イントロダクション
皆さま、お久しぶりです。
何と言うか、ついつい新シリーズを始めてしまいました。
思い起こせば、ギル達およびアレックの大暴走により、引っ掻き回した星系世界をいったいどうすんの?という続編は必須だったのかも知れません。
これから先のお話は、敬愛する某物語から少し離れた、作者の勝手気ままのストーリーとなる事でしょう。
前作を偶然目に止めた方がいらっしゃいましたら、是非このシリーズにもお目通しいただければ幸いです。
どうか、よろしくお願いいたします。
帝国統一歴709年1月吉日 マリーエンブルク辺境伯領ノルトライン=ザルツァ家宮殿大ホールにて
「5大選帝侯の推戴により、神の名において・・・汝ノエル・フォン・ローリエを、第48代″星系統一帝国皇帝″とする」
マリーエン大司教が、月桂樹を意匠した黄金の冠を、跪くノエルの頭に静かに被せる。
冠を受けたノエルがゆっくりと立ち上がって、自身の隣で跪き頭を垂れているヴァネッサに向き直り、自身のものと対になる銀の月桂樹の冠を彼女の頭にそっとかぶせた。
その次の瞬間、一斉に白地に黒十字の垂れ幕が何本も勢いよく、ホールの壁面の天井付近から滑り降りてくる。
垂れ幕が降りてくるのに合わせ、5大選帝侯を象徴する5色の、そしてマリーエンブルク領を象徴する薔薇の花が舞い散るが如く、ホール全体に降り注いだ。
その光景を合図に、大ホールに参集した貴族全員が一斉に声高らかと唱和した。
「ノエル皇帝陛下万歳!ヴァネッサ皇后陛下万歳!リンハルト辺境伯殿下万歳!マリーエンブルク辺境伯領に栄光あれ!」
この時こそが、マリーエンブルク辺境伯領に於いて、凡そ250年振りとなる″皇帝領″が成立した瞬間であった。
この式典の模様はマリーエンブルク星系領のみならず、各選帝侯領の貴族および民衆へとリレー伝送通信により中継され、全ての星系領においても衛星実況放送されたのだった・・・。
その日、領内主要貴族および他星系領からの来賓が綺羅星の如く居並ぶ中、厳かな雰囲気の中でマリーエンブルク辺境伯太女ヴァネッサ・フォン・デア・ノルトラインと男爵=星系軍大将ノエル・フォン・ローリエとの結婚式が、そしてその式典に引き続きノエルの″星系統一帝国皇帝″およびヴァネッサの″星系統一帝国皇后″としての即位および戴冠式が執り行われた。
・・・ん?辺境伯太女と結婚する逆玉の男爵が、どうしていきなり皇帝として戴冠し、立場は上のはずの辺境伯太女がその皇后となるの?・・・これって逆じゃね?
そう感じた読者諸賢が、"こいつはいったい何を言っているのだろうか?"と、作者のおつむのネジ具合に疑念を呈するのは、極めて正当な感覚であり全く以ってその通りである。
しかしながら敢えて事実関係でもって述べれば、仮にマリーエンブルク領正史であろうと帝国科学アカデミー史籍部に残される記録であろうと、恐らくはこれと全く同じ表現とならざるを得ないだろう。
とは言え、この意味不明な説明だけでは流石にあまりにも不親切なので、以下少しだけここに至った経緯についての解説を加える事にする。
・・・先のメロヴィング領との懲罰紛争に於いて、ノエルとその仲間達が(その大暴走により)大勝利した結果、全星系世界に事実上の覇権を確立したマリーエンブルク領に対し、現皇帝領のメロヴィング領から星系統一帝国皇帝位が譲られることになった。
その大げさな名の割には実態を少しも伴わない単なる名目的な"帝国皇帝"なる称号を、マリーエンブルク辺境伯リンハルトは自身の娘と結婚することになった″平民上がりの新男爵″ノエルの箔付けに利用する事で、分不相応かつ前例がないと一部の領内貴族たちが未だこだわる不満を逸らそうとしたのだった。
