03_お嬢様御一行
カラーーンッ!
「……ここが冒険者ギルドですか。」
「ティア様、わざわざこんな所まで足を運ばなくとも……。」
「良いじゃない。
私も一度、来てみたかったのよ。」
(お嬢様キターーッ?!)
(うっわ、面倒そうな手合いが来たな、こりゃ。)
ここは、とある港町。
町という規模だけあって冒険者ギルドも存在する。
その日、冒険者ギルドでたむろしていた面々が、扉のベル音に釣られて入口に視線を向けると、そこにはいかにもな金髪碧眼の美人貴族令嬢が立っていた。
美女というだけで若い冒険者は喜んだが、ベテラン勢は貴族が関わると面倒なことになるという経験をしているだけに、内心ため息をつくのだった。
ティア様と呼ばれた方も呼んだ方も、ともに剣士の出で立ちをしている。
ついでにもう一人居る、取り巻きらしき獣人の女性剣士は、無言で室内を見渡し警戒していた。
その後ろには、荷物持ちの男性と、おっとりとした感じの女性。
女性の方は杖を持っているので、回復役の魔術師か司祭であろう。
そして最後に入って来た、フードを被った人物と少年の二人が、そのままギルドのカウンターにやって来た。
「こんにちは。
こちらは素材の買い取りはやっていますか?」
「あ、はい。
モノは何でしょうか?」
「ここではちょっと広さが足りないと言うか……。
解体室とかはありますか?」
「はぁ……、こちらです。」
そう言うと、受付嬢と二人は奥の解体室へ向かう。
(持ち込み?なんだ?
そんなに大物を持ってくるつもりか?)
近くに居て話を聞いていた地元の冒険者は、三人の向かった先に何とはなしに意識を向けていた。
「──%&#?!」
(な、なんだ?!)
(あの受付さんが騒ぐなんて、何があった?!)
(……でも、暴れたり、ドタバタする様な気配は無いから、乱暴されてるとかではない……よなぁ?)
冒険者達はヒソヒソ話しながら様子を伺う。
バタンッ!!
そうするうち、受付さん一人がバタバタと戻って来た。
「ギルマス!ギルマス来て下さい〜!」
(な、なんだ?!)
(あの二人が不埒な事をした、のではなさそうだが、はて?)
(というか、解体室にはオヤッサンも居るはずだよな?
それでも手に負えない事があったのか?)
受付嬢の様子からは事態が飲み込めない面々は、ただただ首を捻るのだった。
**********
「……まぁ結論として、買い取りは問題無い。
ただ、冒険者登録はして貰うぞ?」
「はい、それは構いません。
この先も、交渉等は執事見習いのボクがやる事になりますので、ボクが代表して登録します。
あと念の為、こちらの者も追加で。」
結局、受付嬢やギルドマスターがバタバタしていたのは、買い取りの事であったらしい。
話がまとまったらしい少年とギルマスは、受付まで戻って冒険者登録の話をしていた。
ちなみに、帝国内の冒険者ギルドも、ランクや仕組み自体はカダー王国やコラペ王国、リプロノ王国とほぼ変わらない。
(ああ、執事見習いなのか、あの子。
どおりで口調がしっかりしてる訳だ。)
(あっちの貴族令嬢様の連れなら、そんな子が居ても納得だな。)
なんとなく状況に合点がいったのか、聞き耳を立てていた冒険者は納得という表情だ。
そんな冒険者達に関係なく、クローとギルマスは話を続ける。
「登録料は買取額からさっぴいて、今出せる額はこれくらいだな。
残りはモノが売れてからの支払いになるが、良いか?
多分、三・四日くらいで捌けると思うがな。」
「はい、もちろんそれで構いません。
こちらは急ぐ旅でもないので、数日この町に滞在しますので。」
「そうか。
その間にクラスプレートも出来るだろう。
……そう言や、これは純粋に興味本位で聞くのだが、君らの旅の目的とかはあるのか?」
「はい。
探しものがあるのです。
なので、この先はヒトの多そうな帝都に向かうつもりです。
ちなみに、お聞きしたいのですが、帝都に行く途中で他に大きな町とかはありますかね?」
「んん〜、そうだな……、「魔術都市ヴァルツ」なんかはデカい町だな。」
「魔術都市?!」
少年の後ろに立っていたフードの人物が、ギルマスのその言葉に思わず反応した。
「おっ?気になるかい?
