美女盗賊に心乱された堅物神官は煩悩を捨てきれない
短編27作目になります。いつも応援してくださる皆さま、はじめましての方もありがとうございます!
今回は、謎めいた美女盗賊と堅物神官の、ちょっと不器用だけど心あたたまるお話です。どうぞ最後までお付き合いくださいませ(o´∀`o)
夜明け前、山小屋前の茂みに潜む者がいた。
神官ユリウスである。
(《聖なる石板》があそこにあるというのは本当だろうか?)
ユリウスは夜の巡回時に怪しい人影を見かけて急いで追いかけた。が、見失った。
すると、声を掛けられたのだ。
「何か盗まれた?あたし、逃げて行ったヤツ、どっちに行ったか見ていたよ。教えてあげようか?」
「お前は何者だ!?」
ローブを被っている姿はとても怪しい。
「あたしは……」
ローブを脱いだ人物は明るい翡翠色の瞳が印象的な女性だった。亜麻色の髪はゆるく結ばれている。
(美しい女性だ)
何者か分からないのに、一目見てそう思った。
「あたしは善意の人だよ。たまたまここに居合わせたし、教えてあげようかなと思って」
「たまたま……?」
こんな裏道に偶然いたなんて怪しい。だが、盗賊らしき者の行方を知っているならば知りたい。
「あっちの方角に逃げて行ったよ。多分、山だね。――って、どうして突っ立ってるの?当然、追いかけるんでしょ?」
「善意の君、まず、君を信じていいのか分からない。それに、何が盗まれたのかも分かっていない。……先に、何が無くなったのかを確認せねば」
「何を悠長なことを言ってるんだか。私が見たヤツは、これくらいの平たい物を持っていたよ。アレって、石板じゃない?」
ライラは両人差し指で聖書より少し大きいくらいの四角を描く。
まさに聖なる石板の大きさだった。
「なぜ、聖なる石板をそのように詳しく知っている?」
「今はそれどころじゃないでしょ!早く追いかけようよ。大事な物のハズだよ」
「当然、聖物だから大事だが……!」
女は、しびれを切らしてユリウスの袖を引っ張る。不意に触れた女の肌が柔らかくて、ドキリとした。
(肌が、やわらかい……いや、何を考えている……!)
「ところで、君は何なんだ、民か?」
「平民かって聞いてるの?まあ、今はそうね。あたしの名前はライラ。あんたは?」
「……ユリウス。神官だ」
「ふーん。お堅そう。じゃあ、これから追いかけるわけだけど、神官サマ、追いかける前にあたしと約束してくれない?」
ライラが怪しく微笑む。
「何をだ?」
「あたし、石板を持って行ったヤツを知ってる。どこに行ったのかも。実はあたし、あいつらの仲間だったんだ。だけど、さすがにこれはやりすぎだって思って。さっき、足を洗うことを決めたから、あたしのことを信じてくれない?」
「な……っ」
ライラと名乗った女は盗賊の一味だった。
「めまいがしてきた。信じろなどと……」
「あたし、きちんと名前も教えたでしょ?あたしだって、盗賊なんてやりたくてやってたんじゃない。あたしを信じて」
「……分かった。だが、信じるのは今だけだ」
ライラがニッコリと微笑む。その笑顔にまた心がザワついた。
ユリウスは額に手を当て、短く祈りを捧げる。
(おお、神よ。我に理性と冷静さを与え給え……あと、煩悩もどうにか……)
「さ、こっちだよ。この間、奴らが使ってた山道があるんだ」
ライラは慣れた足取りで林の奥へ進んでいく。その後ろ姿を、ユリウスは若干の距離を保ちつつ追った。
(彼女の言うことが本当ならば、盗賊と戦うことになるな……)
まずは石板を確認してから……などと考えていると、ライラが振り向きざま、ふと笑いかけてきた。
「どうしたのだ?」
「ねえ、さっきあんた、あたしが近づいたら顔を赤くしていたよね。どうして?」
「な……っ!? していないっ!」
慌ててユリウスが答える。
「ふーん、そう? じゃあ今度、もっとギリギリまで近づいてみよっかな?」
ライラの軽い調子に、ユリウスの頬が一気に熱くなる。
(ああ……神よ。どうして私を試されるのですか?)
