16_ヴェラの正体
「……結局、あまり眠れなかった。」
昨日、ヴェラから提案された内容は、とても魅力的だった。
何より、ヴェラと一緒に居られるという点が素晴らしい。
里の同胞でも、彼女ほど仲良くなれたり、優しく接してくれたヒトは母と姉以外には居なかったし……。
……でも、どうしても、里から離れる選択は私には取れないと思う。
自分の中の冷静な部分では、里に忠誠を誓い続ける無意味さを理解出来ている。
それなのに、理性と異なる意識が、里に尽くせと命令してくる。
これがヴェラと一緒に居る女性の言った、呪縛なのだろうか?
……もう一度、ヴェラに会いたい。
彼女と話せば、この胸を縛り上げる束縛を断てるような、そんな気がしていた。
……ん?
あ、あれ?
今日も運良くヴェラを見付けたが、彼女達の様子がおかしい。
辺りを気にしているし、あの向かう先は……。
そう、歴史資料室だ。
いつも魔術書を読み漁っていたヴェラが、何故そんな所に?
……。
ちょっと、様子を見守ろうか。
幸い、私の数少ない特技の一つが、隠密行動だ。
文字通り、気配を隠してターゲットに近付けるというだけの事なのだが、私の場合は魔力反応も抑える事が出来る。
自分の魔力反応を抑えるとこも出来るし、相手の素の魔力感知範囲外ギリギリの見極めも何となく出来てしまうのだ。
これが一番有効な対象は、普段から魔力感知能力頼りになっている同胞になる。
普段からヒトに気を遣わせないようにと、努めてきた成果と言えよう。
さて、歴史資料室へ来た彼女らは、何やら話している。
……は?『火球』?
……え、ここで使うの?
私も以前、興味本位で試したけれど『灯り』すら満足に発動しなかったぞ?
そもそも此処は火気厳禁。
迂闊な事はしない方が良いと思うけれど?
ん?もう使った、のだろうか?
やはり不発だった?
……それにしては、何やらゴソゴソ探し回ってるような音がする。
ギィィィ……
え?!
はっ?な、何の音?!
何か扉が開くような音に聞こえる。
まさか、本当に隠し部屋への通路を見付けたのか?!
これまで里の者が、のべ何十人来ても探し上げる事が出来なかったものを、ものの数日で?
……何者なんだ、彼女らは。
特に、指示を出していたあの少年。
いつもキョロキョロと談話室を見回していたのはひょっとして……?
あ、どうやら彼女らは隠し部屋に入って行ったようだ。
どうしよう、彼女らを追ってみるべきでだろうか?
……ええい、ままよ!
どうせ里の命令で探していた場所なのだし、彼女らの邪魔にならない所まで行ってみよう。
……狭い階段だ。
隠し部屋に続く階段らしいと言えば、らしいけれど。
彼女らに気付かれないように慎重に階段を登った所で、半開きになった扉の奥から焦ったような声が聞こえてきた。
「ヴェロニカさん、しっかりして!」
「ヴェロニカさん、反応して下さい!」
……っ?!ヴェロニカ?!
それは、我々エルフの里が探す「紅の魔王」の今代の継承者の名前だ。
何故その名がここで聞こえて来るのか?!
だって、彼女はカダー王国に居る筈で……
「ヴェロニカさんっ!」
混乱する私の耳に、繰り返しその名前が聞こえてくる。
……間違いないのだろう、この部屋にヴェロニカが居るという事で。
恐る恐る顔を出し中の様子を伺うと、ちょうどヴェラが崩れ落ちる瞬間を目撃してしまった。
「ヴェラッ?!大丈夫ですかっ!!」
私は思わず、隠れていた事も忘れて、飛び出し叫んでしまう。
「……何故、貴女が居るんですか、カエデさん?」
私に応えたのは、いつもヴェラと一緒に居た少年であった。
その表情にはハッキリと警戒の色が伺えた。
「私は、貴方達が何やらやろうとしていたので、邪魔をしないようにと……。
いや、そんな事よりっ、ヴェラは無事なのですかっ?!
それに貴方達、さっきヴェラの事をヴェロニカと呼んでいましたよね?!」
「呼吸もありますし、脈も異常は見られません。
単純に気を失っただけで、無事ですよ、……ヴェロニカさんは。」
「……やはり!
では彼女が、「紅の魔王」の継承者なのですね。」
今代の「紅の魔王」の継承者が「ヴェロニカ」という名前である事は、事前に聞いていた。
なので確認のため、私は少年に問うたのだった。
「……だとしたら、どうします?
このまま彼女を連れ去ろうとしますか?
