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34_時間稼ぎ

「ふふっ、さぁどうする?

この子達を見捨てて逃げる?」

黒服の女はヴェロニカ達に向けて問い掛ける。

もう既にクローとカレンは捕らえたつもりのようだ。


「ヴェロニカさん、皆を連れてアンゼリカさんの所に向かって下さい!

アンゼリカさんの身も危ないかも知れませんから。

そしてそのままリジュネア様が囚われている屋敷に向かって下さい!」

「はっ?!

クロー、お前はどうするんだ?!」

クローの叫びにヴェロニカが応じて問う。


「ボクはこのヒトを足止めします。

それより先程の口ぶりから、このヒト王宮での遣り取りも把握しているようです。

このままでは、明日、捜査が入る前にリジュネア様が何処か別の場所に移されてしまう。

そうなったら、もう探し様がありません、急いで!

あ、外にはこのヒトの仲間が居るかもなので、『重力制御』を使って最速で。」


「「──っ?!」」


クローの発言でハッとなったのは仲間だけでなく、女も同じだった。


「……本当に勇敢な子ねぇ。

自分がどうぃ──」


「『火球』っ!」

「──えっ、ちょっ?!

熱っつ?!」


クローが放った『火球』は、威力は抑えめで、その分広範囲に広がる様に手を加えられたものであった。

当然、放った先の床や壁、布、そして女の放った糸も燃やし始めた。


「……っ!

動ける?!これなら──」

「カレンさん、今の内に皆と一緒に逃げて!」

自由になった事で、再び女に向かって行こうとするカレンを、クローは止めた。


「し、しかし──」

「貴女の優先すべきは、高々自分の名誉ですか?

それとも、リジュネア様ですかっ!!」

「──っ?!」

そう言われ、カレンはハッとした表情で動きを止める。


「……ご武運を。」

一瞬の後にそう言ったカレンは、ヴェロニカ達の居る出口へ向かった。


仲間達が去っていく足音を背後に聞きながら、クローは黒服の女を見据え続けている。

その女は自分の服に付いた火を払いつつ、クローの視線に射抜かれ何も出来ずにいた。


「……やれやれ、宿で火を放つなんて、無茶苦茶するわね。」

「蜘蛛は火が弱点、というのは相場が決まっていますからね。

あっ、逃げるつもりなら、その背中に魔術をお見舞いするので、お気をつけて。」

相変わらず視線は外さぬまま、クローは女の軽口に応じる。

仲間が逃げる為の時間が稼げるのなら、クローにとっても対話に応じるメリットがあるのだった。


「……私が蜘蛛獣人だとバレてるのね。

それで一人残るなんて勇敢な子ね。

でも私と一対一で、本当にどうこう出来るつもりでいるの?

他の子達と一緒に逃げた方が賢明だったと思うのだけれど?」


本人が認めるように、女は蜘蛛獣人であった。

外見はほぼヒトの容姿をしているのだが、一点だけ、額の左右に複眼の名残がある点が人族との容姿の違いである。

クローには知り得ない事だが、この特徴を隠すために彼女は普段からヴェールの掛かった黒帽子を被っているのだった。


「いえいえ、ボクが一緒に居ない方が、道中安全ですよ。

何せ仲間の中で顔が割れているのは、ボクだけですからね。」

「……っ?!」

クローの言葉に、女が息を呑み驚く。


「昨日、道端で会った時も、今日の昼間も、貴女に顔をハッキリ見られたのはボクだけです。

ボク以外の仲間の容姿なんて、ここに来る前は認識すら出来ていなかったのじゃないですか?

それに、追跡用の見えない糸を付けられたのも今日で、ボクに付けていたんですよね?

なら、ボクが離れてしまえば、仲間の動向を探る術は貴方達には無い筈だ。

違いますか?」

「……驚いたわ。

聡明な子ねぇ。

君、本当に人族で見た目通りの年齢なの?」


女の問いにクローは答えず、別の話題に切り替える。

「もう一つ。

貴女はおそらくあの屋敷の者の中ではトップと言える立場でしょう?

貴女をここに足止めしている間は、リジュネア様を他には移せない筈です。

トップが有能で、肝心な事は自分でやりたがる。

それも結構ですが、弊害もあるという事ですね。

その間に仲間があの屋敷のまで突入すれば良し、です!」


「ふふっ。

そう上手く事が運ぶかしらね?

こちらにだって仲間は居るのよ?

それに──」


女が手を振るうと、キラキラとした糸が再び舞い、クローに巻き付いた。


「──っ?!」

咄嗟の事に、両腕を前にして頭部は庇ったものの、クローの衣服には糸がきつく巻き付いた。


「驚いた?

坊やは時間を稼いでいるつもりだったかも知れないけれど、私にとってもメリットはあったのよ。

少し時間を掛ければ、ある程度火に耐性のある糸が作れるのよ。

これで君はもう、身動きも出来ないわね?

周りが火に囲まれて、これ以上燃え広がったらどうなるかしら?」

女はワザとクローの不安を煽るように語った。


「……。」

それに対して、クローは沈黙で答える。


「貴方のお仲間の事は心配要らないわ。

こちらにだって優秀な部下は居るの。

貴方の仲間が来たとて、すぐに君の後を追う事になるわね。」

「……それは、あの犬小屋の事も含んでいます?

あれが一つだけとは限りませんが、あんなのが解き放たれたら帝都はどうなるか……。」


「犬小屋、ね。

ふふっ、正確にはあれは狼の魔物よ。

こちらの仲間にはテイマーも居てね、言う事を聞かせているのよ。

犬小屋は全部で三つ。

アレを全て放つと、帝都は阿鼻叫喚の地獄絵図になるかしらね?

