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2話「Code9とは」

「よう、お前ら! セラ・エンフィールド様のご到着だぞ!!」


 ドアを蹴破るようにして入ってきたのは、燃えるような深い赤の髪をした女だった。

 レオン程では無いが、女性にしてはかなり背が高い。

 それに、第二ボタンまで外した胸元から覗く胸部は豊かで、男勝りな鋭い視線はさながら猛獣のそれだ。


「あ、セラさん。また遅刻して――って、わっ!」


 大股で部屋の中へ入ってきたセラは、ミーナの横を通り過ぎるとリサを掻っ攫っていく。

 そのまま強引に肩を組むと、戸惑うリサに顔を近づけ、頭の先から爪先と、隅々まで観察するように視線を走らせた。


「お前がレオンの言ってた新人だな?」

「えっと、は、はい」


 無理やり体を引き寄せられたリサは、肩に回された腕から屈強な筋肉の厚みを感じ取る。

 二の腕はもちろん、密着したことで触れる胴体に纏った腹筋や胸筋も、いったいどんな修練を詰めば手に入るのかわからないほどの筋肉が宿っている。


 ――てか、顔近い……!


 リサが少しでも顔を動かせば、そのまま唇を奪われてしまいそうな距離だった。

 そのせいで、香水などの人工物の匂いが全くない、ほのかな汗と女性らしい香りがリサの鼻に入ってくる。そのせいで、リサは完全に反応に困ってしまった。

 このままの体勢で自己紹介をするにしても、腕を振り解いて離れるにしても、何をしても正解ではない気がした。というか、この腕力を振り解いて離れるのが一番現実性に欠けていた。


「ふーん……お前、強いな」


 ふっ、と小さく笑ったセラは、リサの体を放り出すように離すと、そのまま書類を押し除けてテーブルの上に腰を下ろした。

 バラバラと床に落ちていく書類と共に、リサは躓きながら解放されて息を吐いた。


「もう! セラさん! あんまり新人ちゃんをいじめちゃだめですよ!」


 そんなセラに、ミーナは腰に手を当てて叱りつける。しかし、当のセラは胸ポケットから取り出したタバコに火をつけ、悪びれた様子はない。


「ああ? 別にいじめてねぇだろうが。これから仲間になろうって奴の匂いを確かめるのは当然のこったろう」

「……言ってることが獣だな」

「ほう、ディラン。そんな舐めた口聞いてると、デコに根性焼きすんぞ」


 火のついたタバコでセラが脅しをかけると、ディランは尻尾を巻いて書類の陰に隠れてしまった。

 その様子を「情けねぇなぁ」と笑ったセラは、改めてリサの方を向いた。


「というわけで、あたしはセラ・エンフィールド。Code9実働部隊第零班のサブリーダーだ」

「Code9……?」


 リサは聞きなれない言葉を前に、小さく首を傾げた。


「Codeって、あのCodeですか?」

「そう、あのCodeだ」

「龍害対応命令の?」

「だから、そうだって言ってんだろ」


 セラがわかりやすく「しつこいな」という顔をしなければ、リサはもう一度同じことを繰り返し聞いてしまっていただろう。

 Codeは、世界基準で定められた龍害への対応命令を表す軍事用語だ。

 0〜8までの九つが存在し、数字が小さくなればなるほどに対応対象となる龍害の規模は大きくなる。未だに発令されたことはないが、Code0は世界滅亡クラスの龍害への対応命令らしい。

