05_アリア
「……。」
「……。」
ボクとアリアさんは、互いに目も反らせずに固まってしまっていた。
「……えっと、何かあったのかい?」
それを見かねた奥様が声を掛けてくれた事で、ようやくボクの方は硬直が解けた。
「ああ、すみません、驚いただけです。
まさか、ここで会うとは思わなかったので……。
えっと、ヴェロニカさん、海水の鍋の方を見てくれます?」
「えっ?!……わ、分かった。」
ボクが指示すると、ヴェロニカさんも硬直を解いて動いてくれた。
今、この場でアリアさんを一番怖がってるのは、間違いなくヴェロニカさんだ。
だからひとまず、アリアさんを刺激しないためにも、ヴェロニカさんには離れてもらった。
「で、アリアさんはこっちに座って下さい。」
「ええっ?!い、良いの?」
「まぁ、ここで会ったのも何かの縁でしょう。
前回の様に一緒に食べてって下さい。」
「う、うん。ありがとう。」
そう言って、アリアさんはヴェロニカさんが座っていた所に腰を落とした。
(さっきの様子を見るに、ここへもよく来るのでしょう?
ここで騒ぎを起こすのは、そちらも好まない筈です。)
(う、うん。そりゃあそうだけど……。)
(じゃあ、このままただの知り合いとして、和やかに食べてって下さいよ。
ボクらだって、面倒事は御免です。)
(……分かった。ありがとう。)
(でも、後でちゃんと話を聞かせて下さいね?)
(う〜ん……、分かったよ。)
そんなふうに、小声でアリアさんを牽制しつつ、表向きは和やかにボクらは浜での食事を楽しんだ。
「うっは〜っ!美味しい!!
こんなの食べたこと無かったよ。
あっはは、何この不気味なの……、て、旨っまぁ?!」
一番楽しんでいたのはアリアさんだったかも知れない。
**********
浜での食事を終え、片付けをして奥様達に挨拶をしたボクらは、アリアさんと人気の無い所にやって来た。
「──ここなら、誰にも聞かれないでしょう。
じっくりお話できますね?」
「う、うん。」
アリアさんは、やや緊張した様子だ。
「では、単刀直入にお聞きします。
アリアさん、貴女は何者ですか?
……というか、何となく想像は付いてるんですが。」
「へぇ……。
じゃあ、その想像を聞いてみても良いかな?」
アリアさんに問い返されてしまった。
そうだなぁ、アリアさんに答える前に、もう一度考えをまとめてみようか。
**********
アリアさんは、以前、ツサクの町へ日帰り出来る場所に住んでいると言っていた。
そして、先程の奥様達との会話で、一ヶ月を置かずにこの港町に通っている旨の話もしていた。
ツサクの町からここまでは、今のボクらでも一ヶ月で往復するのは無理だ。
となると、ボクの認識する前提の中に、事実と異なる何かがある事になる。
可能性の一つは、「ツサク付近にアリアさんが住んでいる」と言うのが嘘、という仮説。
実はアリアさんはこの港町に近い所に住んでいて、ツサクには久しぶりに行った所で、ボクらに会ったという事になる。
そう考えると無理はないし、その場合、距離的にアリアさんは帝国に住んでいると考えるのが妥当だろう。
でも、ツサクの町でお店のヒトと話してた感じからすると、本当にちょくちょく通ってそうだったんだよなぁ。
そうなると、「どちらで言っている事も本当」という事になるんだけど、そのためには「ボクら以上の超機動力」をアリアさんが持ってるという前提がなければ成り立たない。
ここでもう一つ思い出すのが、ヴェロニカさんが以前にアリアさんについて語った「パジャさんのような魔族とも違う、異質な魔力を感じた」という証言。
これを信じるなら、アリアさんは魔族の中でも異質で、なおかつ、超越した機動力を持っている、という事になる。
……そんな存在、ボクは一人しか知らない。
**********
「……違っていたらすみません。
アリアさん、貴女は「翼の魔王」様じゃないですか?」
「「──っ?!?!」」
仲間の驚く気配を感じる。
ただ、ヴェロニカさんだけは、その可能性に思い至っていたのか、他の皆よりは驚き方が小さい。
「……。」
「……。」
アリアさんは無言のまま、ボクを見てくる。
なので、ボクも無言で彼女の返事を待った。
「……はぁ、誤魔化せないか。
そうよ、私は「翼の魔王」と呼ばれている。
魔族と有翼人とのハーフなのよ。」
アリアさんは、ボクの推測を肯定する。
そして、おもむろにリュックを肩から下ろした。
バサッ!
