第3章 消えない言葉
数日が経った。だがその間ずっと、翔の心には「夢を売る店」という言葉がくすぶっていた。
最初は馬鹿げた話と切り捨てようとした。だが、その言葉が思いのほか深く、彼の内面を掴んで離さなかった。会議中も、報告書を打つ合間にも、昼休みに米を噛む瞬間にも、ふとその言葉がよぎる。
「夢を売る」——
その言葉が、翔には妙に生々しく感じられた。冗談か、体験談か、あるいはただの広告か、
判断がつかなかった。
それよりもあの時、自分が何も言わなかったもどかしさ。ただ一言、
「どういう意味ですか」と尋ねていれば。
それだけのことなのに、彼は黙ってやり過ごしてしまった。
社内で再びその話題が上がることはなかった。まるで最初から存在しなかったかのように、
あの日以降、誰も話題にすることはなかった。あの言葉の匂いを感じているのは翔一人だった。
表面上、日常は変わらなかった。だが彼の集中力は確実に乱れ、報告書を二度、誤ったアドレスに
送信し、会議でも短い返答ばかりを繰り返していた。
頭の中では、あの店の姿が何度も現れる。
店の外観は? 本当に夢を売るとはどういうことか?
なぜ見たという人々の証言は全て食い違っているのか?
想像が膨らむほど、現実はかすみ、曖昧になっていく。
ある日、翔は思い立ったようにデスクから立ち上がり、退勤を急いだ。無表情の人々に挟まれ、押された。だが彼の心は静で激しく揺れていた。
夜10時、自宅に戻るなり彼はカバンを放り投げるように床に置き、靴も脱がずにソファへ沈んだ。すぐさまスマートフォンを取り出し、検索エンジンに「夢を売る店」と打ち込んだ。
表示された検索結果は、期待を裏切るものばかりだった。「夢をデザインします」「心理相談+夢診断」「睡眠誘導音楽」……広告ばかり。リンク先は派手なウェブサイトや、接続できないページ。あるいは「プレミアムドリームオイル」の通販。
すべてのタブを閉じた。詐欺、宣伝、釣り——そうした匂いがした。
それでも翔は、検索を続けた。深夜1時を過ぎても、実体のない言葉の断片を探し続けた。
「友達の友達が路地裏で見た」「地下鉄の階段下にあった」「次の日には消えていた」「夢でしか行けない場所」「ただの映画の宣伝じゃ?」どの言葉も曖昧で、一致しなかった。だが共通する話があった。
——その店は、探すと見えなくなる。位置は毎回違う。
翔はスマートフォンを置き、目をこすった。
これはただの噂か?それとも広告やいたずらか?
「何故…俺はこんなにこだわるんだろう… 頭から言葉が離れない」
気づけば深夜を回っていた。まぶたが重くなり、身体が自然とベッドへと向かう。
「……薬、どこだっけ」
サイドテーブルから瓶を取り出し、半錠を口に含んで、水も探さずに飲み込む。そして横になる。
その瞬間、電源が落ちるように、意識が途切れた。
——気絶するように、沈むように。翔は、その夜、何の感情もなく、ただ眠りに落ちた。