02_潮干狩り
翌日、ボクらは移動中に良さげな磯溜まりのある場所を見付けたので寄ってみた。
「え〜……と、あそこと、あと、ここも、かな?」
流石にエルフの魔力感知精度!
アッサリと「エビル・クラム」を見付け出してくれるヴェロニカさんのお陰で、もう三・四個目ゲットだ。
「いや途中、巻き貝の魔物も見付けてしまったからな。
無駄な手間を掛けさせてしまった。」
「お気になさらず。
食材としては、これはこれで美味しそうですよ。」
「そ、そうか?
クローの言う「美味しそう」の感覚が、ちょっと分からなくなってきたな……。
さっき見掛けた、小型の「デビルフィッシュ」も美味しそうと形容していたな?」
ちなみに「デビルフィッシュ」とは、魔物種ではなく蛸のこと。
他にソレを指す、話の通じる名詞が無いからそう呼んでるのだけど、紛らわしいよね……。
「そうですね……。
まぁ、ボクも「聞きかじり」の知識なので、実際にはここでは美味しくない可能性もありますけどね。」
「ああ……、例の知識か。」
ボクが異世界転生者である事を知っているのは、ヴェロニカさん、セレナさん、そしてリックだ。
ティアナさん達三人には言っていないので、三人の居る前ではそれと分からない言い回しになっている。
「あの……、この得体の知れない生物の指先みたいなのも、本当に美味しいのですか?
採るのが結構大変なんですけど……。」
岩場で「亀の手」を採ってくれているセレナさんも、不安に思ったのか尋ねてくる。
「う〜ん、好みもあるとは思いますが、美味しいと思いますよ?」
「はぁ、そんなものですか。」
セレナさんと一緒に採ってくれているフラウノさんも不安には思っていたらしい。
そうだよねぇ……。
あんなの、ボクだって前世オジサンの知識が無ければ、食べられるとすら思わなかったよ。
……ん?
なんか、『魔力感知』の反応がおかしい気がする……。
「クロー、見ろ!
あの「エビル・クラム」一回り大きいぞ!」
ヴェロニカさんの言葉より、周囲の様子の方が気になる。
海という初めての環境が、よりボクを慎重にしていた。
「……ミュ?なんか嫌な気配がするニャ。」
スノウノさんのその呟きで、ボクは確信する。
「ヴェロニカさん、スノウノさん、リック!
皆、海から上がって!
集合!!周囲警戒!!最優先で!!」
「うニャッ?!」
「は、はいっす!」
「えっ?!わ、分かった。」
ボクが切羽詰まった声音だったせいだろう、皆、訳が分からないなりに従ってくれた。
「どうしたんですの?
敵ですか?」
「おそらく。
危険を感じるのは海の方ですが、ティアナさんとフラウノさんは背後、陸方面の警戒をお願いします。」
「「はいっ!」」
セレナさん、ティアナさん、フラウノさんも手を止めて合流してくれた。
これで一旦、安心できた。
「なぁ、何があったんだ?」
訳の分かっていないヴェロニカさんが、ボクに問い掛ける。
「……見ててください。」
ボクはそう言うと、こぶし大の石を大きめな「エビル・クラム」に投げる。
コンッ!
「エビル・クラム」が水面近くに居たため、簡単に当てることができた。
ブシャッ!ブシャッ!
攻撃されたと思った「エビル・クラム」は、水魔術を放って周囲を威嚇する。
その瞬間──
ザッパアッ!!
水面から飛び出した人の頭と同じくらいの大きさの蛇の頭が、首をもたげる。
(海の大蛇?!「シーサーペント」か!!)
ヴェロニカさんが小声で語る。
どうやら名前の知られた魔物らしい。
「シーサーペント」は「エビル・クラム」に噛みつくが歯が通らない。
さらに「エビル・クラム」の魔術に、「シーサーペント」は一瞬、怯んだ。
……かに見えたのも束の間、「シーサーペント」も魔術を使う。
バチッ!!バチッ!!
おそらく電撃系の魔術かな?
