42_リジュネア奪還
「……えっ?!
本当になんでそこに居たの、クロ君?」
突然のクローの登場に、味方であるアンゼリカとカレンも面食らってしまった。
「いやぁ、こういう建物って裏口がある事があるんですよね。
緊急の脱出用とか、表に出せない品を出し入れする為とか。
ボクが遅れて来た時に屋敷を探ってみたら、仲間は皆無事そうでした。
なので余裕が出ちゃったので、追加で屋敷内を探ってみたんです。
すると、外堀に続く用水路と繋がる出入口があったんですよ。
そこから入ると、そこにはリジュネア様が居た、って感じです。
……内側から塞がれてたので、こじ開けるのにちょっと苦労しましたけど。」
流石に普段から屋敷の最奥とも言える部屋にリジュネアを押し込めていた訳ではなかったと推測された。
クローが見た感じ、奥の部屋はほぼ物置の様になっていたからだ。
だがそんな事より、アンゼリカとカレンにはもっと重要な点があった。
「リジュネア様?!
ご無事だったのですね?」
「ええ、お元気そうですよ。
……とはいえ、その前にそちらの蜘蛛獣人さんをどうにかしなくちゃですが。」
カレンの問いに、クローは笑顔で答えた。
が、その目つきは一瞬で剣呑なものに変わっている。
「くっ……、やる気?!」
「いいえ、これ以上何もせずに退いてくれるのなら、こちらも追撃はしません。」
「え……?」
ところが、ポーラが警戒しながら放った問いに、クローは肩透かしのような答えを示した。
「ちょっ、何で?!
大罪人やで?」
「そうですよ!
ここで逃したら、また何をしでかすか!」
これには仲間であるアンゼリカやカレンからも反対意見が飛び出した。
「……とは言っても、現実的にこのヒトを大人しく収監させるなんて、至難の業ですよ?
むしろ、他の極悪人を連れて脱獄とかしそうじゃないですか?」
「……いや、それは……、う〜ん。」
「……。」
クローに改めて言われると、確かにそんな気がしてくるアンゼリカとカレンであった。
「それにそのヒト、ボクらと戦うにあたって随分手加減してくれてる気がするんです。
違いますか?」
クローは畳み掛けるようにポーラに問い掛けた。
「「えっ……?!」」
「……。」
二人が困惑する中、ポーラは様子を伺っている。
「宿での遣り取りでも、本気でやられたら今頃ボクの命は無くなってますよ。
アンゼリカさんも、カレンさんも思う所はあるんじゃないですか?」
「「……。」」
言われて見ると、クローに言われた事に微妙に心当たりがあった二人は、黙り込んでしまった。
「と、言うわけなので、こちらの仲間にこれ以上危害を加えないなら、このまま逃げて貰って良いですよ。」
「まぁ、状況的にそうするしかなさそうだけれど……、良いの?
