36_シヴァ
「うわぁっ?!な、なんだよ、アレ?!」
「ヤバい、逃げよう?!」
「ひぃっ!!た、助けてっ!」
「慌てないで、建物内に避難してっ!!」
クローはポーラの屋敷に向かう途中、気になってポーラの語った犬小屋のあった辺りを通ってみた。
その辺りでは、案の定、魔物が開放され混乱が生じていた。
(まずいな、どうする?
皆は先にあの屋敷に向かっている。
ボクも加勢しなくちゃいけないのに……。)
しかし、目の前で魔物の脅威に晒されている人達を見捨てるのか?
兵士達も頑張っているが、通常勤務の夜警をしていた兵士しか居ない状況らしく、人手が足りていない。
クローなら一匹ずつなら簡単に仕留められる。
しかし、無秩序に徘徊する狼の魔物を探し回り、駆除していたのでは夜が明けてしまう。
その間に仲間や恋人が致命的な痛手を負ってしまったら、自分がその場に居たら助けられたものであったなら、クローには耐えられない後悔となるだろう。
(どうしたら……、ん?)
悩むクローの『魔力感知』に妙な反応があった。
薄く弱い魔力波の様なものが広範囲に撒かれているのだ。
(……ひょっとして、あの女性が言っていた「テイマー」のものか?)
宿でポーラの語った「こちらの仲間にはテイマーも居てね」と言うセリフ、そこから魔物に指示を出しているテイマーが居るとはクローも予想していた。
しかし、どんな形でその指示がされるかまではクローにもイメージ出来ていなかったのであった。
なので、ひとまず今感知している波長を辿ってみることにした。
波長の元は、当然と言おうかあの犬小屋の屋根に居た。
クローは素の状態で同じ屋根に降り立ってみる。
時間が惜しい状況でちまちま遠目から観察なんてやっていられなかったのだった。
「……犬?いや、狼?どっちだ?」
ソレを間近で見たクローは思わず口に出して驚いてしまった。
ほぼ全身が黒い体毛で覆われ、見える範囲では唯一口元だけが白い毛で覆われている。
座る姿勢はペットの犬が「お座り」するのと同じに見えるが、その体には上半身はベスト、下半身には短パンを纏っていた。
「えっ?!な、何?誰っ?」
…………おまけに人語まで話せる様である。
クローは、目の前の大型犬が喋ったという発想が直ぐには浮かばず、周囲に他に何者か潜んでいる事を疑い、警戒した。
けれど、各種感知系魔術には反応無く、阻害の魔術が使われている様子も無いことから、やっと目の前の生き物が言葉を発した事実に行き着いたのであった。
「……驚いた。
まさかテイマーも犬だったとは。」
「犬じゃない!失礼な!
アタシは犬獣人だ!
……ただ、先祖返りで犬の特徴が外見に強く出ているだけだ!」
「……。」
目の前の黒い大型犬の主張に、流石のクローも面食らってしまった。
旅に出てから一年以上が過ぎたが、ここまで人族の外見的特徴の無い獣人は初めて目にしたクローであった。。
「……失礼しました。
貴方が、今町に出回っている魔物を操っているテイマーですか?」
「──っ?!
しまった、もう嗅ぎ付けられたか!
でも、もう遅いよ!
アタシが指示を出さなくなっても、もうあいつらは自由に帝都を歩き回ってヒトを襲うだけだ。」
「そうなりますか……。
ですが、貴方がテイマーなら、魔物達に帝都から退去するように指示する事も出来るのでは?」
「それは出来る。
けど、やらないよ。
帝都を混乱させるのがアタシ達の狙いだからね。」
「何故そんな事を?
そんな事をしても、貴方に利は無いでしょう?」
「うるさいっ!
この容姿に生まれて、周りから人扱いされず、挙げ句に親まで悲しませる事になったアタシの苦悩なんか、アンタには分からないだろ?
これは、アタシの人生の復讐なんだよ!」
「……なるほど。
でもそれは、命を張る程の事ですかね?」
「──っ?!
ふ、ふんっ!
そんな事出来るかしらね?
こちらも魔術は使えるし、何より周りから仲間を呼ぶ事だって出来るんだっ。」
(くっ、周りから魔物を呼び寄せられるのは厄介だな。
それに、本当に行動不能にまでしてしまうと、魔物を退去させる指示も出す事が出来なくなってしまうし……。)
迷うクローの耳に、ソレは唐突に聞こえてきた。
アオォォーーン……
アオォォーーン……
アオォォーーン……
ゾワッ!!
その遠吠えを聞くなり、クローの背筋に言い様の無い悪寒が走る。
「──っ?!
え……、何、この……、遠吠え?」
思考の上では、夜の虚空に澄み渡るその遠吠えは、クローがこれまで聞いたどんな声よりも美しい音階を奏でているように感じていた。
しかし、本能は全力で逃げる事を推奨している、そんな不思議な感覚をクローは味わっていた。
「あ……ぁ……。」
「ん?」
ふと気付くと、黒い犬獣人は視線を宙に向けた姿勢で体をガタガタ震わせ、明らかに何かに怯えている。
(この反応……、やっぱりさっきの遠吠えの影響だよね?
でも、こんなになる位だなんて、いったい──)
「やっほ、坊ん。
こんなとこで会うなんて奇遇ねぇ。」
ビクゥッ!!!
声を聞いた途端、犬獣人は全身を硬直させた。
「──っ?!トーコさん?!