しかしその帰結として、マリーエンブルク領内に於いては・・・ノエルは辺境伯の後継者となる娘の入り婿に過ぎないのに、対外的には全星系領の統一を象徴する″星系統一帝国皇帝″として、形式的にではあるが全星系世界に君臨すると言う、何度聞いても良くわからない摩訶不思議な立場となったのであった。
さらに言えば、″帝国皇帝″自体は、直轄軍も領星も領民すら何一つ持たない完全な名誉職に過ぎないはずなのに、何故かマリーエンブルク星系軍に於けるノエルは、星系軍大将かつ軍令長官に就任しマリーエンブルグ全星系軍を指揮すると言う、もう何が何だか輪をかけて訳がわからない立場なのである。
賢明なる読者諸氏には、次なる想定を少しだけ頭に思い描いてほしい。
人類がまだ宇宙に乗り出す前の単一惑星時代の頃、太古極東地域に存在したと言う小国″EDO″にて、政治的権力は持たず古都で″はんなり″と暮らしていたはずの"MIKADO"さまが、実は″EDO″の軍事を統括する大将軍さまでした!と言うぐらいの荒唐無稽な話になるのである。
これまでの星系世界の歴史を振り返って見れば、過去帝国皇帝位は常に5大選帝侯の誰かがほぼ持ち回りで兼任していたので、名目的地位と実力は当然ながら一致しそこに矛盾はなかった。
だからこそではあるが、″星系統一帝国皇帝″と言う単なるお飾りに過ぎない地位が、現実の星系世界に対して何らかの政治的影響を与えた事も殆どなかったのだった。
しかしながら・・・今回選帝侯でもないノエルが星系帝国皇帝に即位した事によって、過去から長く続いてきたこの慣例に変更をもたらしたことは、必然的に名目的な象徴たる星系帝国皇帝と真の支配者で実権を持つ5大選帝侯と言う、帝国成立時からずっと並立してきた二つの関係性を、将来的には根本的に変えてしまう可能性をすら含んでいたのであったのだ・・・。
・・・それらの多分、当分先の事であろう話はさて置くとして。
ヴァネッサとノエルの結婚式には、不死の国"ヴァリノール"から帰って来たギル達エルフ4人組も、こっそりとフラワーガール・フラワーボーイとして参列していたし、戴冠式後はそのまま皇帝警護隊として、密かにノエル達の身辺近く目立たないように控えている。
(当然ながらベリルが映像をコントロールする中で、彼らが星系衛星放送に映り込むことは決してないのだ)
そしてイーリスもヴァネッサ付の直属武官として彼らと共にあったように、彼ら所謂″宝玉の仲間達″の関係は以前と全く変わっていなかった。
とは言いつつもノエルの皇帝即位に伴って、新たに大きく変化した事象もそれなりにはあった。
先ず、対外的な面子もあってか新皇帝の直轄組織として、”シン皇帝府″がノエルの(星系軍から用意して貰った)男爵家屋敷内に″名目的″に置かれた。
しかしそこは一般民衆や他領から来た観光客が、建物の周辺でよく記念写真を撮っているような・・・俗に言う"名所"的なアレである。
実際の皇帝執務室はそこにではなく、(ノエルとしては、実のところ些か不満ではあったのだが)第911研究所所長室の看板だけをこっそり付け替えて・・・そのまま"皇帝府"として使用されることになった。
そして"シン皇帝府”のスタッフはと言うと・・・そこは当然ながら、それなりの追加補充が行われていた。
その新メンバーであるが、皇帝執務室エリアの保安局要員として、バルド・シルヴァン少佐以下12名の保安局員が新たに赴任して来た。
そう、アレックの部下としてロスト・コロニー惑星″ミドガルド″の調査に参加していた、あの弓の名手バルドである。
彼もようやく帝国科学アカデミーでの後処理が終わり、ようやく昇格して新たな任地に赴いたと言う訳である。
次に辺境伯太女の直属部隊長として、星系軍から皇帝府に出向して来たテオドール・フォン・ギーエン中佐(子爵令息)がいた。
