12
「ぐ…女が俺を殴るなんて生意気な…!」
団長のタフさは、見かけ倒しではないらしい。腹部に蹴り、そして後頭部に拳を叩きこまれてもなお立ち上がる。そのへんの魔物なら間違いなく絶命しているダメージだ。目はまだしっかり焦点を結んでいないが、再び襲い掛かってくるのも時間の問題。ステラは団長からの攻撃に備えて、剣を構えなおした。
「いけー!やっちゃえ、エセ勇者!」
安全地帯から踊り子が声援を送ってくる。
「役立たずのリュカは俺が始末する。こんなやつを騎士団に置いていては、団長である俺の株まで下がるからな。伯爵に怒られるのは俺なんだぞ」
「怒られるのは嫌だよな。分かるわかる。私だって悪いことしてないのに、散々理不尽に怒られてきたんだ。だが自身の責任逃れのために部下を殺すなんてどうかしてる。勇者として見過ごすわけにはいかないな」
「なら、お前も死ね!」
団長の一撃は重い。鍔迫り合いになれば、いくらステラが馬鹿力といえど不利になる。
「せめて死ぬなら、かわいい子に看取られて死にたい。お前みたいなむさくるしい男に殺されてたまるか!」
ステラは地面を蹴って団長の間合いに入り込み、下から顎へ拳を放った。
「げぶっ!」
団長の口から血があふれ出る。舌を思い切り噛んだらしい。顎にステラの拳を受けたとなれば、被害はそれだけでは済まない。団長の前歯はすべて折れて、黄ばんだ歯があたりに転がった。
「ずいぶん風通しが良くなったじゃないか、団長さん」
「ほ…ほおふほおんあ!」
「なんて?」
「多分、このクソ女って言ってるんじゃない?」
歯の抜けた団長の怨嗟の叫びを、踊り子が翻訳してくれた。
「さっきから女がどうとかばっかり…。お前はそうやってリュカの事も下に見ていたんだろう?いいか、彼女は強い。気高き戦士だ。お前なんかよりもずっとな」
ステラは団長の顔を蹴りつけた。前歯だけ折れていてはバランスが悪いので、奥歯もついでに折っておこう。これが乳歯ならまた生えてくるが、あいにく団長はいい年したおっさんだ。もう二度と歯が生えそろうことはない。今後は柔らかい麺類とか、スープだけ食べて生きていけばいい。
「がっ…!」
団長は白目を剥いて気を失った。噛んだ舌と歯の抜けた穴から溢れだす血に混ざって、団長が吹いた泡が口から零れてくる。ステラはふう、と一息つき、剣を鞘に収めた。結局拳で解決してしまったので、剣の出番はあまりなかった。
「すっ、すごいじゃん!見直したよ、エセ勇者!」
踊り子が抱き着いてきた。朝方まで店は営業していたので、おそらく彼女は退勤して家に帰る途中だったのだろう。ステージ衣装の上に羽織ったガウンがはらりと脱げ、艶めかしい姿で密着される。なんだこのサービスは。あとで金を請求されたりしないだろうな。
踊り子の抱擁を受けながら、横目でリュカを見る。美しい顔面は、団長の殴打によって腫れあがっている。団長のように歯が折れたりはしていないが、白い肌に走った裂傷はとても痛々しい。早く治療してやらないといけない。
名残惜しいが、踊り子の肩をつかんで引き離す。
「また今夜、店に行くよ。しっかりサービスしてもらうからな」
「うん、待ってる!」
落ちたガウンを拾い上げ、踊り子は手を振りながら去って行った。
「リュカ、大変だったな。もう大丈夫。何も君が気負う必要はないよ。君がいなければ魔物の被害はもっと大きくなっていた。自分の仕事を誇っていい。さあ、傷を癒してもらいに行こう」
ステラはリュカを抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。一度やってみたかった。まさかこんなタイミングで実現できようとは。
「私の首に掴まって…へっ⁉」
確かに掴まってとは言ったが、リュカの掴まり方はあまりに力強く、まるでステラの体を求めるかのような熱い抱きつき方だった。
「ちょ、大胆だなリュカ。そんなに強く抱きつかなくても大丈夫だって」
「…もう少しだけ、こうしてていいですか…?」
顔が近い。ほぼ鼻先が触れるくらいの距離だ。その至近距離で、潤んだ瞳を恥ずかしそうに伏せるリュカの破壊力は、あまりに大きすぎた。心臓に悪い。いい意味で心臓に悪い。
「へ、へへ…」
気持ち悪い笑い声が漏れるのが抑えられない。
リュカの熱い抱擁は1分ほど続いた。ようやくステラに抱きつく力が弱まり、普通のお姫様抱っこの状態に戻ったので、リュカを抱えたまま宿へ戻った。ミアは部屋にいるはずだ。早く治療してもらおう。
「お帰りなさい、ステラ様。なにか騒ぎがあったみたいですけど…」
リュカを抱いたステラが部屋の前に立っているのを見て、ミアの目から光が消えた。
「…は?」




