第12章 鮮明な朝
ドアは相変わらず古く錆びていた。
翔は肩を押し込みながらドアを開けた。
今回は明け方ではなかった。
空は日が暮れかけた夕方頃、残った日差しに赤く染まっていた。
もし夢の中に時計が存在するなら、今はおそらく夕方18時頃だろう。
店内は変わっていない。
かすかに点滅する照明、空気中に漂うほこりの匂い、
そして——
その場に座っている老婆。
彼女は目を閉じたまま低い声で話した。
「今度はまたどうして来たんだい?」
翔は息を整えて少しは慎重に、しかし確実に口を開いた。
「…夢…夢を見に来ました。」
老婆は手を止め、ゆっくりと顔を翔にむけた。
彼女の目はまだかすんでいた。
年齢も感情も計りにくかったが、その中には何かを見抜く深い気運が感じられた。
「何の夢だい?」
短く簡潔な問い。 その瞬間翔は感じた。
何か店内の空気、気流が—
動いていることを。
彼は静かに答えた。
「…ただ··· 明日の朝、気持ちよく、爽やかに目を覚ますことができる··· そんな夢です」
老婆は翔を黙って見て、小さく笑った。
不気味な— 荒い息のような短い笑い。
「そんな夢は··· 高いよねぇ」
翔が反応する暇も与えず、老婆は再び口を開いた。
「初めてだから··· まあ、そういうこともあるだろうねぇ」
彼女は指を上げ、空中の何かを包み込むようにゆっくりと回した。
すると、空間が歪んでしまった。
気流がねじれるような音が耳元をかすめ、目の前の空気は少し震え始めた。
光が揺れ,棚がかすかに歪んでいるように見えた。
どこかに吸い込まれるような気持ち。 感覚が鈍り, 意識がゆっくりと失われていった。
そして― 翔は目を開けた。
ベッドだった。部屋の中には穏やかな朝の日差しが染み込んでいた。
彼は起き上がった。
頭もまぶたも肩も重くなかった。息が軽くなり、全身に生気が漂うようだった。
考えがはっきりしていて、世界はほんの一瞬、驚くほど鮮明に見えた。
何の場面も思い出せなかった。
夢を見たようだが、内容はがらんとしていた。
しかし···
翔は静かにつぶやいた。
「本当に··· 寝た」
彼は文字通り熟睡した朝を迎えたのだった。