32_ムーエット
「はぁっ、ひとまず、はぁっ、怪しいのは、はぁっ、分かったわ。」
「大通りまで来ましたし、ヒトの目もあります。
もう大丈夫でしょう。
息を整えて良いんですよ。」
「それでこれからどうする?
皆を集めて強襲するか?」
「うぅん……、下手をしたらこちらが犯罪者となるので慎重に……。
正直、これ以後は警備兵にお願い出来れば良いのですが……。」
「……一つだけ伝手があるので、ちょっとそっちを試してみて良い?」
「なんでしょう?
警備兵さんに顔なじみでも?」
「いやぁ、もっと上のヒトだけど、取り継いでもらえるか分からないから……。」
「ダメ元で良いじゃないですか。
行ってみましょう。」
**********
「あら、アンゼリカちゃん!
よく訪ねてくれたわね、嬉しいわ。
相変わらずハンサムで素敵ね。」
「あ、ども……。
わざわざお時間作って貰って恐縮です。」
「なによ、改まっちゃって?
私と貴女の仲じゃない。」
「あはは……、どうも。」
ここは帝城の一角。
アンゼリカさんに連れられてやって来たボクらの前に現れた人物は、この場に相応しい華やかな装いで登場した。
下ろせば肩まであるだろう翠の髪を後頭部で束ね、整った顔には化粧が施されている。
いかにも高価そうな服やスカートにはフリフリがたくさん。
その隙間から垣間見える素肌からは、しっかりと鍛えている事が伺えた。
「……え〜っと、アンゼリカさん、こちらが?」
「うん、こちらがジサンジ帝国の現帝王が御子息、第三皇子ムーエット様になります。」
「うむ、苦しゅうない。
楽にいたすが良いぞ。」
そうノリ良く応える声も男性そのものである。
「「……。」」
ボク、ヴェロニカさん、リックの三人は、不敬とならないように驚きを抑えるのに必死であった。
これでムーエット様が女性と見紛うばかりの美女然としていたら、ボクらもここまで驚かなかっただろう。
しかし、目の前のムーエット様は体格も平均的な男性と同じかやや大きめで、体の輪郭、顔の造形に至るまで完全に男性のそれであるのだ。
つまりは女装という表現になってしまう。
……普通にイメージするような格好をしてくれれば、さぞや理想の王子様イメージそのものとなりそうな容姿をしているだけに、何故女装をしているのか不思議でならない。
「えぇと……、素敵な御召し物ですね。」
何かを語らなくてはと、ボクは取り敢えずムーエット様の服を褒めた。
「あらっ、ふふふ、ありがとう。
褒めどころが分かってるわね。
でも、無理しなくて良いわよ。
残念だけど、この格好が不釣り合いなことは自覚しているから。
でも、第三皇子なんて「うつけ」なくらいの方が、変に担ぎ上げようとする輩も現れなくて丁度良いのよ。」
「はぁ……。」
意外にもムーエット様は自分の格好がどう見られているか認識しているらしい。
「それに……、これは昔に私の大切なヒトに言われた事でもあるからね。
「オレが強くなるから、お前は美しくあれ」って。」
「ぅおぃっっ!!
初対面の者にそんな事まで言うな、恥ずかしい!」
「「えっ?!」」
不意にムーエット様の横に侍っていた兵士がタメ口でツッコんできたので、ボクらは驚いた。
兵士の見た目は普通に剣士の様だ。
短髪の髪はややボサボサで、顔も整っている部類に思える。
だだ、表情からワイルドさが滲み出ており、その印象は鍛え上げられた肉体からも同様に感じられた。
「別に恥ずかしがることないじゃない?
私は嬉しかったわよ?
それ以来、私は美しく在ろうと努力するようになったの。」
「じゃあ、そのセリフを言ったのは……。」
「そう、このズッ君よ。」
ボクの問いに、ムーエット様は楽しげに答えた。
「……ズッ君?
へぇ……、な、仲が良いのですね。」
「そりゃあそうよ。
だってズッ君は、私の婚約者なんだから。」
「「……へっ?!」」
初見であるボク、ヴェロニカさん、リックは、想定外の答えに絶句してしまった。
「ふふ。
ズッ君の本名はイズークェリシャ。
近衛師団の副団長で、現在の軍務尚書様の娘さんなのよ。
同い年な事もあって、成人前から婚約者として決まっていたわ。」
「……いやまぁ、親同士が決めた事だけどな。」
頭を掻きながら呟くズッ君さん。
その姿は、女性と聞いてもなお違和感が拭えない。
「良いじゃない。
……本当なら今すぐにでも成婚したいと、私は思っているのよ?