……まぁ、そんな事はさせませんけどね。」
少年の返事は、肯定だろう。
同時にやや剣呑な雰囲気も、彼は出し始めた。
「彼女を引き渡す気は無い、と?」
「はい。
彼女は私達の大切なヒトです。
貴方達に渡すつもりはありません。」
その問いに答えたのは、少年ではなく黒髪の女性だった。
「──っ?!」
そのセリフ、その声で、私は彼女がニグラウス領で問答をした女性と同一人物であると確信した。
「……あの時の女性は貴女だったのですね。
ですが、それほど大切なヒトに、貴女達は何をしたのですか?!」
そう、ここまでで、彼らがヴェロニカに何をしたのか、私は分かっていないのだ。
「……何を言っているんです?
これはエルフの里のハイ・エルフの老害共が望んでいた事ですよ。
……手間が省けて良かったですね?」
「長老様達が、望まれた事……?」
少年は、私から視線を外さぬまま、親指で背後の棚を指差しながら語った。
「……後ろの棚に宝玉があります。
台座には「知識の宝玉」と書かれています。」
──知識の……、それは?!
「そう、「紅の魔王」の分割された「魂」と「知識」が接触したがため、ヴェロニカさんはこうなったんです。」
「──っ!!」
私は声も無く驚いた。
「もしも、老害共が「紅の魔王」の封印を維持しようと考えていたなら、この「隠し部屋」を見付けようとするのでなく、「隠し部屋」を隠し通そうと、「知識の宝玉」を隠し続けようと図った筈です。
ですが実際は、「知識の宝玉」を入手しようと動いているし、ヴェロニカさんの事も確保したいと思っているようです。
……ボクにはその動きが、「紅の魔王」を復活させようとしている様にしか思えません。」
「まさか……、そんな……。」
少年の言葉を否定したいが、彼の言う事を否定出来る要素を私は持ち合わせていない。
「……まぁ、信じたくないなら、別に構いませんけどね。
それより、そこを退いて下さい。
仲間の元に戻って、ヴェロニカさんを休ませたい。」
仲間、か……。
今にして思えば、此処で初日に会ったヴェロニカのパーティが全員で七人。
ニグラウスで遭遇したベグナルドとその仲間も合計七人。
更には、リプロノで発見されたヴェロニカのパーティ構成が、彼女ともう一人の女性、少年、青年の四名。
これは目の前の少年を含め、その報告に合った人物が初日に会った者達の中に含まれていた。
おそらく、リプロノからカダーに行くまでの間に、女性が三人、パーティに加わったのだろう。
私が彼女らと会った事があると気付くヒントもあったのだ。
逆に彼女らは、ヴェロニカは、私の事を知った上で普通に接してくれていた、という事になる。
……そんなヴェロニカの弱みに付け込んで連れ去るなんて、私には出来ない。
……でも、せめて前から聞きたかった事を問うてみる。
「一つだけ聞かせて下さい。
ニグラウス領で貴方達は私を殺す事も出来た筈です。
そうしなかったのは、何故ですか?」
あの時付いていた二人の部下は殺されたのだ、それなのに私だけ生かされた理由が分からなかった。
「……ボクの魔術の師匠が、貴女の肉親だと思ったからですよ。」
「え……?肉、親……?」
「ナズナ。
ナズナ・キャリコウ・リア。
……貴女の肉親でしょう?面影がそっくりです。」
姉さんっ……?!
あ〜〜……。
何か、全てに合点がいった。
彼の周りが出鱈目な事も、彼らの厳しさも、優しさも、すべてに姉の面影を感じられる気がする。
「……。」
私は、無言で扉から下がり、彼らに道を譲った。
私がヴェロニカの素性を知ってしまった以上、彼女にに同行する提案など、もう通る道理がない。
私に出来るのは、道を開ける事くらいしか出来なかった。
……いや、もう一つ有るか。
「ヴェラ……、ヴェロニカはどのくらいで目を覚ますか、わかりますか?」
私は、少年達がヴェロニカを抱えて横切ろうかというところで、俯きながら尋ねた。
「……多分、二、三日は目を覚まさないと思います、……経験上。」
少年は少し考え込んで、律儀に答えてくれた。
……ありがたい。
「では私は、あと三日ほどこのまま此処に通い続けます。
周囲に変化を悟られないように。
なので、どうかその間に、この魔術都市から去って下さい。
……ヴェロニカを連れて。」
周囲と言っても、彼女ら以外にはツバキくらいしか知り合いなど居ないのだけど。
兎に角、何事も無かった風に振る舞い、ヴェロニカが逃げる時間を稼ぐ。
私に出来る借りの返し方なんて、今はそれくらいしか考えつかないから。
「……分かりました。
ありがとう。
……もう、会う機会の無いことを願います。」
「お元気で……。」
そう言い残すと、彼らはヴェロニカを連れて去って行った。
私はただ黙って俯いたまま、彼らから目を逸らし続けていた。
結局、彼らは私を責めるような事は、最後まで言わなかったな……。
心残りは……、最後にもう一度、貴女とお話がしたかった。
さようなら、ヴェラ。