私はまた帝国に仇成すかも知れないのよ?」
逃げろと言うクローに、今度はポーラが問い掛ける。
彼女もまだ何かあるのかと疑っているのだ。
「はぁ……、正直に言うと、ボクも仲間も帝国の生まれじゃないんですよ。
だから、ボクらに関係ない所で、帝国に被害があっても別に……。
アンゼリカさんも、カレンさんも、リジュネア様も、言ってしまえばシエルエスタのヒトですから、帝国の者では無い訳ですし。」
「そんな、身も蓋もない……。」
クローのあからさまな言い様に、カレンからツッコミが入る。
「ふふっ、分かった。
傷も負ってしまったしありがたいわ、今回は甘んじて失敗を受け入れましょう。
……こちらも正直に言うと、貴方のお仲間、なかなか私好みの娘が多かったから、手に掛けるのも忍びなかったのよね。」
「……誰も渡しませんよ?」
「はいはい、大人しく去りますよ。
その代わり、後始末はお願いするわね?」
「不本意ですが承りました。
……早くその傷、治療してもらって下さい。
女性の痛々しい様はボクの趣向には合いません。」
「そうするわ。
じゃあね。
まぁ、なんだかんだでそこそこ楽しめたわ。」
最後にそう言い残し、ポーラはアンゼリカ達が降りてきた階段から、階上へ去って行った。
**********
「カルナ、オスカ、撤退するわよ。」
「ポーラ様?!」
「──っ?!その怪我!」
ポーラが階上に着くと、ヴェロニカ達の戦いは終結していた。
突然のポーラの登場とその腕の怪我を見て、カルナとオスカは動揺する。
「大したことないわ、糸で止血しているし。
でも、後で治療してちょうだい。」
「はいっ!もちろん!」
真っ先に駆け寄ったカルナに対してポーラは優しく語り掛け、カルナもそれに笑顔で応じた。
「……。」
「行ったらどうだ?」
二人の様子を遠巻きに眺めていたオスカに、ヴェロニカが話し掛ける。
「えっ?!いや、しかし……。」
自分は敗者で生殺与奪は勝者にある。
そういった武人めいた本分のあるオスカは、勝手に動く事が許されるとは思ってもいなかった。
「こちらは姫君の奪還が目的だ。
お前一人を特別にどうこうしたい訳じゃない。
……ま、これ以上妻子に悪影響になる事は控えた方が良いとは思うがね。」
「……。」
そこまで言われて、オスカは遠慮がちに立ち上がり、ポーラの元に歩み寄った。
そしてオスカとカルナは、ヴェロニカ、セレナに深く頭を下げると、黙ってポーラに従って歩き去って行くのだった。
**********
「アクア、なにヘタリ込んでいるのよ!
逃げるわよ!」
「ポーラ様?!
あ……。」
チラッ
リックに負け座り込んでいたアクアは、ポーラの一喝を受けて反射的に立ち上がろうとした。
が、そこでリックの目がある事を思い出し、縋るようにリックを見上げるのだった。
「ん?
呼んでるっすよ。
行ったらどうっすか?」
「え……、良いんスか?」
ところが当のリックは、さも当然の様にポーラの元に行くことを勧めてくるので、アクアは困惑してしまう。
「まぁ、境遇が似てるんで……、親近感ってやつっすかね?
アクアのことを捕まえろって指示は受けてないし、お仲間が揃って逃げるって事は、こっちの仲間が目的を果たしたって事っすからね。
その代わり、今回の事は貸しイチっすよ?
あと、次会う事があったら、今度は負けねぇっす!」
「…………はっ、ははっ!
分かったっスよ、貸しとくっス!
でも、今度もタイマンじゃあ負けるつもりはないっスけどね!」
そう言い捨てると、アクアは走ってポーラ達の元に向かって行くのだった。
そして、そんな青年同士の清々しい遣り取りを、ティアナ達は微笑ましく見守っていた。
**********
ところで、ポーラが屋敷を去るまでの間、クローはポーラの後を追って回っていた。
それはポーラが宣言通りに、クローの仲間に手を出さずに屋敷を去って行くのを見届ける意味もあった。
ポーラを見送ったクローは、仲間を連れてリジュネアの居る地下の最奥まで引き返した。
この時、外に放置されたゴロツキ達には、クローが『眠り』を追加で掛けている。
騒ぎに気付いた警備兵が彼等を見付ければ、この屋敷で異常事態が起きている事が分かるだろう。
一方、地下に残ったカレンは、未だ糸に捕われたままのアンゼリカを助け出していた。
それが終わる頃、丁度クロー達も地下に降りてきたため、九人でリジュネアの部屋へ向ったのであった。
アンゼリカとカレンにとっては、遂に探し続けたリジュネアとの感動の再会となる、筈であったが──
「リジュうっ?!」
「リジュネア様?!……なんとおいたわしい姿に!」
感動の再開となる場面の筈なのに、アンゼリカのカレンはリジュネアの様子にショックを受けた様子である。
「はぁ?
いやいや、な〜んも変わってないでしょ?!
