第1話 円卓の騎士とファースト・ミッション
帝国統一歴709年1月某日(初日) マリーエンブルク領第911研究所(皇帝府)円卓会議室にて
今日は"なんちゃら皇帝"の執務室に、新メンバーを含む皇帝府幹部全員が初めて集まった日であった。
当然の事ながら、同じ元平民出のバルド・シルヴァンとマテウス・クローネンバーグは別として、元々貴族出のテオドール・フォン・ギーエンとグレーヒェン・フォン・ノディエ両名の、ノエル新"皇帝"を見る目は幾分冷ややかだった。
それとは逆に、ノエルの傍らに座っている額に宝玉を付けた4人の子供たちを見る彼らの目は、興味深々かつ狙っていた獲物を見つけた目であった。
「「そうか・・・。彼らがあの・・・」」二人はそう小声で零す。
そう・・・それは彼らからすれば、ごく当たり前の反応であろう。
ノエルの名目的な"皇帝位"は取り敢えず無視するとしても、ノエルは既に星系軍の軍令長官でもあるので、当然ながら彼の命令一つにより自分達の生死に関わる事態も生じ得る。
彼らマリーエンブルク星系軍の貴族出の士官達に少なくない声として、"ノエルの星系軍での成功は、単にずば抜けた″噂の特殊戦力″を手中にしていたからであり、ノエル自身の力量故とは言えない"であるとか、更には"もし自分たちが″彼ら″を使えたならば、今頃は自分がその地位に・・・"とかの、やっかみだとも思える声だって未だに存在していたのだ。
そう言うことだから、如何にヴァネッサとは近しい彼らとしても、"無条件でノエルの権威を認めそれに従う義理などない"との、極めて"名門貴族らしい"反応を示したのであった。
しかし当然の事ながら、ノエルだってそんな彼ら貴族達の、反発しがちな心理状況は百も承知である。
過去からの全星系領の歴史を振り返っても、"元平民"上がりの新貴族が、皇帝位はおろか星系軍の軍令長官になった事例すらないのだ。
だからこそ、ノエルは自分の持つ″地位や権威″を彼らにムリヤリ押し付けるのではなく、"今後仲間となる全員には、互いにその能力で認めあってほしい"と、これまでのノエルと宝玉の仲間たち同様のルールでやろうと呼び掛けたのだった。
「まず最初に・・・これからオレに対しては、"陛下"もしくは"閣下"と呼ぶことを禁じる。オレたちは仲間となるんだから、互いに敬称抜きで呼び捨てとする。もちろん対外的な場ではその限りではないが、ここ皇帝府の幹部間に於いてはこのルールは守ってもらう」
ヴァネッサもそれを当然の如く、新たなメンバーに対しても促す。
「だから・・・テオそれにグレーテ。今まで通りあなた達は、わたくしのことはヴァネッサと呼ぶ事。わたくしもノエルに対してはノエルとしか呼ばない。他のみんなもそう」
「「「「うん!」」」」
これまでもそうして来た、宝玉の仲間たちは当然の如く同意する。
しかし、そんな謎慣習に馴染みのないテオドールとグレーヒェンは当然の如く混乱する。
「そんな事を言われても・・・それでは組織として上下の示しが・・・」これはテオドール。
「それは流石に、星系軍の世界では許されないと言うか・・・」ついでグレーヒェン。
それでノエルが、意地悪気な笑みを浮かべながら″その真意″について説明する。
「マリーエンブルク星系軍は辺境伯領の公的な実力機関だから、その星系軍による対外的関係は、当然星系領同士の公的な関係とならざるを得ない。つまりは、・・・″皇帝位″と言う″ババ″を引かされたマリーエンブルク領と星系軍は、今後は″そう簡単には軍事活動など起こせないし、その一挙一動を他の星系領から監視される”と言う事なんだ」
「ところがだ・・・。君らはオレ達のこの皇帝府が、どんなに変テコで特殊な組織であるかはもう理解しているだろう?本来ならばお飾りで儀礼的組織でしかない皇帝府に、密かにマリーエンブルクで最精鋭の実力集団を集めたのは・・・いったい何故だと思う?」
皆が思い思いに考えを巡らしつつも、結論を導き出せずに沈黙している。
「・・・」(確かに・・・何故だろうと)
そしてノエルは次なる爆弾発言を、テオドールを始めとする新メンバーたちに投下した。
「それは・・・。表立って派手には動けなくなったマリーエンブルク星系軍に代わって、・・・オレ達皇帝府は色んな問題を抱える他の星系領に″非公式かつこっそりと″実力介入し、この混迷深める星系世界に″真の平和と秩序″をもたらすのさ!」
「「「「・・・! ・・・! ・・・!!」」」」
それはこの場の新メンバー全員にとっては、びっくり仰天発言で自らの驚きをもう言葉にすら出来なかった。
ただ・・・4人のアブナイ子供たちだけは、はしゃいで互いに勝手な事を言い合ってる。
「楽しみー!ボクもう10個ばかり新機軸の特殊兵器を作ったんだよ!」
「あたしだって、宝玉の機能を組み合わせた新戦術を、まだいくつも用意してるんだ!」
「じゃあ!誰の武器や戦術が一番効果があって相手を驚かしたか、またみんなで競争だな!」
「いいわね!わたしだって張り切っちゃうんだから?・・・でもこれって、また″ヴァリノール″に怒られる案件?」
既に・・・再び大暴走の予感・・・。
イーリスは額に手をやり顔を上に向けて、既に襲い来る頭痛に耐えている・・・。
こっそりと″ノエルの真意″を聞かされたはずのヴァネッサはと言うと、いつもと同様に遠い目をしていた・・・。
