38_オスカ(前編)
キィンッ………!
剣と剣が交錯する音が屋内に響く。
屋外でのリックとアクアのような派手な打ち合いは無い。
ヴェロニカと褐色のエルフの戦いは、魔術と剣のフェイントの掛け合いが主となっており、偶に剣同士がぶつかり合うくらいであった。
そんな遣り取りではあったが、ヴェロニカはその手応えから「鬼のカイル」並の強敵であると感じていた。
正確には、魔術を使えないカイルと目の前の褐色のエルフの実力を同じ基準で測れるものではない。
ただ、自らの攻撃が全く通じない、通じそうもない様からカイルを連想したのであった。
「……強いな、一廉の者と見受けたが、名は何という。
ワタシはヴェロニカだ。」
「これはご丁寧に。
白エルフ様が名乗りを上げているのに、こちらが名乗らぬのは不敬ですね。
私はオスカと申します。」
ヴェロニカが、多少なり気を逸らす意味もあって聞いた問いに、オスカは余裕の表情で答えた。
「さっきも言っていたが、その「白エルフ」とは何だ?
ワタシもこの帝都ラカニエの様子を数日見たが、褐色肌の者が避けられている様には見えなかったが。」
「……ふっ。
それはその通り。
人族や獣人は、少なくとも表面上は差別などされません。
しかし、エルフに関してだけは事情が異なるのです。」
オスカは手を止めてヴェロニカの話に乗ってきた。
ヴェロニカからすれば、強敵をこの場に足止め出来るのであれば、それだけで仲間の利となる意味もある。
「これはこの辺りや西方諸国のエルフの価値観なのです。
褐色のエルフは異種族の血が混ざった下等種であるというね……。
この国の中枢には、昔からエルフの里が関与している。
その為、そのような認識もヒトに伝播していったのでしょう。」
「……っ?!」
「エルフの里」と聞いて、ヴェロニカの脳裏によぎるものがあった。
ヴェロニカを探しているエルフとオスカの語る「エルフの里」のイメージが重なったのだ。
だとしたら本来、ヴェロニカとオスカは打倒すべき相手を同じくする者同士であると言える筈であった。
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「警戒させてすみません。
私はセレナと申します。
安心してください、私は非戦闘要員です。
クロー君を手当てしてくれた事、私からもお礼がしたいと思っていたので。」
「あ、ご丁寧に。
私はカルナです。
……性分なんですよね。
目の前に怪我したヒトや病人が居ると、放っておけなくって。
あ、私も非戦闘要員ですよ。」
ヴェロニカとオスカが戦っている横、同じ室内でセレナとカルナは穏便に自己紹介をしていた。
「非戦闘要員なのにここに残っていたのですか?」
「下に居てはポーラ様が思い切り戦う邪魔になりますし、かと言って外でも邪魔にしかなりません。
オスカさんも居るここが一番安全だと言われました。
仲間が怪我をしたら、治療してあげたいので逃げる訳にはいきませんし……。」
セレナの問いに、カルナは少し困り顔で答える。
「ああ、それは同じ気持ちです。
私も仲間が傷付いたらすぐに駆け付けたい。
だから、邪魔になるかも知れないですが付いて来たのです。
中でも大事なヒトの事は、自分を差し置いてもいち早く治してあげたい。」
セレナは視線をヴェロニカに向けながら語った。
「……さっきも大事なヒトと言っていましたね。
あのエルフさんは貴女にとってどういうヒトなんですか?」
「彼女も私も同じ男性と付き合っています。」
「──っ?!
それって……。」
「まぁ、有り体に言えば二股ですよね。
でも私も彼女も納得した上での事なので、私達は気にしていません。」
さも気にしていない様子で答えるセレナに、カルナは困惑している。
「……随分、彼氏に寛容なのですね?」
「不思議ですか?
でも、私は彼女の事も大好きなんです。
だから今の関係が結構気に入ってるんですよ?」
「……。」
しかもセレナが本心からそう思っている事が読み取れて、カルナの困惑は深まった。
「それに、不思議というならむしろ、貴女の方ですよ。」
「えっ?!」
「怪我人、病人を放っておけないヒトが、どうしてこんな活動に加わっているのですか?
死傷者を出すのは本意でな無いでしょうに。」
カルナの困惑が伝わったセレナは、意図して話題を変えることにした。
「……この国で、薬学の有用性を広める為です。」
「え……?!
い、いやいや、そんな事は別に、地道に有用性を広めれば良いのでは?
貴女の手当ては素晴らしかったですよ?」
「ダメなんです!
……少なくとも、ノワール教の権威を落とすか、ノワール教に薬学の有用性を認めさせないと。
でも、後者は望みが限りなく薄くて……。」
どうやらセレナの言葉はカルナの琴線に触れたらしい。
先程までとは違い、やや強い口調でカルナは答えるのだった。
**********
オスカの独白は続く。
「……それでも、生まれ育った国です。
私にだって思い入れはあった。
だから長年精一杯生きて来ましたよ。」
「……。」
ヴェロニカは黙ってオスカの話を聞いていた。
「お陰様でこんな国でも苦楽を共に出来る友も出来たし、伴侶を娶る事も出来ました。
……でも、妻との間に息子が生まれて、初めて恐ろしく思ったのです。」
「……恐ろしく?」
「……この子を、私と同じ目に合わせるのか、と。
同じ苦難の道を歩ませるのか、と。
そんな事、断じて否です!」
「──っ?!」
ヴェロニカ自身は、当然まだ子供を産んだことがない。
そのためオスカの苦悩を本質的に理解する事は、まだ出来ないと思っている。
それでも、我が子を思い、我が事以上に悩むオスカに同情を禁じ得なかった。
「此処に居ようと、西方に逃げようと、褐色のエルフに関する認識は変わらない。
かと言って、褐色肌の者そのものに差別の向くカダーにも行く気にはならない。
ならば、この国でのさばっており、エルフの里とも関係のある北部の貴族共を失墜させるのが早い。
そう思ったのです。」
そしてオスカの語る動機にも、一概に否定する気にはなれないでいたのであった。
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一方、セレナの問いは続いていた。
「何故、そうも急ぐのです?
良い技術なら、必ずや広まるでしょうに。」
「いいえ。
それでは、広まるまでに救える筈のヒトを取り零してしまいます。
ノワール教が、今日もどこかで犠牲を出しているかも知れない……。
そんな甘い事は言っていられないのですよ!」
「ノワール教が、犠牲を……?」
セレナも司祭をやっていた身だ、宗教会派が犠牲を出すような事を行うとは、俄には信じがたかった。
「……私の故郷の村は、焼かれたんです、国に。」
「──?!」
そんなセレナに語られるカルナの過去は、壮絶なものであった。




