20_閑話_変化(前編)
「……なんか最近、スノウノちゃんとリック君の距離が近くないですか?」
「へっ?」
「ニャッ?」
肩の当たるような距離で料理をしていた二人に疑問を投げ掛けると、まったく同じ動きで、まったく同じタイミングで振り返りました。
その驚いた様な表情もそっくりです。
もうちょっとで頬同士がくっ付くほど近いまま、私を見ています。
ここは魔術都市ヴァルツを出て最初に泊まった宿屋のキッチン。
私達は女将さんに頼んで一部を使わせて貰い、夕食を作っているところです。
ちなみにティアナ様にはクロー君達を呼びに行ってもらっています。
「……それ、素でやってるなら、付き合ってると言われても違和感ないんですけど?」
「えっ?!い、いや、そんな訳ないじゃないっすか!
そんな誤解、スノウノさんに申し訳ないっすよ。」
「そ、そうニャ!
付き合ってるなんて……。」
……スノウノちゃん?
今、スッと更にリック君に近付いて密着しましたよね?
見逃しませんよ。
「……リック君は分かりました。
でも、スノウノちゃんは、ちょっと後で話を聞きましょうか。」
「いやいや、違うって!
ただ、リックの作る料理がいつも美味しいから、作り方覚えようとしてるだけで……。」
「へぇ〜〜、ほぉ〜〜……。」
あのスノウノちゃんが、俯き気味にゴニョゴニョ言う仕草はちょっと可愛いと思いました。
「クロー様達を呼んで来ましたよ……、どうかしましたか?」
夕食のためクロー君達を呼んで来たティアナ様は、私達の様子を見て何かあったのかと勘付きました。
「……良い機会です、今夜、ティアナ様とスノウノちゃんには話がありますので、そのつもりで。」
「えっ?!いや、何があったの?」
「……うニャ。」
私の宣告にティアナ様は戸惑い、スノウノちゃんは目を逸らして頷きました。
「「……。」」
ティアナ様に続いて入ってきたセレナさんとヴェロニカさんは、何かを察したのか無言です。
そして──
グッ!!
(良いよっ!
思いっきりやっちゃって!)
グッ!
(了解!
いい加減ヤキモキしてたので、コトを起こしてみせます!)
私とクロー君はサムズアップで会話をするのでした。
**********
「『防音』!」
宿屋の食堂で食事を終え、少し広めな私達四人の部屋て食後の会話をした後、クロー君達は自室に戻りました。
そして、気を利かせたリック君が早めに寝たのを見て、三人で集まった所に私は『防音』を使います。
「……さぁ、これで私達の声は他の方には聞こえません。
遠慮なく赤裸々に語らう事が出来ます。」
「え、ええ、まぁそうでしょうが……、どうしたのですかいきなり?」
「いきなりじゃありません。
ティアナ様、リック君の事どうなさりたいのですか?」
困惑したように尋ねてきたティアナ様に、私はハッキリと聞きました。
「ええっっ?!
ど、どうなる……、って、その……。」
「モジモジされてもダメです。
今日はとことん話し合わせてもらいますよ。」
ゴニョゴニョ言い出したティアナ様を正面から見据えて圧を掛けます。
「ええと……、フラウノ、本当にどうしたの急に?」
「スノウノちゃんも、リック君の事を意識し始めました。
何なら私も、ティアナ様の事が無ければリック君にアタックしたいと思ってます。」
尚も戸惑うティアナ様に向けて、私は重大な暴露をしました。
「えっ?!」
「ちょ、ちょっと、何を言うニャ!
そんなこと──」
「無いとでも?
その割に最近、リック君にベッタリですよね?
魔術都市ではずっと、ティアナ様とスノウノちゃんとでリック君を挟んで見回ってましたし。」
「「……。」」
慌てて言い訳しようとするスノウノちゃんは、私がツッコむとすぐに黙ってしまいました。
どうやら見立ては合っていたようです。
「まぁ、良いのですよ?
