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二色の金魚  作者: tou
4/4

4 「だってあんた、眼鏡かけないほうがカワイーよ」

ユカと別れたフジは、自分の家へ戻るために道をたどっていた。

自分が着ている地味な色の服が目に入るたびに、気分が暗く沈んでいくようだ。






「…あー」






意味もなく声を出すのは、疲れたときのくせ。






「らーらーらー」






まわりは夕陽色に染まっている。

さらさらと静かに流れる川を横に見つつ、コンクリート舗装もされていない道を歩く。

なんでも絶滅危惧種寸前の草がここに生えているそうで、そのために舗装がされないらしい。

別にいい。と、フジは思っている。

歩きやすい道がいい道なわけじゃない。






「……ききゅうーにー乗って…」






幼稚園のときにならった歌を、ふと思い出した。






「どーこーまで、ゆーこーうー」






風にのって、どこまでもゆこう。

銀河を飛び越え

どこまでもゆこう。

そこになにかが待っているから。






「ららららー」






まわりに人が居ないのをいいことに、いつのまにか全力で歌っていた。







「ら―――――……」






空気に溶ける自分の声は、かたちを持っていない。

かたちを持っていないものに、裏切られることはない。

束縛されることもない。


そうだ。


フジは目を細めて、顔にかかる風を受けた。

やわらかな風は、春のにおいがする。






「あはは」






いつのまにか笑っていた。






「あははは!あははははっ!アハハハハハハハハ!」






涙がにじむのは、知らないふりをして。






「はは……はっ、あははっ」






分からない。

どうしようもなく泣ける。

バカ笑いはしぼむようにかすれて、フジは倒れるように前のめりにひざをついた。

力を入れずにいると、体はそのままぐらりとかしいで土手をころがり、川へ没する寸前に止まった。

ごろごろと石が痛い。






「あー…」





あかい、そらがみえる。


フジは右腕を目の上へのせた。

視界が黒くなる。

まぶたの裏で笑うのはユカだ。

まぶしいね。

きみの笑顔は。

かわいいと思うよ。

たぶん、ボクの知っている女の子の中で、いちばん。


けれどね。


ボクは…






「大丈夫か?」






ハッと腕をどけた。

直後、ぱっと夕陽の光がとびこんできて、思わず顔をしかめて目を閉じた。






「あ、別に変質者ではないから」






そうじゃなくて。

光が。






「っ…」






そろりと目を開けると、こちらを覗き込む男の姿が見えた。

染めていない黒い髪、と、子供みたいな目。






「立てるか」






言われて、フジはのそりと半身を起こした。

男が、隣に座り込んだのを見て、あわてて立ち上がろうとする。と、






「させっか」





何故かぐいっと肩をつかまれ、強引に座らされた。なんでだ。

その手をふりほどこうとして、目の前に差し出されたものに動きを止めた。






「あ」






黒いフチ眼鏡。






「あ!?」






はっと気付いて目に手をやると、かけていたはずの眼鏡がなくなっている。

土手を転がり落ちた時にはずれていたらしい。

差し出した男が、ふっと笑った。







「なんだ。ダテかよ」


「あ…ありが」






眼鏡を受け取ろうとして、






「じゃ、いらねーよな」


「何言って―――ぁああああああッ!?」






ぼちゃ。

まぬけた音をたてて、男の手を離れた眼鏡は哀れ水中に没していた。

フジの隣の男が、見事なフォームで腕をしならせ、眼鏡を川の中へブン投げたのである。






「なに、すんだ!」






フジが声を荒げても、男はすずしい顔をしている。

ひょいっとこちらを振り向いて、無邪気に首を傾げて見せた。






「ダテなんでしょ」


「だからって!」


「だってあんた、眼鏡かけないほうがカワイーよ」






羽の軽さで放たれた言葉に、不覚にも口ごもってしまう。






「んなっ…」


「っつーか」





男の指が伸びてきて、ぐいっとフジの目をこすった。





「!」


