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1話「怪しい部隊」

 風が冷たい。

 高山地帯特有の乾いた空気が、肺の奥にまで入り込む。

 リサ・ヴァン=グレイドは、無言のまま輸送車の後部ドアにもたれかかり、頭上に広がる灰色の空を仰いだ。

 ヴァルゲン軍政連邦の滅龍部隊【ブルスバーグ】の訓練生として育ったリサは、数日前に上官から辞令を渡されてすぐに旅立つことになった。

 辞令が出されると、その訓練生は繰り上げで卒業という形になる。

 成績優秀故にすぐに【ブルスバーグ】の正規隊員として辞令が出される所謂栄転というものもあるが、リサの場合は最終試験での醜態が原因の、事実上の退学だ。

 なぜなら、行き先はセルトリア王国。かつて『人龍大戦』において人類の英雄とされた"暁の英雄"イグナス・ローディンの出身地であるが、今では龍害に対する最前線でも何でもない辺境の土地だ。

 数時間車に揺られ、辿り着いた場所はイグナス・ローディンを祀る聖地である『ロス・エリオン』。

 目の前にある白い建物はどこか宗教じみていて、リサは好きになれなかった。


 ――まぁ、左遷先としては十分な魅力の無さね。


 将来を断ち切られた軍人の行き着く先が、真っ白で快適な天国であるはずもない。

 輸送車に写った自分の顔を見る。

 素朴な亜麻色の髪の毛。少し伸ばし過ぎてしまったかもしれない。風に揺られて、十八にしては幼さの残る顔の周りで暴れている。

 ここに写っているのは、龍を撃てない欠陥品。

 そんな自分が行く場所を、訓練生たちは欠陥品のゴミ捨て場と噂していた。


「おい、何してる。置いていくぞ」


 低く、くぐもった声が聞こえた。

 振り返ると、目の前に銀髪の長身の男が立っていた。

 やけに尖っていて、鋭利な印象を受ける顔立ちだ。細い目つきのせいかもしれない。

 軍服……というには、格好がラフすぎる。あれがここの制服なのだろうか。


「レオン・グラファルク。第零班、班長だ」

「……リサ・ヴァングレイドです」


 レオンはうなずきもせず、端末を指で操作する。

 小型の術式端末だろうか。少なくとも、養成所であんな端末を見たことはない。


「履歴は見た。評価は高いな。身体能力も魔法能力も悪くはない」

「……はぁ」


 気のない返事をしてしまった。

 それを聞いたレオンは、その細い目つきをさらに細めた。


「俺はお前の上官だ。その口の聞き方はなんだ」

「……はい」


 言われてリサは姿勢を正す。

 しかし、養成所で褒められたキレのある動きでは無かった。


「…………まぁいい。ここに来るやつはそういう反応をするか、言葉では表せられないくらい奇人かのどちらかだ。もう慣れた」


 レオンはいまだに不機嫌そうだったが、そう言い放つと「ついて来い」と踵を返した。もしかしたら、不機嫌そうな見た目が彼の平常時なのかもしれない。

 レオンについていきながら、施設内に足を踏み入れた。

 軍事施設というには、余りにも人影がない。今のところ見かけたのは、守衛らしい居眠り寸前の中年男と目の前のレオンくらいだ。


「あの、質問をしてもよろしいでしょうか?」

「なんだ」


 リサがレオンの背中に問いかけると、レオンは振り返りもせずに返した。


「なぜ、私はここに選ばれたのですか?」

「ここがどこかを聞く前に、それを聞くのか」

「……少なくとも、龍はいなそうなので」

「確かに、この世界では龍の危険が無ければ場所は気にならんか」


 どこか皮肉めいたように言ったレオンは、そのまま黙々と歩き続けた。


 ――え、答えてくれないの?