ユリウスは神の道に進むと決めた時に、煩悩を断ち切る決意をした。だが、こうして神に仕える身になっても、煩悩は消えていない。
「戻ったら、修行をもう一度やり直さないと……ブツブツ」
歩きながら独り言を言っていると、ライラの背にぶつかった。
「どうして立ち止まる?」
「しっ。あそこがやつらのアジト」
岩場の裂け目に隠された小屋のようなものが見えていた。
「石板はまだ中にあるはずだよ。……あたし、確かめて来る」
ライラは立ち上がると、小屋の方へと歩いて行こうとする。
「おい、待て!」
急いで彼女の腕を掴んでしゃがむ。
「君は足を洗ったと言ったぞ。本気ならばマズイのではないか?それとも、私をハメるつもりか?」
「ハメようなんてしてない!足を洗ったのは心の中でだから、あいつらはあたしをまだ仲間だと思ってる。心配ないよ」
「君は、何の得があって、私に協力をする?盗賊たちに疑われるようなことをすれば、危ないのは君だ」
「あたしのこと、気にしてくれるんだ?」
ライラの大きな瞳がユリウスを見ていた。
「当たり前だ。神に仕える者として心を入れ替えた者を見捨てることなどしない」
「ふうん、やっぱりね。……あたし、人を見る目があるんだ。あんたならあたしを助けてくれるって信じてる、なんてね。じゃあ、石板を見つけたら戻って来るから」
茂みを出ると、彼女は小屋へと走って行く。
ユリウスはその場にしゃがみこみ、手を組み祈った。
(どうか……無事でいてくれ。いや、違う。石板が無事であることを――)
どちらか分からぬ願いが胸を騒がせる。神の御名を唱えようとしたが、頭に浮かんだのはライラの翡翠の瞳だった。
(……やはり煩悩か……)
自嘲する暇もなく、裂け目の向こう、小屋の方から小さな物音がした。足音。誰かが出てくる。
――ライラだった。
が、その顔は冴えなかった。
「どうだった?」
「石板はある。でも……見張りが二人、中にいた。あたしが入っても何も言われなかったけど、あの雰囲気だと、長居すればバレるかも」
「無理はしなくていい。やつらの意識を違う方に向かせればいい。まずは、小屋の後ろで火を燃やす。そして、君が追手が来たと叫べば、やつらは慌てて小屋から出て来るだろう。焦りがあれば隙は生まれる」
「確かに慌てて出て来るだろうけど、あんたはどうやって石板を取り戻すつもりなの?」
心配そうなライラの顔を見て、ユリウスはつい彼女の頭を撫でたくなった。
(いかん――そんな場合じゃない)
「私は神聖力が使える。聖なる水を呼び起こすことができるぞ」
「水?そんなのじゃ攻撃できないじゃん」
「侮ることなかれ。まあ、見ていれば分かる」
ユリウスは、手早く準備を進めていった。
手のひらに意識を集中させると彼の手のひらに炎が揺らめく。小屋の裏に積まれていた薪に炎をかざすと、燃え広がっていった。
「へえ、あんた手際いいね。盗賊やらない?」
「変な冗談はやめてくれ。危ないから離れていなさい」
「はいはい。思ったんだけどさ、炎が出せるならあいつらを炎で攻撃すればいいんじゃないの?」
「そんなことをしたらやつらが死んでしまう。盗賊とはいえど、命は尊い」
「さすが神官サマだね」
火が回り、小屋の中が慌ただしくなったところで段取り通り、ライラが叫んだ。
「追手だ!石板を持って逃げろ!」
ライラの声に小屋からヒゲ面の男が2人、飛び出してきた。懐を抱えていて、そこに石板を入れていると思われた。
「待て。石板を返すのだ」
ユリウスが立ちはだかる。盗賊の後ろには勢いを増した炎が迫っていた。
「冗談じゃねえ!どきやがれ!」
盗賊は強引に突破しようと突っ込んで来る。
「おろか者が。神の裁きを受けるがいい」
ユリウスが手をかざすと、ものすごい勢いの雨を盗賊たちの上に降り注がせた。あまりの雨量に盗賊たちは息苦しそうである。
「すごっ!!炎もバッチリ消えてるし」
「よし、石板を取り返す」
豪雨に打たれ続けている盗賊たちに近づいて行くが、不思議とユリウスは濡れない。雨がユリウスを避けているようだ。
ユリウスが盗賊の懐に手を突っ込むと、無事に聖なる石板を取り戻した。そして、跪くと祈りを捧げている。
「ちょっと、祈ってる場合じゃないって」
ライラが駆け寄って来た。ユリウスが振り返ると、ライラは――ずぶ濡れだった。服が体に貼りついて、体のラインがくっきりと出ている。
(これはなんと刺激的な……!)
