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ワルプルギスの夜

帝国統一歴709年1月某日 ロタリンギア星系領首都フロランス


その日、ロタリンギア星系首都フロランスにもようやく夕闇が迫ろうとしていた。

1週間前に出された首都戒厳令および夜間外出禁止命令により、今週の首都は比較的穏やかな夜を過ごせていたのだが、今夜はどうやら様子が違うようだ。

首都フロランスのロレーヌ宮殿前広場付近には、日が傾きだした頃からか民衆が三々五々と集まり始めていた・・・。

見る見る内に人々の数は増え続け、短い間に広場の大部分を既に占めつつあるのだが、不思議な事に人々は静寂を保ち続けている。

「広場に参集しつつある市民に告ぐ。・・・後約30分で、夜間外出禁止令の開始時間となる。・・・市民は速やかに会合を終え、ただちに帰宅せよ!」

宮殿前広場の警備部隊の隊長が、次々と数を増やしつつある群衆に向かって解散と広場からの退去を呼びかけるが、集まる群衆は既に数に於いて警備部隊を圧倒しつつあった。

群衆が退去に移る動きはなく、皆がただ無言で・・・静かに″何か″を待っている様子である。

宮殿正門で群衆に対峙していた警備部隊は、群衆の実力排除を断念し、治安維持司令部に対して″何らか″の要請を行っている。

その時、日没を告げるサン・ロレーヌ大聖堂の鐘が大きく鳴り響いた。

同時に、宮殿正面の群衆が大きく騒めきだし・・・その場所に武装した幾重もの群衆によるバリケードが出現する。

いつの間にか、バリケードの後ろには簡易な演台が据え付けられ、″魔女の仮面″を被った三人の女性が突如としてそこに立ち上がる。

最初に″緑銀の仮面″を付けた魔女が、いきなり演説を始めた。

「そう!我々は糾弾します!昨近のロタリンギア星系領の凋落は、旧態依然として過去の栄光に胡坐をかき続けた、現宮中伯家の星系運営にこそ最大の原因があるのです!」

「「そうだ!そうだ!」」

多くの群衆が賛同の声を上げ盛んに手を叩く。

続いて登場した″赤銀の仮面″の魔女は、身振り手振りを交えながら、民衆の持つ負の感情を更に一段と掻き立てる。

「我々は糾弾します!現宮中伯家は、その力量不足を全星系世界に惨めにも曝し、我らロタリンギア星系民は一層の恥辱にまみれました!我々は重要な戦略拠点を失い、貴重な戦略資源をも喪失しました!その責任は・・・全て無能な宮中伯家の星系運営にあるのです!」

巧妙に煽られた大多数の群衆は、よく訳もわからずも・・・ただ熱狂して叫ぶ。

「「そうだ!その通りだ!!現在の我が領の窮状のすべては、現宮中伯家にこそ、その責任があるのだ!!」」

そして・・・満を持したかのように、″黄金の仮面″の魔女が登場し、呪詛に満ちた"スペルワード"を叫んだ!

「今こそ行動の時です!・・・我々のロタリンギア領は刷新されねばなりません!・・・旧弊は一掃されねばなりません!今もって、何ら責任を取ろうともしない・・・現宮中伯家は退場しなければなりません!・・・怒れる市民たちよ!今こそ行動の時です!」

・・・この″三人の魔女たち″は実のところ、集団催眠術による群衆扇動のスペシャリストとして某貴族に雇われた、星系の裏世界で暗躍する"パンドラ三姉妹"と呼ばれるエージェント達であった。

そして・・・予定通り扇動され既に熱狂状態に陥った群衆が、手に手にお粗末な武器を握り込み、一斉に宮殿へと一歩一歩・・・その破滅への歩みを始める。

・・・混迷するフロンランスに・・・巧妙に仕組まれた"魔女たちの饗宴ワルプルギスが、今宵ついに始まったのだ。


熱に浮かされた群衆がロレーヌ宮殿に動き始めた頃、首都治安維持第22大隊の指揮官に扮するテオは、既に宮殿前広場の警備部隊後方に部隊の展開を終えていた。

群衆の動きに対応して広場警備部隊が突然左右に分かれて走り去り、中央部周辺には″偽装″第22大隊が現れて宮殿に向おうとする群衆と新たに対峙した。

テオを始めとして第22大隊の士官全員が、宮中伯家の″アイリス″を象った仮面を着用しており、部下となる多数のアンドロイド兵達も胸にアイリスの紋章を輝かせている。

テオは群衆に向って、第22大隊指揮官としての警告を行う。

「広場を不法に占拠している市民諸君に告げる!私は首都治安維持第22大隊指令″モンタギュー中佐″である。諸君は首都フロランスにおける夜間外出禁止令に違反している。諸君が速やかに解散しない場合は、我々は実力でこれを排除せざるを得ない。警告する!直ちに解散し帰宅せよ。5分待つ。・・・5分経過しても未だ広場に残る者は・・・″宮中伯殿下の敵″と看做し我々は厳正に対処する。・・・これは最終警告である!」

