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40_オスカ(後編)

「……少し熱くなり過ぎましたかね。

兎も角、私も下手な失敗はしたくない。

ここであまり長い時間を掛けたくもありません。

貴女の技量は把握しました。

悪いですが、これ以上付き合う気はありませんよ。

怪我をしたくなければ、剣を置き降参なさい。」


先程まで熱を込めて語っていたオスカであったが、一呼吸おいてやや冷静になったらしい。


「まぁ、そうだな。

どの道、決着はつけるべきかもな。」

「……降参はしないつもりですか?

彼我の戦力差が分からぬ訳では無いでしょうに。」

「確かに、剣の腕は決定的だし、魔術の腕もそちらが上の様だ。

だが、こちらにも奥の手はある。」


そう言うと、ヴェロニカは剣を構え直した。


「一応、忠告はしますが、下手に動けば手加減出来ませんよ?」

「ご忠告どうも。

だが、既に準備は出来ている。」


フワッ……


言い終わるやヴェロニカと重なっていた影が剥がれるかの様に、青白い発光体が現れた。

ヴェロニカと完全に分離すると、その姿は鎧を身に纏った翼の生えた女性騎士の様な姿に見える。

「紅の魔王」の「知識の宝珠」に触れる事でレベルアップした魔術兵「ヴァルキリー」であった。


「──っ?!

魔術兵、ですか?!

驚いた、これ程精巧なものは私も見るのは初めてです。」

「実力が劣る分、多少卑怯な技も使わせてもらうぞ。」


フワッ!


ヴァルキリーは躊躇いもなく、手にしたランスを構えたままオスカに突進する。


「おっと!」


オスカはヴァルキリーの突進を冷静に躱した。


フワッ


「なっ?!

自律……、いや、遠隔操作ですか!」

躱されたと分かるや、直ぐさま軌道を変えるヴァルキリーにオスカは驚く。


オスカの考える通り、両者の動きを俯瞰して見ているヴェロニカが指示をしているからこその動きであった。


「くっ!」


キィンッ!


「なっ?!物理攻撃も出来るのですかっ?!」


オスカが躱しながら無意識に振るった剣が、ヴァルキリーのランスに当たった。

すると、剣とランスが衝突する音と手応えがあり、オスカは驚いた。

オスカの知る魔術兵とは、体当たりで何らかの負荷を与えるか、魔術兵そのものが簡単な魔術を放つ事しか出来ない筈であったからだ。


しかし、ヴァルキリーのランス部分には、物理的な手応えがある。

となればオスカはヴァルキリーの、慣性を無視した動きを見せる突進を避け続ける必要があるという事になる。


「たぁっ!」


スカッ……


「やはり、ランス部分以外は物理的に手応えは無いですか。」

試しにヴァルキリーの身体に剣を穿ったオスカであったが、何の手応えも無く剣は素通りしてしまった。


「物理攻撃は効かない、それなのにあちらからは一方的に物理攻撃が可能と。

確かに卑怯ですね、これは。

──とっ!!」


ヴァルキリーに集中していたオスカは、別方向からの気配を感じて、感じたままに身をよじる。

これはもう理屈でなく、長年の勘と言う他ない。

そしてその勘は当たっており、オスカが躱した空間をナイフが素通りしていった。


「遠隔操作中はこちらが何も出来ないとは思わぬ事だな。」


ヴェロニカのセリフが響く。

このセリフは半ばブラフである。

ヴェロニカの手持ちのナイフはあと一本、おまけに動く相手の急所を狙えるほどの腕前は無い。

しかし、こう言っておけば、オスカとしてはヴァルキリーだけでなく、ヴェロニカの方にも気を配らなくてはならなくなる。

例えオスカがヴェロニカの投げナイフの腕が大したことはないと看破していたとしてもだ。


「……なるほど、これは厄介だ。

ならばっ!」


オスカはヴァルキリーの攻撃の隙を縫って自分に防護魔術を使い、ヴェロニカに向かった。

ヴェロニカの事を気にしつつヴァルキリーの攻撃を延々と避け続けたり、ヴァルキリーを無力化するよりも、多少の被弾覚悟でヴェロニカを仕留める方が話は早いし確実だとの判断である。


当然、オスカがその案を選ぶ事も、ヴェロニカは想定していた。

ヴェロニカにとっては一番対応が難しい案であったが、相手が一番嫌がる選択をするのは戦いの基本である。

その点は、オスカが戦士として優れている証左とも言えた。


迫りくるオスカ、ヴァルキリーを移動させるのは間に合わない。

本気で斬り結べば十中八九ヴェロニカが負ける。

中途半端な魔術ではオスカは止まらないだろうし、かと言って強い魔術を使えば距離的にヴェロニカも被害を受ける。


ヴェロニカの状況は絶望的とまで言えた。

そんな両者の間に割り込む存在があった。


ふわぁっ……


青白く発光する不定形のアメーバの様な浮遊体、ヴェロニカにとっては見慣れたもう一つの魔術兵「クラゲ」である。


「なにっ?!」


それを見たオスカは勢いを止めてしまった。

オスカからすれば見慣れない形態の魔術兵らしきものが、もう一つ目の前に現れたのだ、警戒するのも当然である。


ただ、この躊躇も一瞬であった。

このタイミング、おまけに目の前の「クラゲ」は攻撃の気配も危険も感じられない。

つまりはブラフ、ハッタリ、陽動のためのものであると看破したのだった。


気を取り直してヴェロニカに向かおうとするオスカに、再び危険信号が灯る。


ヒュッ!

