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 小鳥のさえずりは、ステラを夢の世界から引きずり上げるには静かすぎる。耳元で鳴かれようとも、決して起きることはないだろう。しかし、窓の外から響いてくる男の怒鳴り声には、さすがのステラも目を覚まさざるを得なかった。

 

 大口を開けてあくびをしているところへ、宿の女主人がノックもせずに駆け込んできた。

 

 「ちょっと勇者様、大変ですよ!早く降りてきてくださいな!」

 

 「昨日の今日で何の騒ぎなんだ。まさかまた魔物が出たとかじゃないだろうね。今回ばかりは私は関係ないから、もう少し寝かせてくれないか。あと水を持って来てほしい。口の中が変な臭いがする。多分昨日ゲロ吐いたせいだ」

 

 「お水はあとでお持ちしますから、早く!」

 

 女主人がステラの腕を引っ張り、宿の外へと連れ出した。

 

 寝間着姿のまま外へ出ると、通りには人だかりができていた。昨晩キャバレーでステラの頬を打った踊り子も、その中に紛れている。

  

 「おい踊り子ちゃん、これは一体何事なんだ?」

  

 「げっ、昨日のエセ勇者」

 

 「本物だが?」

 

 「口くさっ」

 

 「君のとこの店の酒、度数強すぎるんだよ。おかげで吐きまくったぞ。それでこの人だかりは?」 


 「アルマ伯爵の騎士団がこの街を守ってるのは知ってるでしょ?その騎士団の団長ってすごく怖い人でね。部下が少しでも失態を犯すと半殺しにするなんて噂だったんだけど、まさに来てるのよ。鬼の団長が」

 

 先ほど聞こえてきた怒鳴り声は団長のものだったらしい。どれ、どんな人物か顔を拝んでやろう。

 

 「ちょっと失礼」

 

 人ごみをかき分けて、騒ぎの中心に到達したステラの目に飛び込んできたのは、身長は2メートル近く。横幅も成人男性2人分はありそうな大男だった。なるほど、こいつが団長か。なまくらの剣で斬った程度では、傷一つ付けられそうにない屈強な体つきだ。


 「貴様のせいで俺まで大目玉だ!伯爵に合わせる顔がないぞ。一体どうしてくれる!」

 

 額に青筋を浮かべた団長が胸倉を掴み、唾を飛ばしながら揺すっている相手。それはリュカだった。どこぞの国の王子様とお姫様をかけ合わせたみたいな、中世的で美しい顔が、殴打されたことで腫れあがっている。団長の拳に付着した血液から察するに、リュカを殴ったのは間違いなく彼だ。


 「申し訳ございません。すべては私の不徳の致すところです」

  

 「謝罪の言葉など聞き飽きたわ。リュカ、貴様は副団長という立場でありながら、魔物の侵入をいとも簡単に許し、挙句の果てに一般市民が襲われ命を落とした。この責任はすべて貴様にある」

 

 「はい、街を安全を守るのが私の務め。市民に被害が出てしまったのは、すべて私の責任です。どんな罰でも受ける所存でございます」

 

 「では、貴様の死をもって償ってもらおうか」

 

 腰に差した剣を団長が抜いた。ステラも持ったことがないような、大きな剣だ。あんなもので斬られたら、リュカの体は真っ二つになってしまう。

 

 切っ先を目の前に突きつけられても、リュカは動かなかった。恐怖で動けないのではない。自身が発した言葉通り、命をもって罪を償おうというのだ。真っすぐに団長の目を見つめ返すリュカ。一方、団長も団長で肝が据わっている。部下の首を切り落とすことに一切の躊躇なく、剣を振り上げた。

 

 「ひっ…!」

 

 後ろで見ていた踊り子が、目を両手で覆った。次の瞬間には、あの美しい顔が地面に転がるのだ。普通の神経をしていれば、直視できるはずもない。

 

 だが、リュカの首はしっかり胴体についたままだった。

 

 「なんだ貴様は。俺の邪魔をするとは良い度胸だな。この俺をアルマ伯爵直属の騎士団長と知っての…」

 

 「あんたが誰かなんてどうでもいい。私はね、美しい子が好きなんだ。こんな綺麗な顔を切り落とすなど、そんな蛮行を許すわけにはいかない」

 

 ステラは団長の振り下ろした剣を薙ぎ払い、その腹に蹴りを入れた。二日酔いだろうが、馬にも負けないステラの脚力は顕在だ。アルコールは筋肉を分解するというが、今のところその実感はない。

 

 「ぐはっ!」

 

 団長の体は吹き飛び、通りに出ていた青果店に衝突。りんごやみかんがはじけ飛んだ。

 

 「ステラ様…、これは私の問題です。どうか命に代えて責任を…」

 

 「君に責任などない。狼男が襲ってきたのは私のせいだ」

 

 「え?」


 「詳しくは言えない。いや、言ってもいいんだけど、多分聞いたら呆れられる気がするから言わない。踊り子ちゃん、この子を安全な場所まで運んでくれ」

 

 顔から血を流すリュカを、踊り子に預ける。

 

 「この人、すっごい怪我してるけど大丈夫?私、治癒の魔法なんて使えないよ」

 

 「それについては心配無用。私の連れは優秀な僧侶なんだ」

 

 「エセ勇者、後ろ!」

 

 あれだけ強く蹴とばしたのに、団長は早くも復活していた。巨体で覆いかぶさるように、ステラへ飛びかかってくる。

 

 ステラは最小限の動きで団長を避けて後ろへ回り込み、後頭部に拳を叩き込んだ。脚力が馬並みなら、腕の筋力はゴリラ並みと言われたステラだ。痛いなんてもんじゃない。

 

 「すっご…」 

 

 踊り子が呆然と口を開けている。

 

 「言っただろう?私はエセ勇者じゃない。本物だって」

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