スノウノちゃんが誰を好きでも。
でも、私達がリック君を取り合って揉めたら、困るのはリック君やクロー君達なんです。
相当気を遣ってきますって、絶対。」
「それは……、そうでしょうね。」
「うニャ……。」
「だから今後の為に、私がフォローする為に、ハッキリしておきたいんです。
そもそも、ティアナ様はリック君と恋人になるつもりはあるのですか?」
「それは……、エシャロット家として考えなくてはいけませんし、リック君に迷惑が掛かるかも──」
「違います!」
「えっ?」
まだゴニョゴニョ言うティアナ様に、私は尚も強気に出ます。
「そういった体裁の話は聞いていません。
だいたい、今のティアナ様は騎士団の職さえも投げ出して冒険者をしてるのですよ?
お家の事なんか今更関係ないでしょうに。
よしんばご実家が反対してきたとしても、リック君は既にそれを跳ね除ける実力も資質もありますよ。」
「……。」
私の剣幕に押され、ティアナ様は少し背をのけ反らせました。
「そうでなく、ティアナ様の気持ちを聞きたいのです。
ティアナ様が望むなら協力もしますし、それはスノウノちゃんについても同じです。
ただ、その気持ちについてハッキリ聞かないことには、私もどちらを協力すれば良いのか、迂闊な事も出来ずにヤキモキしてるんです。」
「……。」
「……。」
私の言葉に、二人は誰とも目が合わないように俯きます。
やがて、ティアナ様がおずおずと語り始めました。
「……あの、確かにリックの事は、その……、す、好き、ですよ?
でも、お付き合いするとかは、どうしたら良いか……。」
「なるほど、お気持ちは分かりました。
あと聞きたかったのですが、ティアナ様はいつまでクロー君達に付いて行くつもりですか?
そこがハッキリしないと、このままパーティに残りつつリック君と付き合うのか、それともいずれはリック君をご実家に連れて帰りたいのか、分からないのですが。」
「あ、の……、可能なら、このままパーティに残りたいと、思ってるわ。
ローエンタール領に居た頃リックが、クロー様はいつか何処かに落ち着いて、ヒトを従える立場になる、と言っていたでしょう?
私もそれがあり得ると思っているのよ。
だから、この先もクロー様達に付いて行き、微力ながら手助けしてゆきたいと思っているの。
……それに、リックもクロー様から離れる事なんて、絶対に考えてないもの。」
「なるほど。
では、ご実家に帰らず、リック君とお付き合いしつつ、このパーティに残り続けたい、ということですね?」
「……希望は、そうね。」
うん、ティアナ様の希望はなんとなく分かりました。
次は……。
「スノウノちゃん、貴女はどうですか?
そもそも、リック君の事を気に掛けてるという私の見立ては合ってますか?」
「……あ、合って、るニャ。
ただ、私はあんまり付き合うとかの願望とかは薄いというか……。
リックの事は、ティアナの家族を除いたら、これまで会ったオスの中で一番気に入ってるニャ。
それこそ、子供を作っても良いと思ってるくらい。
ただ、今でも私が一番好きなのはティアナだから、ティアナと一緒に居られなくなるくらいなら、リックの事は諦めても良いニャ。」
「そうですか。
ちなみに、リック君はクロー君よりも評価が上なんですか?」
「クローの事も気に入ってはいるニャ。
……でも、クローはあの二人以外の女性に全然興味無さそうなんだもんニャ。
そんなのもう、恋人にしたいかどうか以前に対象外ニャ。」
「そうなんですね~。
なんだかんだで、あの二人は手強過ぎるし怖いですよね。」
私の感想に、二人もうんうんと頷きました。
「分かりました!
でも、スノウノちゃんは諦める必要は無いんじゃないですか?」
「え?」
「リック君が気に入っていて、ティアナ様ともずっと一緒に居たいんですよね?
なら、三人で付き合っちゃえば良くないです?