リュックの中身はほぼ空で、そこには折り畳んだ翼が収納されていた。
髪と同じ、白に近い銀色の羽を広げた姿は、魔王と言うより天使の様だ。
「ふうっ。
……どう?これで納得してもらえた?」
「はい。
どおりでツサクにもここにもちょくちょく通える訳ですね。
飛んで移動すれば、「魔獣の森」からここまでアッという間、という事ですか。」
「でも、一応脅威もあるのよ?
鳥系の魔物で厄介なのも居るし、低空を飛んでると森からジャンプして飛び掛かって来るヤツも居るしね。」
「へぇ……、飛べて魔力が高くても、危険はあるんですね。」
どうやら、「魔王」と呼ばれていても、無敵ではないらしい。
「……で?」
「はい?」
「いや、だから、私が「翼の魔王」だって分かったのよ?
普通のヒトならこの後、私と戦おうとするなり、兵士に伝えようとするなり、あるんじゃない?」
「へ?アリアさんを、ですか?
……別に、そんな事する気は無いですよ?
てか、そんな事をするつもりなら、危険を遠ざけるために、仲間と離れてからアリアさんと話してますよ。
ボクはただ、二度ある事は三度ある、とも言いますし、次に会った時に対応を間違えないために、確認しておきたかっただけです。」
ボクは思っていた通りの事を、素直に答える。
「……へ?
えっと……、じゃあ、私がこのまま帰ったとしても何もしない、と?」
「え、帰るんですか?
……もちろんボクらは何もしません。
でも、浜で奥さん方と仲良さそうにしていたという事は、魚を買うか食べるかするために通ってるのでしょう?
折角来たなら、何処かのお店に寄ってからで良いのでは?」
「魔獣の森」からここまで、だいぶ距離がある。
流石の魔王様でも、多少の時間は掛かっているだろう。
折角来たのに、トンボ帰りでは可哀想だ。
「……いや、そうなんだけど。
その間にキミ達から兵士に通報されたら面倒だし……。」
「しないですよ、そんな恨みを買いそうな事。
食べ物の恨みは恐ろしいですからね。
あっ、それならボクらも一緒に行動しますよ。
そうすれば、ボクらが怪しい動きをしたら、すぐに分かるでしょう?
ついでにこの町の美味しい料理屋さんを教えて下さい。
どうせ、お気に入りの良い店を知ってるのでしょう?」
「「……っ?!」」
今度は、仲間の皆が等しく息を呑む気配がした。
……あれ、そんなにおかしい事を言ったかな、ボク?
「…………。」
「…………?」
アリアさんとボクは、またしばし見つめ合った。
「……ふふっ、あははっ!
いや〜、やっぱり面白いよキミ。
……ようし、分かった!
そこまで言うなら、お姉さんに付いて来な!
お気に入りのお店に案内するよ。
前回とさっきの事もあるし、今日は私が奢ってあげる。」
「わあっ!ではお言葉に甘えて、ゴチになります。」
((おいぃぃぃぃぃぃーーっ!!))
……な、なんか、仲間から総ツッコミの波動を感じる。
でもしょうがなくない?
相手は魔王様なのだ、下手に機嫌を損ねたら命に関わる。
少しでも疑念を持たれる様な行動は慎むべきだ。
「……本音は?」
「アリアさんのお勧めのお店なんて、興味あるじゃないですか?
ツサクの町でも大当たりだったでしょう?」
「……どう聞いても、命の危険より食欲を優先してるように聞こえるぞ、それは?!」
ヴェロニカさんから、アリアさんに隠れてツッコミが入る。
でも、ツサクの町でも今も、アリアさんはこちらを脅かす意図の言動なんて一度もしてないんだよね。
もっと肩の力を抜いて接しても平気だと思うんだけどなぁ。
「……言ってる事は理解出来るが、誰もがそう簡単に割り切れるものじゃないんだよ。」
そっか……。
ちょっと悪い事をしたかもなぁ、アリアさんに対しても、皆に対しても。
正体なんて気にせずに、もうちょっと仲良くなってから、徐々に身の上を聞いていけば良かったかな。
まぁ、今更言っても仕方ないし、こうなったらボクが皆の分までアリアさんにフレンドリーに接して、敵じゃないと思ってもらえるようにしよう。