どうしてここへ?」
「いや、だって……、カレン達に起こされて、その後寝直そうとしたのに、こっちの方からキンキン聞こえて五月蝿いんだもの。
思わず来てしまったわよ。」
「キンキン」とトーコが表現するのは、ヒトには聴こえない音域の声に魔力の乗った、犬獣人が放つ指示波であった。
「……っ?!
ご、ごめんなさいっ!」
「ん。
アンタが町をウロウロしている子達を操ってるのね?」
「は、はいっ!」
トーコの姿を目にしてから、犬獣人は明らかに怯え従順になっている。
「……ったく、なんて可哀想な事するのよ。」
「へ……。」
──が、流石の犬獣人の方もトーコの発した「可哀想」の言葉の向き先が分からず困惑した。
「あの子達、外からわざわざ連れて来られて、ヒトのテリトリーに無造作に放たれたんでしょう?
右も左も分からなくて、おまけに自分達を敵視しているヒトがそこら中に居るもんだから、皆怯えまくっているわよ。
さっさと帝都の外に逃げるように命令しなさい!」
トーコはどうやら、帝都まで連れて来られた狼の魔物に同情してしまっているらしい。
「は、はいぃっ!!仰せのままに!」
そう言うと犬獣人は、クローの耳にはコンコンとかキンキンと聞こえる声を、全力で張り上げ始めた。
「……うん、だいたい逃げ出したかな?
まぁ、甘言に惑わされてこんな所までノコノコやって来たんだから、誰一人無傷でとは言えないのはしゃーないか。」
遠くの気配を感じているのか、トーコは一人呟いている。
その間にクローはコッソリと犬獣人に耳打ちしてみた。
「……ちょっと、なんでトーコさんの言う事には素直に従うんです?」
「はぁっ?!
アンタ、アレを聞いてあのヒトに逆らえとでも言うの?
アタシは帝都のヒトがいくらか怪我したり、死んだりする位は仕方ないと思ってた。
どうせ、夜に出歩いて被害に遭う奴なんて、まっとうな奴等じゃないだろうしさ。
そしてそれが貴族達やノワール教の痛手になるならそれで良いってね。
でも!帝都が丸ごと死に絶えて良いとまでは思えないって!!
アタシだってそこまで鬼畜じゃないよっ!」
「……て、帝都が、丸ごと?」
興奮気味に答える内容があまりに突拍子もないものであったため、クローは動揺した。
目の前のトーコという存在が、喫茶店「ノルン」で店員をしている姿そのままで、どうしてもそんな物騒な事をする人物には思えないのであった。
「やぁねぇ。
そんな事するわけないじゃない。
此処には常連さんもそれなりに居るんだから。」
(「出来ない」んじゃなくて「するわけない」んだ……?
それって、「その気になれば出来ちゃう」ヒトの言い方だけど……。)
クローは心の中でツッコミを入れる。
「さて……、坊ん?」
「は、はいっ!」
クローの心の声が聞こえたわけではあるまいが、トーコがクローに語り掛けた。
「この子どうする?
兵士に突き出したりする?」
「う〜ん、悩みどころですね……。
突き出したところで、この容姿です。
本物の犬のフリをされたら、まともに罪に問う事も出来ないでしょうし……。」
「はぁ、なるほどぉ……。」
なにせ見た目は本物の犬と見分けが付かないのだ、そんな存在を突き出したとて、悪質なイタズラと思われるのが関の山であろう。
本人もきっと全力で犬のふりをするであろうし。
「……じゃあ、この子貰って行っても良い?
ウチの店の看板犬にでもしようと思うんだけど。
もう悪さしないように、ちゃんと見張っとくから。
どう?」
「えっ?!う〜ん……。」
いきなりの提案に、クローはまたも困惑する。
さっきからトーコの言動には驚かされてはかりだ。
「……それとも、やっぱり殺処分しとく?」
「──っ???!!!」
そして、さらに驚くような事をトーコは平然と言ってのけた。
「えっ?!
いやいや、今回は結果的に被害は少なかったようですし、そこまではやり過ぎかなと思います。
……分かりました、トーコさんにお任せしますよ。」
「うん、分かった。
……良いよな、あんた?」
「は、はいっ、はいっ!!」
犬獣人は殺処分を免れた安堵感から、一瞬気が緩んだ様子である。
「……あんたは看板犬でしょ?
返事の仕方が違う!」
──が、その緩みをトーコが締める。
「わ、わんっ!!」
「ん、良し。」
「……。」
なんと言うか扱いが上手いな、と思いクローはちょっとホッコリした。
「じゃあ、この子は私に任せて、坊んはそろそろお行き。
リカはん達はとっくに着いている頃だから。」
「──っ?!
そうでした!
ではお言葉に甘えてお任せします!
じゃあ、また。」
しかし、クローには先を急ぐ理由がある。
別れを惜しむ間もなく、クローはポーラの屋敷に向かった。
「はいはい〜。」
そんなクローに対し、トーコは自然体で穏やかに手を振るのであった。
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「さて……。
ねぇ、あんた名前は?」
「わんっ!……あっ、はい、シヴァです!」
「じゃあシヴァ、付いといで。
ヒトの話を完璧に理解する看板犬なんて丁度良いわ。
あんた、お客様の前でボロを出したりしないでよ?」
「ワンッ、ワンッ!」
「よしよし。」
残された一人と一匹(正確には二人と表現すべきであろうが)は、仲良く喫茶店「ノルン」へと帰って行った。
またアンゼリカとリジュネアに会えることを信じて……。