・・・そして5分が経過した。

広場の群衆は、まるで何かに操られているかのように、依然誰一人として退去する者はいない・・・。

モンタギュー中佐ことテオは、隣の副官に頷き合図を出した。

第22大隊はその装備する武器の銃口を民衆に対して向け、最後の・・・号令を待つ。

・・・モンタギュー中佐ことテオは、確固とした決意を込め″その命令″を下した。

「宮中伯殿下の敵を殺せ!」と。


当然のことであるが、宮殿前広場の状況はシャトー・ベルサイユの軍令本部によって終始監視されていた。

スクリーンで現地の状況を見つめる軍令長官のペレアスが、傍に控える幕僚に話しかける。

「さすがは、宮中伯の忠臣モンタギュー男爵であるな・・・。言動に全くブレがない」

声を掛けられた幕僚が応じる。

「確かに、見上げた闘争心と忠誠心と言うべきです。その忠誠の向かうところが宮中伯家であるのは些か残念ですが・・・」

ペレアスも続ける。

「その忠臣も、宮中伯家の運命に殉ずることになる訳だ・・・。何しろ・・・ロタリンギアの民衆は″旧態依然たる″宮中伯家の刷新を願っているからな。・・・それで、その後の準備は完了しているか?」

その幕僚が応える。

「既に軍令本部第1練兵場にて、一般民衆に偽装を終えた第51独立強襲大隊が宮殿内への突入に備えています。また作戦実施後のモンタギュー中佐他、第22大隊の士官達を拘束すべく、軍令本部直属の保安局選抜2個中隊が保安局営舎で待機中です」

ペレアスは満足そうに頷いて、スクリーンに目を戻す。

「それでは・・・我々は最後の幕を観覧する事としよう。・・・″カール宮中伯の没落″と言う現代劇の再終幕をな」

そして・・・ペレアスは、その後確かに・・・モンタギュー中佐が出した″宮中伯殿下の敵を殺せ″との命令を聞いた。

しかしながら次の瞬間、軍令本部のスクリーンはノイズによって突然ホワイトアウトした。

一斉発砲されたらしき銃声も、微かにモニターからは聞こえたのだが・・・以後は結局、軍令本部では何ひとつ情報を得られなくなったのだった。


・・・そして場面は元の宮殿前広場に戻る。

宮殿前広場では、テオの命令を受けたアンドロイド兵達が、レーザーガンの照準を一斉に空に向けた後に、10秒ほど連続発射した。

それを見た″緑銀の魔女″が些か拍子抜けしたように呟く・・・。

「結局のところ・・・威勢のいい言葉であっても・・・所詮は″こけおどし″ですか。なに、弾除けはいくらでもいる・・・。実弾であっても一向にかまわないのに・・・」

アンドロイド兵の斉射の後には、約20名程のクローン兵装の士官が、その″武器″を構えてゆっくりと群衆の前に出てくる。

その武器はと言うと・・・何とそれは所謂いわゆる″ラッパ銃″であった・・・。

ラッパ銃・・・太古単一惑星時代の初期に銃器がようやく世に出回りだした頃・・・散弾を発射するために考案されたと伝わる・・・あのラッパ銃である。

まるで太古の戦争ドラマ・・・それもロタリンギアの劇場で稀に演じられる古典劇″三銃士″でしかお目にかかれないような・・・珍妙なシロモノだった。

″赤銀の魔女″がこらえきれずに噴き出した。

「プー・・・クスクス。あんなものがまだこの世に存在していたなんて・・・。いったいどこの考古博物館から拾ってきたのやら・・・」

・・・流石に群衆の中からも、あちらこちらから馬鹿にしたような失笑が漏れる。

それこそ・・・撃てるものなら撃ってみろと・・・言わんばかりに。

しかし周りの喧騒に、委細構わず一歩前進したクローン士官達は、その銃口を少し上方に向けると、それこそ劇中の場面にそっくりに・・・文字通りの意味で・・・ぶっ放したのだ!

盛大な発砲音と発砲煙を吐き出したそのラッパ銃であったが、その銃口から飛び出したのは・・・なんと赤・白・青の三色からなるひらひらした綺麗なリボンと、同じく三色の細かな破片として飛び広がる紙吹雪だった・・・。

そうそれは・・・今もってクリスマスを祝うあちこちのパーティーで、子供たちが紐を引いては騒いで遊ぶオモチャ″クラッカー″そのものであった・・・。

″黄金の魔女″が流石にこれにはたまらず、盛大に笑い始める。

「キャハハハハ・・・彼らもこの″ワルプルギスの夜″を、私たちと一緒に祝おうとでも言うのかしら?なんと滑稽な・・・。キャハハハハ・・・」

残り二人の魔女たちも、彼女と一緒になって笑い転げる・・・。

しかし・・・異変は既に始まっていたのだ。

笑い続ける彼女たちが、ようやく気を取り直して少しだけ周りを見回した時、さっきまであれほど盛り上がりを見せていた群衆の熱気が跡形もなく霧散し、皆がぼんやりと・・・ただ棒立ちしているのみだった。

