1 「地味でいたいの」
軽いガールズラブが入っております。
性描写まではいきませんが、そういった表現がかなり苦手な方は、リターンしていただきたく思います。
夢なんか
見ちゃいけないと。
そうして唄ってきて、どれくらいだろう。
>二色の金魚
うそみたいに流れた心が
月へのぼって輝いて
涙を流した神様が…
「…」
阿呆みたいに陽気に流れる音楽を聴いて、フジは目を閉じた。
流れる音は、自分の声で。
「…」
そっと目を開いて、平行して流れるPVを見つめる。
そこで微笑みながら歌っているのは、自分の姿ではない。
思わず苦い笑みがこぼれた。
別に、どうでもいいさ。
わたしの声で有名になれるんだったら、
それでユカが喜ぶんならそれでいいから。
「あーっ!」
不意に後ろから抱きつかれて、思わずフジは体をかたくした。
「フージ!」
…噂をすればカゲ。とはよく言ったものだが、この場合その表現は正しくない。
抱きついて腕をからめてきたのは、カゲなんかとはほど遠いヒカリだったのだから。
「うふふのふー♪」
ご機嫌な声を上げたユカは、上目遣いにフジを見上げた。
大きなその瞳は、茶のサングラスに覆われている。
それは何のつもりかと聞こうとして、フジは言葉を呑みこんだ。
「…」
「え、似合わない?」
不安げな顔をしたユカは、くいっとサングラスを上げてみせる。
フジは首を振った。
「別に」
「言い訳してい?」
「どうぞ」
「もうユカは有名人ですから。こうしないと、大変なのですよー」
おどけたユカはうふふ、と笑った。
分かってる、とフジもうなずく。
急に、からめられた腕が引かれた。
「それよりフジ」
「あ?」
「いい加減、そのファッションやめなさい」
げんなり。
「ほっといてほしいな」
「やだ。だって、」
「“フジはわたしの所有物なんだもの”」
「…よく分かってるねー」
「いい加減覚える」
「ふうん」
ユカはいじけたように、フジの黒い服をひっぱる。
大きめのジーンズはダルい感じ。
細い上半身のシルエットに反した下半身のシルエットが、まるで男の人のようで。
「…地味ー」
「地味でいたいの」
フジはべりっとユカを引き剥がした。
間髪いれずにからみなおされるユカの腕。
「フジのいじわる」
「ちょっと離れろ」
「やだー」
くすくす笑う彼女は、ああ。
本当にかわいらしい、女の子以外の何者でもなくて。
「……赤い金魚さん」
フジの声は、穏やかに彼女を呼んだ。
ユカはくるりと瞳をまわして、フジを見つめた。
それを見つめなおして、フジは穏やかな声のままに言う。
「苦しくて呼吸ができません。どうかいったん離れて、水面に顔を出させてくださいな」
ひゅ、と息を呑むユカの音。
少しあとに、ささやくような言葉が返された。
「…それはだめ。だって、赤い金魚は黒い金魚がいないと、息ができないんだもの」
そっと寄り添って、ユカはフジの腕に顔をうずめる。
フジは彼女に見えないように、静かに息を吐き出した。
この疲れる関係は、まだ終わる兆しを見せない。