身近にその成功例があるじゃないですか。」
「「──っ?!」」
二人が限界まで目を見開いて驚きを表現します。
「……もしかして、考えてもみませんでした?二人とも。」
「そ、それはそうでしょう?
普通の倫理観なら……。」
「でも、あの三人は結構幸せそうですよ?」
「ゔ〜ん、しかし……。」
ティアナ様は腕を組み考え込み始めました。
こういうのは考えるより勢いだと、私は思ってます。
なので、悩む隙を与えず畳み込みます。
「そんなに、スノウノちゃんとリック君を分け合うというのが抵抗感あります?
いやまぁ、それが普通なんだと思いますけど、抱き合って寝る事もある程に仲の良いお二人でもですか?
てか、いつも思うんですけど、あんなに密着していて偶然唇が触れたりしないんですか?」
「ん、するよ?
なんなら、起きたらキスした状態だったことも何回もあるニャ。」
「……。」
途中、私が常々疑問に思った事を差し込んでしまいました。
その問いに答えてくれたのはスノウノちゃんでしたが、ティアナ様も顔を背けて黙ってるという事は、無意識のキスを自覚はしてるのですね。
「……尚更、ティアナ様が何を躊躇っているのか分からないのですが?」
「いや、だってホラ、万が一実家に帰る事があったら、気まずいどころじゃないし、スノウノを可愛がっていたお母上がどんな顔をするか考えると……。」
この言い方だと、ティアナ様の方が御母上様に叱られる様に聞こえるのですが?
そこまでスノウノちゃんが可愛がられているのでしょうか?
ちょっと予想外でした。
まぁ、それはそれとして──
「ではいっそ、お子さんを連れて帰ってしまえば良いのでは?
そこまで行く所まで行ってしまった娘を今更どうこう言う理由も無いでしょうし、お孫さんやスノウノちゃんの子供の事も、さぞや可愛がって下さるでしょう。
……あ、でも、そのまま帰したくないと思われる事も考えられますか。」
「うん、それは思った。
あの方もちょっと重い方だからニャ。」
「我が母ながら、否定出来ませんわね……。」
あ、本当にスノウノちゃんの事も溺愛してるのですね御母上様……。
「ま、先の事は今は良いじゃないですか。
取り敢えず、二人でリック君を落とす事を考えてみては?」
「そう、ですね。
冒険者なんて、いつ何時、危機に見舞われるかも分からないものですしね。
ちょっと、頑張ってみますわ!」
「その意気です、ティアナ様!」
よしよし、ティアナ様にのマイナス志向も何とか払拭できましたかね。
「……というか、フラウノはリックの事はいいのかニャ?」
「私ですか?
リック君は優良物件だと思いますけど、それよりティアナ様やスノウノちゃんを応援したい気持ちが勝ち過ぎて、自分がという気にはならないですね。
良いんですよ私は。
それこそ、ヒトを従える立場になったクロー君に、将来有望なヒトでも紹介してもらいますよ。」
最初にアタックしたいと言ったものの、そこまで強い思いが有る訳でもないんですよね、私。
この話も二人に何とか積極性を持たせたくて言っただけですしね。
そして──
私がふと目線を向けると、私達に背を向けて微動だにせずに横になっているリック君の姿があります。
「……。」
──良かった。
こちらの話はちゃんと「聞こえている」みたいですね。
冒頭、私は確かに『防音』を使いました。
しかし、範囲を調整してリック君にはギリギリ聞こえる様にしてたのです。
私達の今の会話はリック君に筒抜けだった、という訳ですね。
本当に寝ていたのなら、これだけ話している間、微動だにしないのはおかしいです。
おそらく始めから起きていたか、途中で起きたけれど会話の内容が自分が聞いて良いものでないと気付き、どうする事も出来なくなったものでしょう。
さて……、ティアナ様達の気持ちを知って、今後リック君はどう行動しますかね?
あ、明日の朝一番にクロー君には話しておきましょう。
どうせリック君は、クロー君に相談する筈ですからね。