「泣いてんじゃん。どしたの」





今度こそ、フジは男の手を払いのけた。

きっとにらみつけてはじめて、彼の顔が少年と言っていいほどのものだと知った。

夕陽が沈む寸前の明るさの中で、その顔はぞっとするほど整って見えた。





「ちっ……が、」




何に対して言い訳をしようとしていたのか、わからない。

自分の会話能力の低さが今は恨めしい。





「べつに、なにも」





うつむけば、相手はおもしろそうに笑う。





「何もないのに泣いてんの?」


「…」


「歌はけっこうなものだったけど」


「っはァ!?」





ぎょっと顔を跳ね上げると、相手は今度こそ笑い出した。





「あんな堂々と歌ってたらそりゃ聞くって!」





笑う彼の声こそ、すみきっていた。

フジは思わずその声に聞きほれて、そして今はそんな状況ではないことを忘れる。





「夕締蒼」





ひとしきり笑って、唐突に男は自分の名を名乗った。

フジはそれを無意識に反芻した。





「ユウジメソウ…」


「ん、夕焼けのユウに締め付けるのシメ、ブルーの難しい方の漢字でソウ」





あんたは、と聞かれてフジは短く簡潔に名乗る。





「フジ」





きょとん、とソウが目を丸くした。





「え、フルネーム教えてくんないの」


「なんで教えないといけない」


「俺教えたし」


「頼んでねーよ」


「あ、きつ」





ぐしゃっと頭を撫でられて、フジは猫のように首をすくめた。


撫でながら、楽しそうな声でソウが言う。





「ま、いいや。フジか。ごめん、確認するけど女?」


「…一応」





そう分からないように振舞っていたのに、いざ聞かれると何故かへこんだ。

その空気を敏感に察したソウが、あわてて言いつくろう。





「いや…無理ないだろ。その服装に髪型じゃ」





遠慮なくソウの指が伸ばされて、無造作にフジの前髪を分けた。

はっとしたときは既に遅かった。





「なに、っ」


「ほら」





ソウの顔が笑った。





「こうしたらすぐに分かんのに」





フジはソウから目をそらして、そろそろと前髪を戻した。

長く伸ばしたそれで目を覆うと、自分の表情は読めなくなると知っている。





「しんどいのか」





フジの行動を止めなかったソウが、ぽつりと呟いた。

さらさらと、川の水音にとけるその声はきれいで。

一緒に歌えばどんな音になるのだろうと、一瞬思った。





「―――――べつに」





言う義理はない、はずだ。





「きみこそ、……モデルかなんかしてるの」





話をそらしたのは察したらしい。

ソウが苦った顔になった。





「ち…せっかく珍獣に出会えたと思ったのに」





彼が呟いた言葉が妙に残る。

いぶかしむ表情でフジがソウを見上げると、ソウがちらりと彼女を見る。





「や、別に?芸能界関連の仕事はしてるけど、そんなモデルとかじゃないし」


「ふう、ん?」


「あんたは?音楽関係の仕事でもしてんの?」


「べつに…」





どう言おうか迷って、結局フジはことばをにごした。





「……まあ、そんなとこ」





ソウがふうん、と不満そうにうなずいた。

せっかくその声なのになあ。とか聞こえた気がするが、無視しておく。





「あ」





ソウが声を上げたのでそちらを見れば、彼は薄暗がりの中で空を見上げていた。





「一番星」





見上げれば、強く光る星が一点。





「あ、金星」


「え、そうなの」


「うん」


「もうそんな時間かー」


「…」


「帰るか?どこ、住んでる?」


「えと…」


「あ、言いたくなかったらいい。俺は、そうだな。帰る」


「う、ん」





立ち上がったソウを見て、フジは思わず口走った。





「あの」





ソウは驚いたように立ち止まると、言葉の続かないフジを見下ろした。

そしてすぐ、にやっと破顔する。





「もう、自殺とか考えんなよ」





あんたの声、きれいだからさ。





言われた言葉が直接心を打つ気がして、フジは息が詰まった。

ソウは軽い足取りで土手を上がると、薄暗闇にすがたをけした。

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