07_ポート・マレでの語らい(後編)
「でも、それなら「魔獣の森」に住んでるのは不便じゃないですか?
いくら飛べるとはいえ、もっと町に近い所に住んだ方が便利なのでは?」
ここでまたセレナさんがアリアさんに質問をした。
「いや、元々あそこは私が町中に疲れて、一人になりたい時用の隠れ家だったのよ。
急斜面の崖で、大型の魔物は入って来れないし、窪みに隠れれば鳥系や小型の魔物だって、そう安々とは入って来ないからね。
それに隠れ家は一つじゃないし、あそこはその一つでしかなかったの。
ま、今でもそうだけどね。」
「各地に隠れ家があるんですか?」
「そうよ。
家と言うにはお粗末な、お手製の小屋や洞窟なんだけどね。
私達、有翼人は飛んで移動する事が多いから、沢山の物を持てないのね?
そのせいか、物欲や所有欲みたいなのが薄いのよ。
今必要の無いものは、隠れ家に置いてっちゃうし、しばらく行ってなかった隠れ家が荒らされてたり、壊されてたり、乗っ取られていても、あんまり気にはならないのよね。」
「……な、なんと言うか、おおらかなんですね。」
セレナさんの感想にボクも同意する。
ただ、重い荷物を持って飛び続けるのが合理的とは思わないので、ある程度納得もできるかな。
……だだ、そうなると、別の件と矛盾する気がしたので聞いてみた。
「でも、魔王領の件では、当時怒って帝国軍を追い返しちゃったんですよね?」
「いや、だって……、勝手に後から建物を作ったり、その場所を使うくらいは、全然構わないよ?
けど、邪魔だからって矢を射掛けられるのは、話が違うじゃない。」
「あ〜〜……。」
それは兵士さんが悪いや、何より喧嘩売った相手が悪い。
**********
──当時、そこにはたまに行くくらいだったの。
ある日、そこに行ってみると、冒険者らしいヒト達が休んでたのね。
別に私は、「こんな所まで来るんだ?飛べないのに大変だな〜。」って、遠目で見て思っただけたった。
私自身は、ヒトが休めるような場所よりもっと上の、危険で登って来そうもない場所を隠れ家にしていたから、特に気にならなかったの。
それからも、そこに行くとちょくちょくヒトを見掛けていたんだけど、私は気にしなかったし、あちらも私の事は気付いてたんじゃないかと思う。
しばらくして、いつの間にか来るのが兵士らしいヒトになったんたけど、それもさほど気にしなかった。
で、彼らいつの間にか器用に家とか建て始めたりして、そこを本格的に拠点化しだしたのよ。
それだって別に怒ってたわけじゃない。
むしろ、こんな所にまで快適そうな拠点を作ってしまうヒトの生活力に感心してたの。
でも、あちらにとっては、私は厄介な存在だったらしいわ。
集落と言えるほど建物ができた頃、矢を射掛けられたの。
でも、無意識でも風魔術が使える私に矢なんて当たる筈がない。
かと言って、私も多人数の人族の兵士となんか、まともに戦えない。
なので、私は彼らの補給を断つ事にした。
具体的には、「魔獣の森」を通る輜重を攻撃したの。
攻撃と言っても、単に遠くから魔術を撃つだけ。
外れても良かった、その音を聞きつけた魔物が集まって来れば、それだけで彼らの目的は潰えるから。
魔物からしたら輜重なんて、餌が餌を運んでる状態だもんね、見逃す手は無いわけよ。
最後の方は、爆音がするだけで魔物が群がって来る状況だったから、帝国も遂に根を上げちゃったって訳。
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「──あ、今でも「魔獣の森」の帝国寄りの地域では、魔術攻撃音で魔物が大量に寄って来るから、通る時は気を付けてね?」
「えっ?
いえ、今はまだ「魔王領」に行く気は無いんですけど……。」
確かに、前に話を聞いてから行ってみたいとは思っていたけれど、今は別の目的があるからね。
「え〜〜っ?!
来てみてよぉ!