けれど、次兄のアッキーナ兄様の方が難儀しているから、順番を追い抜いたりする訳にもいかないのよ。
ホント、奥手な兄様にも困ったものだわ。」
ムーエット様は頬に手を添え、アンニュイな表情でため息をついた。
その仕草は完全に上品な女性のそれだ。
これ以上この二人の話を聞いてると、頭が混乱してどうにかなっちゃいそうだと思ったボクは、別の話題をアンゼリカさんに振った。
「えぇと……、じゃあアンゼリカさんはムーエット様とどのようなご関係なのですか?
仲良さそうに語られてましたが。」
「ああ、こちらのムーエット様はリジュネアの従兄弟にあたる方なのよ。
だから、リジュネアもムーエット様の事を「兄上」とお呼びしているくらい仲が良いの。
私はリジュネアに付いて歩いているから顔を覚えて貰えているだけ。」
「そんな事ないわよ。
アンちゃんの事も弟の様に想っているわよ?」
「……性別、違くないすかね?」
即座にツッコミを入れられるくらいには、二人の仲が良い事は分かった。
「で?
そんな世間話をするために帝城まで来て、コイツを呼び出した訳じゃないだろ?
そろそろ本題に入ろうぜ。」
「あ、はい。
じゃあクロ君、説明してもらって良いかな?」
ズッ君さんに促され、アンゼリカさんがボクに話を振った。
「……クロ?」
と、ここでボクの名を聞いたムーエット様は、驚いた様な表情をした。
「あの、何か?」
「あ……、ああ、ごめんなさい。
気にしなくて良いわよ、続けてちょうだい。」
「はい……。」
ムーエット様の反応が気にはなったが、気分を害した訳ではないらしい。
ボクは気にせずに先程聞いた会話の内容を語った。
**********
「──ふぅん……、それは確かに怪しい会話ね。
君は、彼らの言った「海」がリジュネアの事を指す隠語だと思っているのね?」
「はい。
加えて「例の案」とやらが決行されると、彼女の身も危なくなる、もっと言えばこの帝都に居ると危ない、という意味にも聞こえました。」
話し終えたボクに向け、ムーエット様が質問されたので補足して答える。
「……すぐには信じられない話ね。
あ、ズッ君、アレ取って貰える?」
「ああ……、コレな?」
ズッ君さんはムーエット様が指差した方に歩いて行き、一冊の本を手に取った。
「そうそう、ありがとう。
クロ君、この中に君達の見た貴族の旗と同じものはある?」
「これは?」
「帝国内の貴族の情報がまとまった本よ。
皇子ともなると、こんなのもある程度覚えておかないといけないのよね。」
苦笑しながらムーエット様はペラペラとページを捲る。
「えぇと……、あっ、コレです!」
「どれどれ……、ランザー子爵、か。」
覗き込んだズッ君さんが、ボクの指したページを読み上げた。
「確か……、うん、そうね、中部の貴族だわ。
……でも、そんな所の貴族がリジュネアを誘拐するの?理由が無くない?」
「リジュネアを娶るため、とか?」
ムーエット様とズッ君さんは訝しむ。
「どうでしょう?
あのお歳の貴族なら奥さんも子供も居るでしょうに。」
「なら、ご子息の嫁として、とか?」
「それなら、今だに帝都に居る理由は無いですよ。
とっくに自領に連れて行ってる筈では?」
「それもそうか……。」
ヴェロニカさんもピンと来る理由は思い付かないらしい。
「あ……、おい中部の貴族なんだよな?」
不意にズッ君さんが思い出したように問うた。
「そうね。」
「……親父が最近、中部の貴族が遷都を訴えてきて煩いと言っていたんだ。
もしかして、それ絡みかもな。」
「遷都?」
ムーエット様がズッ君さんの言葉を反芻する。
「ほら、今の帝国は国土が縦長になってるだろ?