……まぁ、そんな数では帝都が全滅するまでは遠く及ばないけれどね。

犠牲者が三桁に達したら、頑張った方じゃないかしら?」

優位に立っている事を自覚している女は、楽しげに帝都の悲惨な未来図を語った。


「良いのですか?

昼間に話していたあの貴族にも危険が及ぶかも知れないのに。

パトロンでしょう?」

「お金や援助はして貰ったわよ?

けれど、こちらもあちらの言い分は聞いたのだし、ギブアンドテイクの関係ね。

だいたい、アイツはもう帝都を経っているわよ。

悪事がバレたら即逃げるなんて、情けない限りね。

困ったものだわ。」


(ああ、この言い方……。

昨日の呟きは、あの貴族に向けてのものだったのかな。)


昨日聞いた「……困ったものね。」の呟きと同じ響きを感じたクローは、その意図をなんとなく理解した。

つまりはこの女性も、あの貴族の言動にはうんざりしていた訳だ。


「……分かりませんね。

それ程に好ましく思えない相手から援助を貰ってまで、この様な活動をする貴女達の目的は何です?

他国、例えば西方諸国からの間諜、工作員といったものですか?」


「私の仲間に他国の者は居ないわ。

私達はマラドノワール、反体制・反ノワール教組織よ。

今回の活動も、もう少し規模を大きくして、国やノワール教に痛手を追わせる程度にしたかっのだけれどね。

……まぁ、私達が活動することが、結果的に西方諸国の利に繋がるのは否定しないわ。」


二人が話す間も足元に灯った火は広がり続け、そろそろ逃げ出すのも困難になりそうなものになってきた。

それに気付いた女は、そろそろ会話を打ち切ろうとする。


「さて……、私はもう逃げ出すわ。

冥土の土産にしてはペラペラと話し過ぎてしまったかしらね?

その聡明さは勿体ないけれど、君はここでそのまま焼け死になさいな。」


女はそう語ると愉しそうにクローを見下ろした。

女が長々とクローとの会話に付き合ったのは、彼女の嗜虐性を満たしたい意味もあったのだった。

つまり、火の中で拘束され身動きの取れない少年が、助けてくれと泣き叫ぶ様が見たかったのだ。


今は内心の恐怖を押し殺し、平静を装って恐怖を紛らわせる為に問いを投げ掛けている筈の目の前の少年が、恐怖に堪えきれなくなるその瞬間を待ち侘びていたのである。

それなのに少年は意外にも我慢を続けるので、会話を打ち切ることで、少年に一人取り残される現実を突き付けようとしたのだった。

そうすれば、いくら気丈な少年でも不安に呑まれるはず、そう考えたのだ。


しかし──


「──そうですね。

これ以上は流石に宿以外にも迷惑が掛かりそうですし、これくらいにしましょうか。」

「え……?」


事も無げにそう答える少年に、女は違和感を覚えた。

自分の糸は、今この状況でも燃えていない。

身動きの取れない少年には、これを断ち切る事も出来ない筈だ。

ならば、更に火力の高い魔術で焼き切るか?

そう易々と魔術など使わせるつもりはないし、仮に使えたとしても更に火を強くすれば足場が崩れたり、自身が火に呑まれるのがオチだ。


では少年は何を狙っているのだろうか?


訝しむ女に、クローは眼前を覆う両腕の間をこじ開け、視線を向けながら語った。

その眼力からは、怯えの感情など微塵も感じられなかった。


「……最後に聞きますが、カニスパイダさんはお元気ですか?」

「………………は?」


クローには確信があった。

カダー王国王都で会った情報屋のカニスパイダは、帝国の事情にも詳しかった。

という事は、彼はジサンジ帝国とカダー王国を行き来して、互いの国の情報を売っているのだろう。

そのカニスパイダと同じ蜘蛛獣人と思しき女性が、彼の事を全く知らないという事は考えられなかった。


クローの読み通り、女はその言葉が指す人物の事を知っていた。

そのため、思考が混乱する。


──何故、この少年がカニスパイダを知っているのか?

──いつ知り合ったものか、最近だとしたら、このまま始末するのはマズい可能性がある。

──カニスパイダも、今のこの事態に関わっているのか?


そんな思いが脳内を駆け巡り、外からは呆けたように見える状態となった。


「『氷水球』!」

「──はっ?!」


その意識が戻ったのは、クローが隙を突いて魔術を放った瞬間であった。


ビチャァッ!!

「わっぷ!!」


クローの放った水系魔術が飛び散り、部屋中の火は全て消えてしまう。

その状況すら満足に確認出来ない程に、女は水浸しになってしまった。


(火が消えた?!

けれど少年の事は糸で掴んでいる。

このまま放さずに締め上げれば──)


女がそう思った刹那──


カクッ!

「えっ?!」


握る糸から重みが消え、反動で女はたたらを踏んでしまった。


(糸から抜けた?どうやって?!)


そんな疑問を抱く間もなく、ようやっと水を払ってクリアになった視界から、クローは消え去っていたのだった。


「……なんなの?

何なのよ、あの子っ?!」


水浸しの部屋に、同じくビショ濡れの状態で取り残された女の叫びに、答える者は誰も居なかった。


**********


まだ夏というには早い時期で、長袖を着ていたのが幸いした。

クローは『氷水球』で部屋の火を消した後、服を『アイテムボックス』に収納したのだった。

それで女の糸は剥がれ、濡れた糸はクローにそれ以上絡み付く事は無かった。


そのまま部屋を飛び出したクローは、女将さんに迷惑料として金貨二枚を差し出した後、『魔術阻害結界』を自らに掛けた状態で宿を離れたのだった。

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