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12_ヴェラとの出会い

「あ、あのっ、初めまして。

私、カエデと申します。」

魔術図書館の初回講習直後、私は一緒に説明を受けたエルフの女性に話し掛けてみた。


き、緊張する。

もともと積極的な方ではない私だけれど、里以外で育ったエルフと知り合える機会と思って勇気を振り絞ってみた。


「えっ?!あ、どうも……。

あの、ワタシはヴェラだ、よろしく。」

……かなり警戒されてる様子だ。

無理もない、地味な駄肉女が不躾に声を掛けて来たのだ、警戒もするだろう。


それでも名を名乗り返してくれるなんて、何というか紳士的なヒトだ。

正直、目付きがややキツめな印象だったので、もっと辛辣な返しもあるかと思ったのだけれど、人族と共に暮らしている同胞は反応が違うな。


「いきなり声を掛けてすみません。

ヒトの町に来る事があまりなく、そこで同族を見付けたので、つい……。」

「そう……、か。

いや、気持ちは分からないでもない。

……カエデと言ったか。

貴女も魔術書を見に此処へ?」

おお、初対面でもちゃんと会話しようとしてくれる。

里の皆の反応とは違って嬉しい。


「いえ私は……、どちらかと言うと謎の文字の方に興味を持って来たクチです。」

「そう……、か。

ワタシはもっと田舎の方の出なので知らなかったが、アレはそれほど有名なものなのか?

同族の間で話題が出るほどに?」

「……いいえ、それほどのものではないですね。

ただ、ウチの里長周りの者達は、何故か関心が高いらしく、暇な者を寄越すのです、私のように。」

「……そうか。」


「ヴェラさん、そろそろ行きましょう。」

私とヴェラが話していたら、少年が呼び掛けてきた。

見ると、さっきの女性と少年以外に四人の人族が一緒に居る。


「──すまん、仲間が呼んでいる。」

仲間、か……。

思えば私には仲間と呼べる知人は居ないかも知れない。

人族とはいえ、多くの仲間、居場所があるヴェラが羨ましく思える。


「あのっ!」

「ん?」

仲間の元に向かおうとするヴェラを、私は思わず呼び止めてしまった。


「わ、私はしばらく此処に通う事になります。

その、見掛けたら声を掛けても良いでしょうか?」

「……ああ、別に構わないよ。

多分、連れと居ると思うが、それでも良ければ。」

「ありがとう。

では、また。」

「ああ、また。」


……。


行ってしまった。

いやまぁ、まだこの建物内には居る筈なので、探せば会えるだろうが……。

あちらも目的があるだろう、あまり引き留めるのも悪い気がする。


それにしても、感じの良いヒトだった。

目付きのせいでキツそうにも見えたが、話してみると全然そんなことはなく、むしろ穏やかで優しい印象だった。

ここに来れば、また彼女に会えるかも知れないのか……。

なにか、ちょっと頑張れそうな気がしてきた。


**********


それから数日が経った。

ヴェラとは本当によく会う事が出来た。

彼女はもっぱら談話室に居て、初日に一緒に居た二人と机に座り、魔術書を読んでいた。


彼女はだいたい、黒髪の地味な容姿の人族女性と肩を並べて、あれこれ言いながら魔術書を解読しているようだった。

黒髪の女性は、私の目から見て地味に見えるということは、ツバキの弁を借りれば、人族としては美人ということになるのかな?

……残念ながら、胸は私の方が大きそうだ。

ヴェラには、エルフの彼女には、私の胸はみっともないものと映っているだろうか?


そして、一緒に居る少年には退屈なのかな?

いつもキョロキョロと周りを見渡している。

でも、騒いだり彼女達の邪魔をしないだけマシなのかな。

……子守も大変そうだ。


**********


「なぁ、カエデ。

もしかして、疲れが溜まってるんじゃないか?」

オウマ魔術図書館の最上階十階、いつものようにヴェラに声を掛けたら、そんな事を言われてしまった。


……まぁ確かに、魔術も使えないで十階まで登るのは相当堪えましたが。

「そうじゃない。

最近、カエデを見掛ける時は、いつも疲れている様に見えるんだ。

根を詰め過ぎていないか?」

「……っ?!」


私なんかの事を気に掛けてくれている?!

そんな事を気遣って貰えたのは初めての事だ。


「お気遣いありがとう。

ても、私は里では役立たず扱いされる様な立ち場なのです。

多少なり成果を出さないと、失望されてしまう……。」

「……。」


「それ、いくら頑張っても、絶対に見直されたりなんかされませんよ?」

えっ?!

ヴェラと私の会話に少年が割り込んで来た。

いつもヴェラと一緒に居る子だ。


「おい、クロ?!」

「だって我慢なりませんよ!

カエデさん、いつも話は聞いていました。

貴女が里とやらで不当に蔑まれるのは、貴女が無能だからではありません。

そんなの、聞いただけで分かりますよ!」

ヴェラが嗜めるのも聞かず、少年は興奮気味に語り続ける。


な、なんだ?!

なんでこの少年が怒るんだ?

しかもこれ、私にではなく、私の里での扱われ方に憤っているようなんだが?!


「里や村のような小さく閉鎖的な集団内では、しばしば起こる事です。

集団の結束力を高めるため、わざと一人、もしくは一部の者を槍玉に挙げる事で、残りの者のストレスの捌け口とするんです。

切っ掛けなんて些細なもので良い、親しい親族よりも劣って見えたとか、不義理を働いた者が身内に居るだとかね。」


うぐぅっっ?!