良く見てよ!」
しかし、クローが先に会った際も今も、傍から見ればリジュネアの様子におかしい所は感じられない。
本人も遺憾に思ったのか反論している。
「いいや、変わった。
リジュ、素直に言いな。
……どんだけ太った?」
「ゔっ……!!」
……逆であった。
一般的に考えて捕われている人物は、普段と違う環境に置かれる事で疲弊し、体重が落ちるイメージがある。
しかし、リジュネアをよく知る二人から見ると、今のリジュネアは捕われる前と比較して、その肉付きを増している様に見えたのであった。
「お前さては、あたし等が苦労してる間、悠々自適に食っちゃ寝しとったやろ?!」
「し、仕方なくない?!
外には出れないし、そのくせ食べ物は美味しいんだから!
カルナさんが気を遣って室内で出来る運動とか教えてくれて一緒にやってたけど、限度があるし。」
親友とはこんなものであろうか。
数ヶ月ぶりの再会ながら、アンゼリカもリジュネアもブランクなど全く感じさせない様子で、忌憚なく言い合っている。
「……食べ物が、……ってリジュネア様は王族なんでしょう?」
たまらずクローが口を挟んだ。
「……ウチの王家は質素倹約がモットーだから、食べ物も庶民と同じにしてるのよ。
そんなものだから、偶に帝国のパーティに呼ばれると美味しい物が食べれて嬉しくてね……。
それで、客寄せにされている事が分かっていても、美味しい食事にありつけるパーティには積極的に参加するようになったの。」
「な、なんだか王女というのも大変そうだな……。」
リジュネアの話を聞いて、ヴェロニカからは思わず本音が漏れた。
「でもこのままでは、戻ってすぐにオリハと交代する訳にはいかないですよ。」
「ああ……、影武者が決まってから、凄く気負ってたからな。
あっちは今頃、逆にやつれているかも知らんな。」
「ゔゔ……、そう聞くと申し訳ない……、かも?」
この場に居ない者にまで迷惑が掛かったとなると、流石に申し訳なく感じるリジュネアであった。
「まあまあ。
それで、捕われてわれている間、不自由や理不尽な目には遭わなかったのですか?」
気落ちするリジュネアの気を紛らわせようと、クローは別の話題を振ってみた。
「あ、うん。
自由に動ける事は無かったけど、ポーラさんもカルナさんも優しかったよ。
オスカさんも紳士的だったし、ああいうヒトを執事に雇ったら便利そうだと思った。」
「……子供の扱いには慣れてそうだったしな。」
子煩悩そうであった褐色のエルフを思い出し、ヴェロニカは呟く。
「あっ!
それでね、ポーラさんに退屈だろうからって差入れてもらった本が面白くてさぁ。
帰ったらこの作者の本を集めたくなっちゃった。」
(……あれ?なんか嫌な予感がする。)
リジュネアの言葉を聞いて、不意にクローの背筋に悪寒が走った。
「へぇ……。
それで、その作者のペンネームはなんて?」
「ええとねぇ……、あ、これこれ。
うんと……、ホワイトスノーだって。」
「「ブッ!!!!」」
それはここから遠く離れたカダー王国王都で聞いた、忌々しい作者名である。
こんな所で再び耳にするとは思わず、クローとリックは吹き出してしまった。
「……え?ど、とうかした?」
「いえ、何でもないです……。
ちなみに姫様が読んでいた本のタイトルは?」
様子のおかしい二人を気遣ってくれるリジュネアに心配を掛けまいと、クローは会話を続ける。
しかし、ショックを受けていたとは言え、迂闊な質問であった。
「これだよ、「クロとリューク」!」
「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」」
二度と聞きたくもなかったタイトルを耳にした二人は、声に出して悶絶するのだった。
(くそっ!仏心なんて出すんじゃなかった!
あの蜘蛛女、王女殿下に何て物を見せてんだ!)
そしてクローは、自らがポーラを逃がそうと言った事を今更ながら後悔するのであった。
本作品はフィクションです。
実在の人物・団体・事件等には一切関係ありません。
また、既存の架空のキャラクターとも一切関係ありません。()