陸に上がっておいて良かった。
そして「エビル・クラム」は大人しくなってる。
電撃でやられたか、気絶したのか……。
そこに再び「シーサーペント」が噛み付き、足糸を引き千切った。
「エビル・クラム」の大きさは、大の大人が両手を広げて一人で抱えられるかどうか、というもの。
それを咥えて、頑丈であろう「エビル・クラム」の足糸を千切るとは、どんな顎と首の力だろうか?
おそらく成人男性であっても、軽々と咥えて海中に引き摺り込める程の力だろう。
おっと、感心している場合じゃない、そろそろ──
「ごめん、防御よろしく!
『闇槍』!」
パシュッ!!
ボクの放った『闇槍』は「シーサーペント」の頭の下辺りをえぐった。
骨も見えてるので、致命傷だろう。
シャァァッ!
だが、「シーサーペント」はそれでも最後の力を振り絞って、ボクらを道連れにすべく魔術を放ってきた。
「追撃来ます!」
「「『防護盾』!」」
「『魔術消去』!」
ボクの叫びに応じるように、ヴェロニカさん、リック、セレナさんが防御用の魔術を張る。
バチッ!
先程と同じ電撃系の魔術が放たれたようだが、ボク達までは届かない。
……グラッ……バシャン!
命を振り絞った「シーサーペント」は、そのまま頭を水面に打ち付け、動かなくなった。
「やった……っすか?」
「まだ気を抜かないで!
死んだふりして回復しようとしてるかも知れないし、周囲に別の敵が居るかも知れない。
残心っ!」
「っす!!」
……。
…………。
………………。
「……まぁ、流石にもう良いだろう。
「シーサーペント」の魔力も霧散してるしな。」
ほぅっ……。
ヴェロニカさんの一言で、ようやく皆、一息ついた。
「……しかし、よく気付いたな、クロー?
ワタシでさえ「シーサーペント」の方には気付かなかったのに。」
ヴェロニカさんが思い出したかのように聞いてくる。
「あ、いえ。
前に、感知系の魔術を遮断する魔術を使う魔術師と、やり合った事があったんです。
その時の様に、『魔力感知』が反応しない箇所があって、それがジリジリ近寄って来てたので、敵と判断しました。
多分、あいつは地上の蛇が体温を感知する様に、海中で魔力を感知して獲物を探すんじゃないですかね?」
「そして自身は感知されない為の魔術を使って、相手の感知をすり抜けるのか……。
素の攻撃力だけでも脅威だというのに、厄介な魔物だな。」
本当にその通りだ。
正直、漁夫の利にありつけてラッキーだったと思う。
ただあの「シーサーペント」、あんなに近くまで来ておいて、陸で固まってたボクらを気に掛ける様子が無かった。
おそらく、視力は退化してあまり機能していなかったのではないだろうか。
その分、魔力感知能力に頼り切りになっているのだろう。
だから、大人しく陸に退避したボクらより、「エビル・クラム」に狙いを定めたと推測する。
「……でも、あの「エビル・クラム」どうしましょう?
まだ周囲がパチパチいってるんですよね……。」
「もちろん回収しましょう。
『魔術消去』すれば大丈夫ですよ。
どうせ魔力核と殻以外は大した値も付かないでしょうし、皆で食べましょう。
食べごたえがありそうです。」
「……あくまで食べる事にこだわるんだな、お前。」
ヴェロニカさんは呆れるけれど、前世世界の海産物を食べた記憶がある身としては、どうしても興味が唆られてしまう。
せっかく海まで来たのだから、グルメも堪能しなきゃ損だよね。
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結局、その後も色々と狩っていたので、その日は野宿になってしまった。
「あれっ?
昼間にせっかく採った食材を、夕食に使わないのニャ?」
「はい。
流石に人体に有害な毒を持った種かどうかの確認は必要ですよ。
用心の為、漁村とかで漁師さんに聞いてから使う事にします。」
スノウノさんが残念そうに言ってきたけれど、こればっかりは仕方ない。
前世オジサンも、毒の有無の見分け方までは知らなかったんだよね。
そもそも、こちらの世界とオジサンの世界で同じ見た目の貝があったとして、それが全く同じ性質の生き物とは断言できないし。
どんなに美味しい物が食べたくても、安全確保だけは欠かせちゃいけないからね。