「──っ?!」


「クラゲ」の裏からヴェロニカが最後のナイフを投げたのだ。

それでも「クラゲ」を貫通して来たナイフを避けたオスカの戦闘勘は見事と言うよりない。


だが、そうやって「クラゲ」とナイフによって作られた一瞬の時間は、ヴァルキリーが追い縋って来るのには十分な時間であった。


「くおぉっ!!」


なおも迎撃しようとしたオスカであったが、今度はヴァルキリーは物理化は一切せずにオスカを包み込んできた。

オスカは既に掛けてあった防護魔術と、己が魔力を高める事でヴァルキリーの『魔力喰い』に抵抗する。

そして気力を振り絞ってヴァルキリーから飛び離れる事に成功した。


「『雷撃触スタン』!」

「っ?!しまっ──」


バチンッ!!


「──っ!!」


幾重もの波状攻撃に耐えたオスカであったが、ヴァルキリーから飛び退く先を読んでいたヴェロニカの魔術によって、遂に意識を失ったのであった。


**********


「──あ、気付きましたか、オスカさん?」


気が付いたオスカが見上げた先にはカルナが居た。

彼女がオスカの手当てをしていた様だ。

と言っても、オスカには目立った外傷などほぼ無かったのだが。

ただ、武器の類いは取り上げられていた。


「……負けましたか、私は。」

「そうだな。

こちらは初見であろう手の内を出しまくったのだ、勝てなくては困る。

それなのに、なお勝てるかどうかは紙一重の差だった。

つくづく化け物だよ、お前は。」


オスカの呟きに答えたのはカルナではなく、ヴェロニカであった。

彼女もセレナに診てもらっている。

という事は、オスカが気を失っていたのは、ほんの短い時間であった様だ。


「お褒めに預かり光栄ですが、あんな魔術兵を出されて勝てと言うのが無茶な話ですよ。」

敗れたオスカは苦笑気味にヴェロニカに答えてみせた。


「……なぁ、さっきの話だが。」

そんなオスカに、ヴェロニカが続けて語り掛けてきた。


「はい?何でしたか……。」

「息子を自分と同じ目に合わせたくないと言っていたろう?

それなんだが、カダーに行くというのはどうだろう、と思うのだが、どうだ?」

「……カダー、ですか?

しかし、あの国は──」

「ああ、この帝国より差別や偏見の多い国だ。

それはお前がさっき言った通りだろう。

だが、言い換えれば、差別される者も多いと言える。

つまり、お前の息子にとっての仲間も多い国と言えると思うのだが。」


「──っ?!なか、ま……?」


エルフは人族に比べれば非常に数が少ない。

その中でも褐色肌の者はさらに珍しい存在だ。

そのため、オスカには同じ境遇の仲間というものが居た事がなかった。

だからヴェロニカの言葉に、目から鱗が落ちる様な感覚を味わっていた。


「ワタシもカダーには行った事がある。

確かに被差別対象の者は多い気がした。

例えば、ヒトであっても褐色肌の者は蔑まれた目で見られる事があるようだった。

人族もそれ以外の種も関係なく、な。」


「……っ!!」


「それなら、お前と同じ気持ちの分かる人族も多いと思うんだ。

それは仲間とは言えないだろうか?」

「人族が、仲間、ですか……?」


そこまで言ってオスカは言葉に詰まる。

ヴェロニカの言っている事も理解は出来る。

が、これまでの人生でオスカが培ってきた経験則が、人族を簡単に仲間と思う事を拒んでいた。


「まぁ、いきなり考え方を変えろと言われても難しいだろう。

それとコラペとかなら、そもそも差別というのも少ないな。

それにカダーでも褐色肌を気にしない貴族は居るんだぞ。

ローエンタール子爵やクトーガー伯爵とかもそうだろうな。

ローエンタール子爵に関しては、ワタシらも直接会ったこともあるし間違いないぞ。」

「……。」


ヴェロニカの言葉に軽々に頷く事も、否定も出来ずにオスカは黙した。


「……すまない。

余計な口を挟んでいる自覚はある。

無視して貰っても構わない。」

「いえ……、そうですね。

自分にはこれまで無かった発想なのは確かです。

……考えてみますよ。」


オスカに語った内容は、ヴェロニカにとって何の利にもならない事である。

それが分かるから、白エルフが自分を思って語ってくれたからこそ、オスカには響く所があった。

彼はそう答え、胸の中でゆっくりと反芻するのだった。

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