第14章 慣れ親しんだ隙
再び— 夢だった。
翔はきょとんとした顔で周りを見回した。
床は古い廊下特有のかさかさした灰色のタイル、
壁には学校行事のポスターが斜めに貼られており、
窓の外には午後の曇った日差しが長く垂れ下がっていた。
「…ここは···」
高校だった。 彼が卒業してから、もう10年以上経った — あの高校。
頭を下げた彼は、自分の体に羽織られた服を確認した。
紺色のブレザー、色あせたボタン、肩にどこか合わない感じ。
制服だった。
「何だよ、何で今度は町じゃないんだよ…」
彼はつぶやきながら廊下をゆっくり歩いた。
教室は··· 何組だったっけ。 3年何組? 2年生だったかな?
記憶をたどりながら廊下の端に向かっていたその時、
見慣れたドア一つが視野に入ってきた。
そのドアーはとても分かりやすかった。
少し押しても音がする、なかなか開かなかった古い引き戸。
しかし、その中にあるのは教室ではなかった。
翔は一歩下がった。
「……何だ」
戸越しに見えたのは— 老婆の店。
夢で見た幼い頃の町の路地。
あの時の姿そのままだった。
古い木製の棚、天井から点滅する照明、彼女が座っていたその場所まで。
「なんで学校の中にこの店があるんだろう…」
冷たい感覚が背筋を伝って流れた。
これは単に過去の再現ではない。
記憶と記憶の間の隙間に—
店が染み込んでいた。
空間が、時間が、記憶が徐々に絡み合っていた。
翔はもうためらわなかった。廊下の突き当たり、
その見慣れた引き戸に向かって力いっぱい足を踏み出した。
ドアは意外と軽く開いた。
そして— その中は相変わらずその店だった。
ほこりっぽい空気、ぼやけた照明、きしむ床。
変わったことがあるとすれば、翔の心の中で「慣れない」という感情が消えたということ。
今や彼はこの空間を記憶し、この空間もまた彼を知っていた。
カウンターの奥,老婆はまだそこに座っていた。 彼女は口元を少し上げて言った。
「お菓子あげようか? それとも焼きそばパン?」
くすくす—
翔はためらった。 見慣れた冗談のように聞こえたが、
その中には何かを見抜いているような視線が込められていた。
老婆は笑いを止めずに手を振った。
「あ、ごめん、ごめん。 学生みたいに着こなしてるね。
あの頃の食べたものをあげようかと思ってね」
翔はゆっくりと近づいた。 何も言わずに彼女を見ると、
老婆は一度眉をつり上げながら言った。
「それで、サービスはどうだったんだい?」
その言葉に翔は思わず聞き返した。
「…サービス···?」
老婆は腰を軽く伸ばし、指で空中に丸い円を描いた。
「あんなにすっきり眠れるもの、それは結構な代償なんだけどね」
彼女は軽く,何でもないかのように付け加えた。
「でもまあ、最初は注文もなしに受け取っただけ。
今回はただのサービスだよ。私の勝手でしょう」
翔は黙って彼女を見た。
彼が経験した夢、あの不思議に晴れた朝 —
それらが単に「与えられたもの」ではないという事実がゆっくりと彼の心の中に落ちた。
老婆は再び伸びをするように体を伸ばして言った。
「買うものがなければおゆき。店を長く開けておくこと、そんなの全部タダじゃないよ」