいです。あとでミア様の誤解を解いておきます」


 「しかし今日は疲れただろう。こういう時は癒しが必要だ。ちょうどいい店を知っていてね。今夜はたっぷりサービスをしてくれると約束しているんだよ。少し休んだら、一緒にどうだい?」

 

 「ええ、お供したします」 


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