キミらが来てくれたら、あそこもちっとは楽しくなりそうなのに。」
「う〜ん……、ボクらは、というかボクは帝国でやる事があるので、その後なら行ってみるかもです。」
そう言われても、今の状態で行ってしまうと、かえって面倒事を持ち込む事になりかねない。
やはり、「魔王教」をどうにかするのが先だと思っている。
「そっか……、分かった、まぁ用事が済んだら一度は来てみてよ。
ベルモンドって鉱山町に入口があって、私もよくそこに寄るから、見掛けて声掛けてくれたら「魔王領」まで案内するからさ。」
アリアさんは残念そうに語った。
本当に、素で話せるヒトが少ないんだろうなぁ。
「分かりました。
……さて、そろそろボクらは宿に戻ろうか?」
「うん、そうしよう!」
ボクの問い掛けに、ヴェロニカさんが食い気味に答えた。
まるで、親戚の家に行って退屈した子供が、親が帰ろうかと言った途端に反応するかの様だ。
……まだまだアリアさんには慣れないらしい。
「そっか……。
私は、朝に「魔王領」に帰るから、明日は会えないよ。
また会えることを楽しみにしてる。」
「はい。
では、縁があればまた会いましょう。」
そう言って、ボクらはアリアさんと分かれた。
**********
その後、ボクらは宿屋に戻って来た。
「「ぷはぁ〜〜っ!!」」
「えっ、えっ?!な、なに?!」
突然、溜め込んでいた息を吐くような行動をした皆に、ボクは驚く。
「何じゃないだろ!
延々とアリアさんに付いて回らされて、ワタシらがどれ程緊張したと思ってるんだ?!」
さっきまで縮こまっていたヴェロニカさんが、感情を爆発させる。
「えっ、そんなにダメでした?!
あんなに気さくなヒトだったのに。」
「……いえ、ムリですわ。
確かに最後の方は緊張する方でないのは分かりましたが、それでもあの肩書きでは割り切るのは難しいですわ……。」
ティアナさんの言葉に、スノウノさん、フラウノさんも頷いた。
「……そっか、ごめんなさい。
ボクとしては興味深い話も聞けるし、全然苦じゃなかったんで、つい皆の方へ気が回りませんでした。
今度からは、なるべくボクだけで応対することにしま──」
ボカッ!
「あたっ?!」
えっ?!今、叩かれた?
チラリと後ろを見ると、ヴェロニカさんが笑顔で拳を握っていた。
あれ?これ、思ったより怒ってる?
「……クロー君、二つ聞きたいんですけど?」
ヴェロニカさんの隣りのセレナさんは、引きつった笑顔のままボクに語り掛ける。
「は、はい。」
「クロー君はあのアリアさんのこと、美人だと思います?」
「えっ?!
えっと、ボクの感性では美人の部類の認識です。
性格も朗らかで、あれで人族なら求婚するヒトも居るでしょうね。」
突然、思いもよらない質問をされたボクは、取り敢えず素直な感想を語った。
「「……。」」
あ、あれ?
正直に答えたのだけど、二人はお気に召さなかったようだ。
「……では、私達は緊張して疲れちゃったのですが、クロー君はどうです?」
「え?えと、そこまでじゃないです。
だからお詫びに、何かやって欲しいことが有ればやりますよ?」
「……じゃあ、お願いしちゃいます。」
「はい、何が──」
ガシッ!
ボクは二人に両腕をそれぞれガッチリ掴まれた。
「──えっ?!な、何を?」
「クロー君だけ疲れてないなんて不公平ですから、クロー君にも疲れてもらいます。」
セレナさんが笑顔を貼り付かせてそう告げる。
……へ?……あ、まさか?!
「……いつもは二人が相手だからと手心を加えていたが、今日は遠慮しないからな?」
ヴェロニカさんも、舌舐めずりでもしそうな視線でボクを舐め回した。
「……あ、あの……、はい。」
そのままボクは三人部屋へ連れ込まれるのだった。
……そうは言っても、二人とも初心者みたいなものなので、程々のところでダウンしてしまい、開放された事を追記しておく。
**********
「……。」
「ねぇ、リック?」
「は、はいっ!何すかスノウノさん。」
「今日、さり気なく私達とアリアの間に立ってくれてたの、わざとニャ?」
「え?
いや、わざとっつうか、オレはアリアさんにそこまで緊張してなかったっすから、オレが話した方が良いかなって思っただけっす。」
「ふぅん……。」
「ちなみに、リックは今日は疲れたニャ?」
「へ?いや、そりゃあオレもそこそこ緊張はしたし、疲れたっすよ。」
「……ふぅん?
運が良かったニャ。」
「……え?」
「疲れてなかったら、私達が疲れさせようかと思ったニャ。
ま、疲れてるなら仕方ないかニャ。
……あ、ティアナ!今日はクタクタなので、もう寝ようニャ。」
「…………えっ?」
「……………………えっ?」