彼はヴァネッサの従弟にあたるのだが、配下として率いる″ホーク・アイ″第106強襲増強大隊(8個中隊)と共に、(建前上は)ヴァネッサ辺境伯太女の警護に従事する。
このホーク・アイ大隊は、実のところマリーエンブルク星系軍"最精鋭"とも評価されている、星系軍秘蔵の特殊部隊であった。
また、軍需複合企業体集団からは、ヴァネッサの友人でもあるグレーヒェン・フォン・ノディエ少佐(男爵令嬢)が赴任していて、今後ホーク・アイ部隊(実態としては皇帝府全体)の兵站部門を統括することとなっている。
最後に軍令本部参謀部作戦局からも、皇帝府監察官(お目付け役との建前だ)として、俊英の誉れ高い(3年前の軍大学主席卒業者)マテウス・クローネンバーグ少佐(新貴族準男爵)が送り込まれていた。
その他では皇帝府直属の文民官僚として、星系中央政府で最優秀と選抜された若手事務官50名ほどが、科学研究エリアの隣のスペースに大挙して引っ越して来ている。
(科学研究エリアの科学者スタッフは、初めからマリーエンブルク領最高レベルの頭脳集団で構成されている)
つまりは・・・なんてことはない・・・。
実際のところ、辺境伯リンハルト(と密かにヴァネッサ&ノエル)の意を受けた、いったいこれから何やらかすの?と問うべきレベルの、マリーエンブルク領各部門から選抜された最精鋭チームが、シン"皇帝府"には結集していたのだった。
”帝国皇帝”は直轄軍と領星領民は持てないはずなのが建前だが、″彼ら武官は辺境伯太女直属だからこの場合は問題ないのだ″との、それこそあからさまな悪い大人達による詭弁からなる代物であった。
当然の事ではあるが、ヴァネッサはきっと全てのケースで、彼女直属部下達への指示命令をノエルに相談委託するだろうし、皇帝に即位したノエルはマリーエンブルク星系軍の軍令長官として、当然マリーエンブルク星系軍全体に命令を下す権限を有している。
また・・・更に言えば、ギル達バイオロイド(エルフ)運用部隊とは、ノエルからのみ指示命令を受ける、ノエル直轄で他には極秘の特殊戦力であった。
これらは本来、ギル達バイオロイド運用部隊を他者に悪用されないようにと、ノエルとヴァネッサで色々考えた末に集めた″皇帝府″であったはずなのだが、期せずしてこの”シン皇帝府"は、過去歴代各星系の皇帝たちの誰一人として、かつて持った事がなかった強大な″実力″を今や兼ね備えてしまっていた。
建前上ではあったが、これまで存在した皇帝府はどこか特定の星系領には属することはなく、単に星系帝国全体を象徴するだけの形式的な儀礼組織とされていたのである。
しかしながら、この”シン皇帝府"の実態とは、マリーエンブルグ領の最精鋭を結集し、独自の戦力を自由に行使しうる、強大な実力を備えた″領民なき一つの軍事集団″でもあったのだ。
では″元平民"皇帝ノエルは、その強大な力を如何に抑制的に活用し、もし可能であれば極力平和裏に、この混迷する星系世界に"真の平和と秩序"をもたらす事が出来るのか?
そして更には・・・最初にギルとルチアへの約束の原点となるべき二人の安住の地そのものを、いつの日かこの星系世界の内に実現できるのか?
それらがこれからの、ノエルとヴァネッサ更にはイーリスや、ギルとルチアそしてベレンとミスティと言った宝玉の仲間達に、新たに課せられるミッションとなるのである。
全星系領の民衆から"元平民皇帝"と綽名されたノエルの、そしてその仲間たちの未来を自らの力で作り上げていく物語が、今再び始まった・・・。
・・・しかしながらと言うか、その道筋はやはりと言うか、当然に一筋縄ではいかないと言うか・・・。
恐らくそれらはこれまでに増して、仰天かつ奇想天外なるストーリーにならざるを得ないのだろう。