な、なんでこの子、知るはずの無い私の弱みを的確に突いて来るんだ?!


「そうなるともう、あとは意味も無く不当に、理不尽に扱われるだけです。

そうなるとその者は、どうやっても、何をやっても認められる事は無い。

何故なら、その者を認めてしまったら、次の生贄を選ばなくてはいけなくなるから。

その生贄の役が、自分に回って来るかも知れないから。」


……あ。

……そうか、私が成功してしまうと、私より失敗を犯す誰かが、私より叱責されるようになるのか。


「……毒親さんと同じですね。

子供は親の愛情に飢えたまま成長し、独り立ちする年齢になっても、親に固執してアレコレと親の言いなりにいなってしまう。

この場合、年老いて凝り固まった、あるいは元々愛情とは何か知らない親をどうこうするのは不可能なんです。

可能なのは、子供が親から離れ、呪縛・呪いとなった親への執着以外の幸せを見つける事なのですが……。」


へっ?

いつもヴェラの隣りに居た黒髪の女性も加わって来た。

固執・執着か……。

確かにあの長老様達が、思考を転換する様は考え難い。

というか、この女性の声、何処かで聞いた事があるような……?


──いけない、考えがまとまらなくなってきた。


「あ、あの……、私は……。」

「こらっ、二人とも止せ。

色々言うせいでカエデが混乱してるじゃないか。」

私が言葉に詰まっていると、ヴェラが二人を制してくれた。


「連れが色々言って済まなかった。」

「あ、いえ……。」

二人の言葉が私を心配してのものだという事は理解出来た。

なので、恐縮される必要は無いんだ。


「──ただ、な。」

ん?

「……もし、その気があるなら。

里とやらを出る気があるなら、ワタシらが手助け出来る事はあると思う。

ウチのパーティは、結構余裕はある方だからな。

余計なお節介かも知れないが……。」


グラッ!!


くっ、な、何故だろう?

ヴェラの言葉が酷く魅力的に聞こえてしまう。


「その……、か、考えてみます、が……。」

ダメだ言葉が上手く出て来ない!


「ち、ちなみにその、お仲間というのは、そちらのお二人と初日に居た他四人、ですか?」

それでも、何となくヴェラの言う仲間について聞きたくなり、その質問は口に出すことが出来た。


「ああ、そうだ。

それがウチのパーティだよ。」

パーティと表現するという事は、彼女らは冒険者をしているのだろう。

「凄いですね。

皆が魔術の心得がある冒険者パーティとは。」

全員、この図書館内で見掛けたのだから、七人全員が魔術を使える筈だ。

そんな冒険者は、あまり他では聞いた事が無い。


「そうだな。

教えるのにそこそこ時間は掛かったが、皆で行動するのに都合が良くて、かなり楽が出来ているよ。」

仲間の事を語る彼女は、穏やかに微笑んで、そこに確かな信頼関係を感じられた。


ただ、何というか……。

此処で会うようになって、いつも三人で一緒に居る様子は、仲間というのとはまた別の間柄なんじゃないかと思っていたんだ。


私は、少し声を抑えて聞いてみた。

「……その、此処で会う時はいつも同じメンバーですが、そちらの方は仲間の中でも関係性が違う感じですか?」

「ん?

ま、まぁ、そうだな。

……恋人、だからな。」

そう言うとヴェラは照れたようにはにかんだ。


──こ、恋人……?!

確かにいつも肩寄せ合う様に、親しげに話していたけれど……。

まさか本当に、あの黒髪の女性と恋仲だったなんて!

いやだって、流石に成人前と思しき少年に、まともそうなヴェラが手を出す筈がないし、勘違いは無いはず。


異種族の、しかも同性と?!

というか、ヴェラは同性でもイケるの?!


「そっ、そうですか……。

あの、私……、今日はもう帰ろうかと思います。

……失礼しますっ!」

「あ、ああ。」

私はそう言うと、逃げるようにその場を後にして帰途に着いた。


ダメダメだ、頭が全然回らないっ!

今日はもうヴェラ達から離れて冷静になろう。


**********


「ん?今日は早かったな、カエデ。」

この町で拠点としている家に戻ったところ、ツバキは応接間で同胞と話していた。

そこで私を見ると、話を止めて語り掛けてきた。


「ツバキ、お客様でしたか?」

「いや、里からの連絡員だよ、すぐ帰る。

それより……。」

「……はい?」

「……どうかしたのか?

最近は疲れ気味だったが、いっそう酷い顔をしているぞ?」

ツバキはじっと私を見つめながら言ってきた。


「あ、いえ……。

ちょっと顔馴染みになった同胞と話したのですが、文化の違いに驚いたというか……。」

「……?

よく分からんが、これはフラフラになってまでやる任務ではないんだ。

程々に力を抜いて構わないのだからな。

なにせお前は──」

「──はい?」

なんだろう?

ツバキが言葉を途切らせるのが珍しく、思わず聞き返すように言ってしまった。


「いや、何でもない。

……まぁ、今日はもう休め。」

「……分かりました、そうします。」


気を遣ってもらえた、のだろうか?

普段の私なら小躍りするほど喜んだのだろうが、今はそれよりもヴェラの事が気になって仕方がない。


ドサッ


ベッドに倒れ込んでも、先程のヴェラとの会話が頭から離れない。

……何故だろう、何がそれほど引っ掛かっているのだろう?


ヴェラに恋人が居た。

明らかに私の頭は、そこで許容量を超えた気がする。

何故……?


その日、私は深夜までずっとベッドで悶々としてしまっていた。

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