 リサはレオンの態度に眉を顰めたが、背中を向けているレオンがそれに反応するわけもない。

 しばらく静寂に包まれた施設内を歩いていた二人だったが、やがて簡素な扉の前でレオンは足を止めた。


「ここだ」


 短くそう告げ、レオンは振り返る。


「中に入り、待て。隊員が揃い次第任務のブリーフィングを始める」

「は? えっ、任務?」


 突然告げられた任務という言葉にリサが素っ頓狂な声を出していると、レオンは止める間も無くスタスタとどこかへ歩いて行ってしまった。


「え〜……」


 リサは扉の前にポツンと一人取り残されてしまった。

 そうなってしまうと、リサにできることはただ一つ。

 上官の命令に従い、目の前の扉の奥に進むことだ。

 一度深呼吸を挟んで覚悟を決めたリサは、目の前の扉に手をかけた。

 そのままの勢いで扉を開く。

 するとそこは、散らかった部屋だった。

 部屋の中心に巨大なテーブルがあり、大量の書類が山積みにされている。

 壁にも色とりどりの書類が貼り付けられており、膨大な数の書き込みもあった。

 引き込まれるように中に入ると、薄暗い影の中から三人の人影が見えた。

 そのうちの一人がヌッとリサの前に進み出てきたので、リサは驚いて身を引いてしまった。

 明るい金色の髪に、快活そうな笑顔を浮かべた少女だった。年齢はリサと同じくらいだろうか、着崩した軍服の上から白衣を纏っている。


「わぁ! あなたが噂の新人、リサちゃんね!」


 ピョンと飛び跳ねた少女は、リサの手を強引に取ると、ブンブンと上下に振りながら握手をしてきた。

 その瞳も表情も柔らかく、戦場とは程遠い暖かさを持っていた。リサにはないものだ。


「私はミーナ・ラザリオ! よろしくね!」


 元気よく自己紹介され、ミーナはリサを部屋の中心へと引っ張って行った。

 戸惑いながらもそれについて行ったリサは、そこでようやくこの部屋が何かの会議室のような場所であることに気付いた。

 中央のテーブルに置かれた書類たちの下には巨大な地図があるし、壁一面の走り書きは「要観察対象」や「解決済み」など様々な意味ある言葉たちが並んでいた。


「おい、やかましいぞ」


 そんなリサたちに――特にミーナへ――人影の一人が煩わしそうに声を出した。

 リサよりもやや年上に見える黒髪の青年。肌は青白くて、瞳がほとんど揺れていない。


「彼のことはあんまり気にしないで。ディーくんの厨二病はいつものことだから」

「おい、誰が厨二病だ」


 ディーくんと呼ばれた青年は、不満げな顔をしながら書類の陰から出てきた。

 そして、リサは彼が持っていたものを見て眉を上げた。

 銃だ。それも大きい。銃身はほとんどそれを持っている彼の身長ほどある。

 特大のスコープに光を反射しない塗装。リサはこの装備を見たことがなかった。少なくとも、【ブルスバーグ】で正式採用されているものではない。

 リサの視線に気付いたのか、彼は持っていた銃をどこか得意そうに体の前に持ってきた。


「……ディラン・スレイトだ。これは『キング・スレイン』。対龍種超長距離特化型魔導銃器の一つだ」


 対龍種。

 その言葉を聞いただけで、リサは拳を握りしめた。

 ここがどこなのかはわからない。だが、少なとも対龍種の装備を持っている人間がいる場所ではあるようだ。

 だからこそ、龍を撃てなかった自分が何故ここに配属されたのかがわからない。


「ミーナ姉もディラ兄も、あんまり新人の方を困らせたらダメですよ」


 リサの背後で、高さのある幼い男の声がした。

 振り返ると、そこにはこの部屋にいたもう一人の人影である、背の低い少年が立っていた。


「……子ども?」


 思わずそう呟いてしまった。

 それを聞いた少年は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにへらりと笑った。


「あ、あはは、子どもって久々に言われましたね。まぁ、子どもなんで間違いはないんですけど」


 少年の背丈はリサの胸よりも下だった。

 通りの良さそうな焦茶の髪と、その下にある幼さが残り続けている顔。

 どう多く見積もってもせいぜい十四歳。下手したら、もっと下だ。


「初めまして。ノクス・フィーネルトです。まだ十三歳ですし、子ども扱いは歓迎です」


 そう言って、ノクスは落ち着いた様子で頭を下げる。

 【ブルスバーグ】からの辞令と、彼らが着ている軍服を見るに、ここは間違いなく対龍種の軍関係施設のはずだ。

 なのに、十三歳という若年がここにいるのはどういうわけなのだろうか。


「……あの」


 ようやく、リサは楽しげなやりとりをしている三人に向けて口を開いた。

 三人からの視線が集まる。特に、ミーナはリサに一歩近づいてきている。


「ここは……何なんですか? あなたたちはいったい……」


 リサの疑問に、ミーナは驚いたように目を丸くした。

 そのまま顔を覗き込まれ、リサは困ったように後退った。


「え、知らないでここに来たの?」

「……はい。ただ、辞令でここの場所だけが伝えられて……」

「ここに案内される時、なんか不機嫌そうな人に案内されなかった? こーんな感じの」


 ミーナが自分の目を指で吊り上げる。

 細くなった目と不機嫌そうな色を見るに、恐らくレオンのことを言っているのだろう。


「案内はされましたけど、質問には答えてくれなくて……」

「あぁ、レオンさんならやりかねませんね」


 ノクスが仕方ない、とでも言いたげに肩を竦めた。ここでは、レオンからの説明がないのは当たり前なのかもしれない。

 しかし、ミーナはこのことにご立腹の様子だった。


「いくらボスだからって、女の子を初めての場所に連れてきて不安にさせるのは、男としてどうなのさ」


 何やら言い回しに語弊があるような気がした。


「リサちゃん、あのね、ここは――」


 と、ミーナが説明しようとしたその時だった。

 部屋の扉がドカンッと勢いよく開き、中に燃えるような赤髪の女性が飛び込んできた――

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