第4章 違和感
深い霧の中でもなく、漆黒の闇でもなかった。
そこはー「俺が幼い頃住んでいた町かな?」
翔は周りを見回しながらつぶやいた。見覚えがある。 とても古い記憶の中の路地。建物は低く、塀には古いポスターの跡が残っていた。 赤みがかった街灯の明かりの下に小さな影が長く垂れ下がっていた。
ちょうどその時、風景がするすると変わった。 彼はいつの間にか遊び場に立っていた。 古いジャングルジム、ほこりの舞う砂場、隅に押し出された公衆電話ブース。
記憶の中の風景があまりにも鮮明に広がった。
「何だよ··· 思った通りになるじゃないか」
翔は独り言のようにつぶやいた。 ルシードドリームか、そんな感じだった。 足元の感覚ははっきりしていて、空気はひんやりしていた。 彼は夢だと知っていたが、その中で生き生きと存在していた。
「こんなことなら、ぐっすり眠らせてくれればよかったのに…」
翔はぶつぶつ言いながら足を運んでいると、何かを見た。
遊び場の裏側、建物と建物の間の影の隙間に挟まれている店が1つ。 空き店舗のように見えたが、明らかに「存在」していた。
入り口は閉まっていて、窓は隠されていた。 看板もなかった。 ただその場にあった。
翔は立ち止まった。
「こんな店があったのか…···? 」
この場所は翔がよく買っていた文房具店があった場所だった。ところが今では、
見たことのない店がその場を占めていた。
彼は息を整えて店の前に立った。 ドアは古くてペンキがはがれていた。 ドアノブはひんやりとしていた。 慎重にドアを押したが、なかなか開かなかった。 内側から何かが防いでいるような抵抗感。 翔はまた両手で押した。きしむ低い不快な音。ドアが少し開いた。肩を押し込んでやっと中に入った。
店内は暗く、かすかな照明1つだけ天井で点滅していた。 空気は湿っていて、ほこりとどこか甘い香りが混ざっていた。 壁には棚が並んでいたが、中身は見えなかった。
それほど広くない空間の中で、たった一人が座っていた。
老婆だった。
年は計り知れないものがあった。 灰色の髪をひとつにまとめ、
腰をかがめたまま座っていた。
彼女は頭も上げずに静かに話した。
「何が欲しいのかい?」
翔は言葉が詰まった。 彼女はまるで翔が来ることを知っていたように自然だった。
「…ここは··· 何を、売っているところですか?」彼はぎこちなく尋ねた。
「こんな店、もともとなかったのに…··· ここは元々文房具店だった場所ですが」
老婆は頭を少し上げてかすかに微笑んだ。
「あれこれ売ってるよ。 探す人によって違う物を出すよ」
翔は話を続けられず、店内を見回した。
棚には依然として何もないように見え、闇の中には何かが隠されているかもしれないという感じがした。
しかし、老婆は対話を長く続けるつもりはなさそうだった。
「店を閉める時間だよ。 もう出て行っておくれ」
「あ、ちょっと待ってください。 俺まだー」「今日はここまでだよ 」
老婆は背を向け、もう口をきかなかった。 翔は聞きたいことが多かったが、
雰囲気に押されて話を続けることができなかった。 何かが食い違うような予感がした。
彼はドアを開けて店を出た。 ドアが閉まった瞬間、風景は徐々にぼやけてきた。
彼は息を吐きながら目を開けた。 天井が見えた。 部屋は静かで、時計は午前6時47分を指していた。
彼はぼんやりと天井を見つめた。 そして感じた。
確かに··· 寝た。
体は重くなかったし、頭の中は澄んでいた。 まぶたも重くなく、肩の凝りもなかった。
長いトンネルの先から抜け出したばかりの人のように。
彼はゆっくりと体を起こし,つぶやいた。
「…こんなに穏やかに寝たのが··· 何ヶ月、いや何年ぶりだろう··· 」
現実感がなかった。
霧の中を歩いているようだった昨夜とは全く違う朝だった。
空が急に晴れた日のようにすっきりしていた。 そして彼は思った。
「…いったい何だったんだ、あの店··· 」
何が売ってるかも聞けずに老婆は一方的に店を閉めた。
それでもこの朝は…違った。
ただその空間に入ったというだけで、ここまで変わることができるのか…