ほんの直前までは、人垣のバリケードで自分達を守っていたはずの"弾除け達"さえも、全員がその武器を手から落として・・・魂が抜けた様子で・・・近くにただ漫然と座り込んでいた・・・。

魔女たちは驚いて、ぼんやりしている周囲の群衆に向って慌てて声を掛ける。

「あなた達!!いったい何をしてるの?早く宮殿への行進を再開しなさい!!・・・我々民衆の敵を忘れたの?」

そう・・・彼ら民衆は、もはや彼らの敵なるもの全てを忘れていたのだった。

そしてその秘密は、彼女たちが散々に嗤ったあの″ラッパ銃″にあったのだ・・・。

あのラッパ銃こそは、本作戦に備えてギル達エルフ4人組が作り上げた、お気に入りの″オモチャ″であって、以前4人が"惑星ミドガルド"にてミスランディアを攻める数万の敵軍勢を完全無効化したところの、彼ら4人がその場に居なくとも・・・"あの時の効能"を発揮出来るようにと作り上げた"秘密兵器"であった。

因みに・・・この″ラッパ銃″のアイデアを出したのは・・・ベレンである。

(敵を驚かせつつ油断させ、更には無効化すると言う秀逸なアイデアで・・・ベレンに座布団一枚!・・・なんだこれは・・・大喜利か?)

またいつもの事ではあるが、エルフ4人組絡みの作戦実施の状況は慎重に秘匿される必要があるため、これまた作戦開始に先立って広場を監視するベルサイユ軍令本部の目を潰すべく、ギルとルチアの合作の"域内情報封鎖装置リアルミスト"を稼働させていたのだった。

・・・そして、″パンドラ三姉妹″が事態の異常さをようやく理解した時には・・・。

彼女達と群衆の中に潜んでいたその仲間達は、既にその全てが第22大隊の残存する他の兵士達によって、逃亡出来ないように完全包囲されていたし、その後は・・・速やかに全員が彼らに拘束されたのであった。

それはもちろん、当然のことであろう。

・・・なぜなら集団催眠にかかっていた広場の群衆は、エルフ達の"おもちゃ"の効能ヘイワノココロによって、とっくの昔に武器を捨てて帰宅する途中にあったし、その後未だに広場で騒いでいたのは、彼女ら雇われたエージェント達だけであったのだから・・・。

しかしながら・・・その事実を、ベルサイユの軍令本部が知ることは・・・終ぞなかった・・・。


情報が途絶し混乱するベルサイユの軍令本部に、程なく一通の緊急電文が入る。

それは、宮殿前広場に展開する第22首都治安維持大隊のモンタギュー中佐からの、非常緊急電文による連絡であった。

そこには・・・。

「通信状況不良のため、緊急電文にて報告する。我ら第22大隊は広場を不法占拠する暴徒を武力で鎮圧し、既に宮殿前の秩序を回復した。別命あるまで、我らはこのまま宮殿前にて待機する」

そう、電文には記されていた。

ベルサイユの軍令本部では、広場の状況が全く把握できないまま、しかしながら次なる命令を出すよう迫られていた。

ペレアスは周りの幕僚に、八つ当たり気味に怒鳴り散らす。

「ええい!何もかも、状況が全くわからんではないか!いったい第22大隊の作戦は本当に完了したのか?」

恐る恐る幕僚がペレアスに返答する。

「報告では・・・秩序を回復したと・・・。通信途絶までの情報と彼の報告からすれば、作戦は完了したと判断するのが妥当かと・・・」

幾分忌々し気に、ペレアスは已む無く作戦続行を決断する。

「・・・では!作戦を次の段階に進めよ!モンタギュー達を拘束し、偽装第51大隊を宮殿に突入させよ!・・・もう時間がない!」

軍令本部直々の命令を受けて、最初に保安局2個中隊と民衆に偽装した第51大隊が宮殿前広場へと向かった。

・・・ところが、広場に到着した保安局2個中隊から驚くべき連絡が入る。

それは丁度広場周辺の通信障害が、自然こいに解消したばかりの時であった。

「広場に第22大隊の姿が見えません!・・・彼ら士官たちの拘束は不可能です!」

軍令本部は新たな混乱に見舞われる。

ペレアスがやや戸惑いながら呟く。

「いったい奴らはどこに消えたのか?・・・ひょっとして・・・。そう、間違いないはずだ!」

そして確信を込めて新たに命令を下す。

「保安局の部隊は、第22大隊宿舎に向え!そこで何食わぬ顔でモンタギュー達に接近し、いきなり彼らを拘束するのだ!・・・そして第51大隊は予定通り宮殿に突入し、そのまま宮中伯と伯太子を排除せよ!」


こうして・・・次なる戦いの舞台は遂に、いよいよ″麗しのロレーヌ宮殿″へと移るのであった。

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