 この言葉は、軍人だけでなく一般人にも広く知られている。なぜなら、Code4「単一地域限定討伐命令」が発令されると、対象地域の住人には避難が呼び掛けられるからだ。

 だからこそ、Code9という存在しないナンバーに、リサは戸惑ってしまった。


「その顔、お前レオンから何も聞いてないんだな?」


 リサの反応を見て、セラは可笑しそうにニヤリと笑った。


 ――聞いてない聞いてないって、教えてくれないのはそっちでしょ。


 さっきから同じ言い回しばかりで、リサは少し苛立っていた。

 唐突に出された辞令に、説明も何もなしで連れてこられた謎の施設。ついでに軍人なのかどうかも怪しい連中の中に放り込まれ、任務だなんだと言われてから説明も無し。

 リサが苛立たしげに口を尖らせて眉間に皺を寄せていると、再び部屋のドアが開いた。


「ようやく全員集まったな」


 ドアの向こうから現れたのは、先程リサをこの部屋に案内した銀髪の男、レオンだった。

 レオンは手に持った端末から視線を外すことなく部屋の中に入ってくると、セラの前でその歩みを止めた。


「ここは禁煙だと言ったはずだが」

「そうだったか? お前のヒョロガリ面は煙越しじゃねぇと見てられないもんでな」


 セラが挑発するように煙を吐いた。

 すると、レオンは腰に下げていたボトルの蓋を静かに開けると、そのままセラの頭の上で逆さまにした。

 バシャッと勢いよく水が落ちていき、火の消えたタバコを咥えたセラは驚きに固まっていた。

 やがて数回瞬きしたセラは顔を真っ赤にすると、テーブルから飛び降りて場所を変えようとしているレオンに掴み掛かろうとした。


「てんめぇ……!!」

「わー! わー! ストップセラさん!」

「そうですよ! 落ち着いてくださいセラ姉! ほら、タオル!」

「……自業自得じゃねぇか」

「ディーくんも呑気なこと言ってないで止めるの手伝ってよ!」

「ち、力強過ぎです! ひ、引きずられる!!」


 ミーナとノクスが慌ててセラを羽交締めにして止めるが、小柄なノクスはほとんど役に立っていなかった。

 我関せずを貫いているディランと何事もなかったかのような態度のレオンの二人と、テーブルを挟んですごい温度差になっていた。

 その様子を見ていたリサは、さっきまで抱えていた苛立ちがどこか馬鹿馬鹿しく感じてしまい、肩の力が抜けていく。

 少なくとも、【ブルスバーグ】の養成所にいた時に、軍事施設内でこんな賑やかな状況になったことはない。こんなの、下町の居酒屋で起きるような喧嘩と同じだった。


「それでは、今回の任務のブリーフィングを始める」


 テーブルの上座に移動したレオンの一言で、部屋の空気が少し変わった。

 書類の陰に隠れていたディランは姿を現し、獣のように唸り声をあげていたセラもやや悔しそうにレオンへの反撃を諦める。息を切らしながらノクスが姿勢を正す横で、ミーナがタオルをセラの頭に被せていた。

 セラの肌が感じる空気が、軍のそれに変わった。


「まず、全員に改めて紹介しておく」


 レオンの視線がリサに向き、次いで全員の視線がリサに集まった。


「今日から我々Code9の新たなメンバーとなった、リサ・ヴァングレイスだ。【ブルスバーグ】の養成所からの配属となる。まぁ、いつものILDFお決まりの人事だ」


 ILDF――国際対龍種防衛軍事連盟――は、その名の通り世界の主要国による龍種に対抗するための連合組織だ。

 各国の滅龍部隊の指揮権は各国の上層部に委ねられているが、組織図的にはILDFの傘下ということになっている。故に、国境を超えて人事異動が行われることも少なくない。

 そういった背景があるからこそ、リサはセルトリア王国への配属に疑問は持たなかった。もちろん、【ブルスバーグ】からの事実上の切り離しに対する失望はあったが。

 リサは拳を握り締め、軽く頭を下げた。言葉と共に自己紹介なんてできる心境ではなかったし、それができるほどに大人でもなかった。


「はいはーい!」


 その時、リサの隣でミーナが元気よく手を上げた。

 レオンがミーナを目で指名すると、ミーナはレオンに不服を隠すつもりのない目を向けた。


「ねぇボス! リサちゃんにCode9の説明全くしてないでしょ! 任務の話の前にその説明をした方がいいんじゃない?」

「む、説明してなかったか?」

「……されてないです」


 とぼけたことを言っているレオンに、リサはムスッとしながら呟いた。

 未だに、さっきの自分の質問を無視されたのを根に持っている。

 すると、どうやらようやく説明する気になってくれたらしいレオンが、手に持っていた端末を置いた。


「ここはCode9だ」

「……さっき聞きました」

「ここでは、ILDFで用いられる階級は存在しない。それぞれの隊員が役職を持ち、それに合わせて上官が決定する。俺は第零班班長であり、お前は第零班特殊作戦隊員だ」

「……はぁ」

「以上だ」

「以上だ、じゃねぇわヒョロガリ」


 何一つわからない説明をしたレオンは、いつの間にか背後にいたセラに頭を叩かれていた。

 リサが呆気に取られていると、「そこ代われ」とレオンを押し除けたセラは呆れた表情を浮かべる。


「わりぃな。こいつは任務のこと以外はだいたい全部ポンコツなんだ」


 そう言って、セラは仕切り直すように説明を引き継ぐ。


「ここはCode9。ILDFにて定義されている九の対応命令であるCodeから外れた、十番目の対応命令を遂行するための部隊だ」

「十番目……そんなもの、存在するんですか?」

「存在はする。だが、本来はしちゃならねぇ。だからこそ、あたしたちは具体的な部隊名を持たず、対応命令そのものを名乗るんだ。Codeの最低ライン、Code8はお前も知ってるな?」


 セラの問いに、リサは小さく頷いた。Codeの中身を知らないなんて、座学トップのリサにあり得るわけもない。


「Code8『龍種情報整理命令』。民間から集められた龍種の目撃情報から、真偽の調査を行う命令ですよね」

「そうだ。大抵は虚偽の情報が多く、発令回数が最も多いが最も軽視されているCodeであり、全ての龍害の起点になりうるCodeでもある」

「でもCode9は、それよりも下の対応命令ということですか?」

「ああ。なんせ、Code9が対応するのは龍害じゃない」

「龍害じゃない?」


 リサは首を傾げた。

 ディランが持っている対龍種装備も、この部屋にある書類も、ほとんどが龍害対応に使われるものだ。


「あたしたちの目的は、“龍害そのものの予防”。龍害が起きる前に対応する故に、龍害への対応はしないんだ」


 言葉と理屈は理解できた。しかし、リサは納得することが出来なかった。


「……そんなこと、できるんですか?」

「できるかどうかじゃねぇ。やるんだ。龍害になり、Codeが4以上になれば確実に死人が出る。そうなることを防ぎ、5以下のCodeに対して事前に動く。それがあたしたちCode9の任務なんだよ」


 セラの瞳には、強い意志が感じられた。

 リサの中に生まれていた、左遷先での暗雲とした感情じゃない。そして、周囲の他のCode9のメンバーの瞳に宿るものを見て、リサは不思議な感覚になる。


 ――目が、死んでない。


 それ即ち、この部隊が生きているということであり、意味ある存在であるということだ。

 そんな中、元の立ち位置に戻ってきたレオンは、端末を操作してテーブルの上に置いた。

 端末に表示されているのは、訓練で見覚えのある任務命令書。しかし、これは訓練で使われる仮のものではない。ILDFの認定印が押された本物だ。


「それでは、任務のブリーフィングを開始する――」


 その数分後、リサは初任務へと赴くことになった――

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