だから・・・とノエルは続ける。
「そんな″非公式でおかしな影の実力集団″にとって、貴族的かつ星系軍的な形式的上下関係なんて邪魔なだけで、実際のところ非効率なんだ。・・・そんな暇があるならもっとその頭を働かせろってね。・・・オレが欲しいのは忠実な″部下″ではなく、理想に向かって共に歩む″同志″だ。つまり・・・君たちはそれに足る才能として認められ、全マリーエンブルク領の中から選抜されたのさ」
それまで聞いていたバルドが、にやりと口角を上げて呟く。
「こりゃあ傑作だ・・・」
それにマテウスが応じるように頷き、自信に溢れた顔つきで続ける。
「これまた・・・随分と壮大なミッションですな」
しかしテオドールとグレーヒェンはと言うと、未だに目を白黒させている。
「「・・・ ・・・」」
まだも戸惑う彼らに、イーリスが穏やかな笑みで優しく声を掛ける。
「最初は・・・当然慣れないと思いますけど、少しずつ自分のやり方で溶け込んでいけば良いと思いますよ。・・・わたしだって未だにノエルさん、ヴァネッサさん呼びですから・・・」
最後に、ノエルがここ皇帝府に集まった幹部全員に対して、締めの言葉を述べる。
「この円卓会議には、互いの地位や階級ではなく個々の能力で認め合おうって、実際そんな意味も込められているのさ。そういう事で、テオ!グレーテ!バルド!マテウス!・・・オレ達の皇帝府にようこそ!」
こうして、新メンバーたちはノエル達の新たな″同志″として、シン皇帝府に参画したのであった。
そしてこのシン皇帝府の幹部メンバーは、・・・本当に誰が言い出したのやら・・・いつしか″シン皇帝府の円卓の騎士″と呼ばれるようになるのだった。
・・・ ・・・
程なく・・・むしろ早速と言うか、ノエル達は既に実務的な幹部協議に移っていた。
「・・・まあそう言う事なので、最初にオレたちがこれから取り組むべき課題について整理しようか。・・・じゃあ、マテウス頼む」
そうノエルが、星系軍参謀部に所属するマテウスに対し議論開始を促す。
「はい!ノエル・・・殿。喫緊に手を付けるべき課題とすれば、もはや無政府状態に陥りつつあるロタリンギア星系領混乱の鎮静化でしょうか」
「具体的な状況を説明してくれ」
そう指摘するマテウスに、詳細な説明をノエルが求める。
「情報局からの報告によれば、先のエレギオン失陥以来、ロタリンギア星系主要都市及び首都惑星フロランスでは、都市部での反政府民衆運動が頻発し治安部隊との衝突も度々伝えられていましたが、つい1週間前には星系全都市住民に対する、無期限の戒厳令と夜間外出禁止命令が布告されるに至りました」
「問題は・・・都市民衆の反政府運動の背後に、ある有力な貴族勢力の関与が確認されていることで、・・・その貴族勢力の狙う最終目的は、どうやら旧ファルツ大公領の分離独立にあるようなのです」
他領の話とは言え、随分と物騒な情報に懸念を覚えるグレーテが思わず零してしまう。
「それって・・・かなり不味い話じゃない?このままだと・・・行きつく所は内戦とか?」
その発言にテオも応じ、自身の意見を述べる。
「ああ、相当不味いな・・・。もし内戦勃発となれば、ロタリンギア領単独での収拾は恐らく不可能だろう。下手したら他領を巻き込んだファルツ継承戦争の二の舞だ・・・」
ヴァネッサは自ら発言はしないものの、変人の"やり過ぎた"結果に額を押さえている。
そこにバルドが自らの疑念を呈する。
「確かにかなり深刻な状況だが、そもそも俺たちはそこに介入可能なのか?・・・普通は内政干渉だとされて、他領は絶対そこへの関与を認めないだろう?」
マテウスが、それらの懸念や疑念に対する星系軍参謀部の見解を述べる。
「今マリーエンブルク星系軍は動けないというのが、現時点における参謀部の見解です。既に分裂気味のロタリンギア星系軍の動向ですが、政権側と分離独立派に属する両軍のいずれとも、外部勢力の介入を恐れて既に他領との境界領域を完全封鎖しています」
「エレギオン戦役の時とは状況が違います。今ここで表立ったマリーエンブルク星系軍による介入を行えば、他の選帝侯たちはマリーエンブルクに領土的野心ありと警戒し、否応なく直ちに反マリーエンブルク同盟を成立させることに帰結します」
「更に、軍事技術的な見地から述べれば、完全封鎖された境界領域を無効化するには、先だってメロヴィング星系軍に行使した戦術クラスの攻撃が絶対要件となります」
しかしながら・・・先のそれは、実のところルチア達エルフ大暴走による偶然に近い結果であり、それは既に"ヴァリノール"のエルフ達によって"禁止カード"として封印されたので、実際のところもう二度とは使えないのだ。
早速の難題にノエルが溜息を吐きつつ、自身の意見を最後に述べる。
「プトレマイス領とドラコ領の紛争推移や、メロヴィング領の極秘計画進展も気にはなるが、ロタリンギアの状況をこれ以上悪化させる訳にはいかない。最初から困難なミッションとならざるを得ないが、ロタリンギア領への極秘介入をオレ達皇帝府最初の仕事としよう」
ノエルの発言に、皇帝府のメンバー全員がゆっくりと頷いた。
そう・・・。シン皇帝府の円卓の騎士たちによる、ファースト・ミッションがこれから始まるのだ・・・。