「ちょっと!あんた、神聖力使い過ぎたんじゃないの?鼻血出てるよ!」
「これは……気にしなくて良い」
急いで鼻を拭う。
「で、あいつら、どうするの?すっかり冷えて震えているよ」
盗賊たちはびしょ濡れになり、うずくまって気を失っていた。
「あいつらはしばらく動けまい。それより、君も冷えてしまったな。戻ろう」
ユリウスは上着を脱ぐとライラを包んだ。
「ありがとう。それにしても、あんた、見た目によらず強いんだね」
「こう見えても、上級神官であるからな。それより君のそんな姿を誰にも見せたくはない。一刻も早くきちんとした服装に着替えるべきだ。行こう」
ユリウスは石板を懐にしまい込むと、ライラを抱き上げた。
「えっ!抱っこしなくてもいいよ。恥ずかしい!」
「いいから、静かにしたまえ」
ライラがユリウスの腕の中で暴れたが、無視して歩き続ける。
「……あんた、暖かいね」
「心が温かいからな。それより、君はこれからどうするつもりだ?」
「それだけど。……あんたさ、あたしのこと、覚えてない?」
思わぬことを言われて、ユリウスはライラの顔をまじまじと見つめた。
「君に会うのは初めてだと思ったが」
「やっぱ、覚えてないか。仕方ないよね。今の姿じゃ分からなくて当然だ。あたしね、元は貴族だったんだ。教会に寄付に来たことがある。対応したのはあんただった」
「え?」
全く覚えがなかった。
「あたしの家、没落しちゃってさ。それでどうやって生活していくかって時に、娼館に行くぐらいならば盗賊の方がマシだと思って」
「苦労したのだな……」
「まあ、それなりにね。貴族だったなんて言ったけど、もう捨てた過去だ」
ライラのどこか投げやりな言い方が、ユリウスの胸をしめつけた。
「……人生はいつでもやり直すことができる。君は追い込まれたとはいえ盗賊をしていた。それは許されないことだ。だが、罪を悔い改める者には神は寛大だ。君が望めば、私は君の保証人となる」
「本気で言ってる?美味しい話には裏があるってもんだよ」
「君は最初に自分を信じてくれと私に言ったな。今度は君が私のことを信じる番だ。そもそも君は、最初からそれを望んでいたから私に声を掛けたのではないか?」
ライラがわずかに震えた。
「あたし、もう真っ当な暮らしなんてできないと思ってたんだ。でも、たまたまあんたを見て、あんたを信じて助けたら私も救われるかもしれない、なんて考えた。それが本当になるなんて。――ありがとう」
ライラがユリウスの胸に顔を埋めた。彼女は温かくて、ユリウスの心はまた揺れた。
(……なんという幸福感。これほどまでに心を動かされるとは。私の信仰は、まだまだ修行が足りん)
「顔、また赤いよ。顔が赤いの、あたしのせい?」
「静かにしていてくれたまえ……」
ライラはユリウスの表情にクスクスと笑っていた。その姿は、まさか盗賊だったとは思えないような可憐な笑みだった。
朝の光が差し始める。夜明けの光が、彼女の頬を優しく照らした。
ユリウスは目を細めた。ライラも眩しそうにしている。
「あたし、新しい人生を歩めるかな?」
「当たり前だ。私が君を導く役目を果たす。君は放っておけないからな」
「あんたがあたしのこと、好きになってくれたらいいのにな」
「な、なにを言うんだ君は……!私は神に仕える身で――ごほっ……ごほっ……」
ユリウスはまだまだ、ライラに心乱される日が続きそうだと思わずにはいられなかった。
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