それなのに帝都は北の果てに在るままだ。
それは非効率だと、国土の中心に都を移すべきだと主張してるんだよ。
親父達に言わせると、帝都は此処に在るべき理由が有るので、遷都案は検討するに値しないらしいけど……。」
「えっ?!
でも、それで何故リジュネア様が拐われるのです?」
「シエルエスタは海運は帝国の流通には無くてはならない存在だからね。
現在は北部向けのルートが確立してしまって、シエルエスタとしても遷都には反対するわよね。
リジュネアを押さえれば、その反対の声を無くして逆に遷都すべしと言わせる事も出来るでしょうね。」
ボクの問いに今度はムーエット様が答えた。
「……だとしても、今になって焦り出したのは何故だ?
昨日今日で何か状況が変わるでもないだろ?」
「……いえ、変わる要素に一つ心当たりがあります。」
うん、ズッ君さんの呟きを聞いて改めて思い起こすと、思い付いた事がある。
「んっ?」
「昨夜、巷を騒がせていた盗賊団が捕まったんです。
仮にその盗賊団がランザー子爵の手の者だったとしたら、捕まった彼等の取り調べが始まって、ランザー子爵の名を吐く前に帝都から逃げておきたいと考えるのではないでしょうか。」
「は?いや、仮にそうだったとして、なんでそんな奴ら飼ってたんだ?」
「……襲われてたのは富裕層、つまり商人が中心だ。
彼等の中で、危険で商店を構えるのに向かない町との認識が広まれば、商いは活発さを失い、やがて町は寂れていくだろう。
そうなれば、魅力的でない市場に見切りを付けて、新しい市場に移るべしとの声が商人からも上がるかも知れない。
──と考えるのは、愚考だろうか?」
ボクの考えていたのと同じ様な事をヴェロニカさんも思い至ったらしく、代わりに語ってくれた。
「……いいえ、そう考える者が居ても不思議じゃないわね。
だとしても、犯罪を唆して自分が不利にならないと考えているとしたら、それこそ愚かだけれど。」
ヴェロニカさんの問いに、ムーエット様は吐き捨てる様に答えた。
「……あれ?
私のダウジング、何気に当たってたって事?」
一方、アンゼリカさんは自身のダウジングに意味があったと実感したのか、ちょっと嬉しそうだ。
「……あの、クロ。」
と、ここでリックが口を開く。
「ん、なに?」
「……となると、あの犬小屋も関係あったりするっすかね?
あれが実は犬の魔物だった、とか。」
リックの発言を聞いたアンゼリカさんは、驚いた表情で反応した。
「へっ?!犬の魔物?!
リジュネアが連れ去られた時、私ら犯人に犬の魔物をけしかけられたんだ。
足止めとか口封じ目的だったんだと思うけど……。」
「「──っ?!」」
予期せぬ所から関連を紐付ける証言が飛び出し、一同啞然としまった。
「お、おい、その犬小屋もランザー子爵の手の内かもって事か?」
「そんなの使って何がしたいの、彼等は?」
「魔物の大量発生……。」
ズッ君さんとムーエット様が焦る中、唐突にボクの脳裏にとある考えが浮かぶ。
「へっ?」
「いえ、ホントに思いついただけですが……、最近、北の町で魔物が大量に発生しているそうじゃないですか?
そして、同じ頃にリジュネア様が誘拐され、強盗団も現れ出した。
なら、きっかけは魔物の大量発生なんじゃないですかね?
これはヒトがどうこう出来るものではない。
だからこそ、それを良い機会だとアチラは捉えたのかも知れません。」
「良い機会?な、何の話をしているんだ?」
ボクの話の意図が分からず、ズッ君さんがやや苛立つ。
「例えば帝都に魔物が大量に出現しても、今なら「北の魔物が帝都まで流れて来た」と言えるのではないでしょうか?
そして、魔物が出没するような町にヒトは住み続けたいと思うでしょうか?
……まぁ、一般庶民も帝都に住みたくはなくなりますよね。
その上、商人にも見切りを付けられているとすれば、帝都は寂れる一方という事に……。」
「……もしかして、その犬の魔物を帝都に放つつもりなのか、そいつら?」
「……あくまで根拠の無い、ボクの想像ですけど。」
「「……。」」
ボクの語る最悪の予想に、この場に居る誰もがしばらく言葉を発せずにいたのだった。