まぁ、あんたもそうだから気になるよな。
「魔術都市」はここシエルエスタ王国領から北東に向かった所にある。
王都はそこから北に向かえば着く、丁度、中間地点辺りにある感じだな。
魔術師の育成と、魔術の研究が中心となっていて、帝都から資金もたんまり流れてるらしい。
中でも、町の中心、役場の隣に建てられた魔術図書館は、役所より大きくて見応えがあるぜ。
中に入れるのは魔術師だけらしくて、俺は入れなかったがな。」
「魔術図書館……。」
フードの人物は、表情は分からないが、その言葉から想像を膨らませただけで興奮が止まらないようだ。
「……分かりました、参考にしてみます。
あとついでに、「魔王教」というのを聞いた事はありますか?」
「ん?「魔王教」?
……いやすまん、聞いたこと無いなぁ。
ここいらではシエルエスタ教かノワール教しか聞いたことが無いな。」
**********
ギルドマスターの語る「ノワール教」はジサンジ帝国の主教である。
当然、本部は帝都にあり、帝国内の大きな町には、必ずその教会が存在する。
ノワール教は、軍神ズハクを主神とした多神教だ。
これは、帝国が拡大するにあたり各地で信仰される神々を全て肯定してきた結果である。
ここシエルエスタ王国は、比較的最近、帝国の傘下に入った国で、正確には帝国の属国である。
ただ、属国となる前から帝国とは友好な関係にあったため、属国と言えど帝国からの扱いは決して悪くなかった。
これは宗教面でも言えて、元々シエルエスタ王家が奉ってきた神も、ノワール教の一柱として認められている。
シエルエスタ教は、そんなノワール教の一柱となった神を信仰するこの国の元々の宗教である。
余談だが、シエルエスタ王家には、初代王が神から賜ったとされる宝剣が代々受け継がれていると言われている。
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「そうですか……。
分かりました、ありがとうございます。
この先については、お嬢様達に相談してみます。」
「おう!
……なんだ、大変そうだが、頑張れよ!」
このギルドマスターの言葉は、面倒そうなお嬢様のお世話を、頑張れとの意図であったが、少年としては思う所もあり、響いたようであった。
「はいっ!」
そう元気に言って主の元に戻ってゆく少年とフードの人物を、ギルマスは微笑ましく見送るのだった。
**********
「ああっ、もう!
気恥ずかしかったですわ!」
「いやいや、流石ティアナさん。
堂に入ったお嬢様っぷりでしたよ。
……まぁ、本当にお嬢様なのだから当たり前ですけど。」
吠えるティアナをクローがなだめる。
冒険者ギルドの中にに居た面々の反応を伺うに、貴族令嬢の我儘に付き合う一行、と認識してもらえたようであった。
「私は、変装とかするより楽だし、こっちの方が楽だったニャ。」
「それは、スノウノはそうでしょうけど。」
スノウノの言葉に、ティアナが拗ねる。
「ボクも女装よりは、よっぽどマシです。
なんといっても、この方がヴェロニカさんが目立たないですからね。」
そう、この「ティアお嬢様」案を採用した一番の目的は、ティアナが目立つことで顔を隠しているヴェロニカを相対的に目立たなくさせることにあった。
狙い通り、冒険者ギルドに居たメンツの大半は、ティアお嬢様の方に注目が行き、ヴェロニカのことを訝しがる者はほぼ居なかった。
「ティアナ様は、元騎士団長なのですから、目立つのには慣れているでしょうに、何が恥ずかしいのです?」
「いえ、団長時代は多少、芝居掛かった言い回しをしてなりきっていましたから。
素のまま目立つという事はあまり無かったのよ。」
フラウノの問いに、ティアナが答える。
軍に於いて「長」の付く役職にある者は、目立つのも仕事の一環だ。
時には味方を導くため、時には敵を引き付けるため、率先して目立つ必要があるのだ。
しかし、それも仕事と割り切っていたからこそ出来ていた事で、素のままの自分がプライベートで目立つ事には免疫の無いティアナであった。
「でもやっぱり、ティアナさんは本来、子爵家令嬢様ですから、一番適任なんですよね。」
「それを言うなら、セレナさんは本来、伯爵家の令嬢ではありませんか。
家の格としてはそちらの方が高いのですよ?」
「……ほう?
それはつまり、クレソン伯爵家の令嬢としてあのまま他国へ嫁ぐのが、セレナさんの「本来」であったと言いたいのですか?」
セレナの一言に、ちょっとムキになって返したティアナであったが、それを聞いたクローは剣呑な雰囲気で聞き返した。
「ひいっ?!違いますっ!
そんな事は思ってませんわっ?!」
ティアナは声を荒げて否定するが、内心ではクローの発言が冗談である事は分かっている。
それどころか、この遣り取りを本心と思っている者など、この場には誰も居なかった。
それは、約一年前に敵同士として向かい合った筈の者達が、確かな絆を紡ぎ仲間となった証であったのだった。




