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片腕お姉さまと地を転がる少年  作者: 渡辺ファッキン僚一
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こういう時は悪質にひらめく女なんだ、私。

 もうちょっと挑発してやろうかと思ったけど、そこまでするのはかわいそうなので、謝ってあげる。




「ごめんごめん。悪かったからさ、そんなに怒らないでよ、ねっ?」


「別に怒ってねぇって」


「怒ってんじゃん?」


「これはあんたに怒ってるんじゃなくて……」


 マボーは不機嫌そうにそっぽを向いて「……自分に……怒ってるんだ」


「ん? それってどういう意味?」


 不機嫌そうにマボーは頬をピクピクさせる。


「あんたに教える必要ないだろ」


「あっ、意地悪なんだ。あんなに弱々しく私に助けを求めてたくせに」


 マボーはそっぽをむいたまま無言。




 ……そんな好奇心をかき立てるような態度をとられたら、こっちだって意地になっちゃうでしょうが。本当に話したくないならそれって逆効果だよ、未熟者のアホめ。




「ねぇねぇ教えてよぉ」


「だからあんたには関係ねぇだろ」




 何とか口を割らせたいな。ん~~~、と腕を組んで黙考。




 ──ひらめいた!




 こういう時は悪質にひらめく女なんだ、私。

 伊達に他人からの悪意にまみれて生きてるわけじゃないぜ!




 マボーは私の腕を気にしてるみたいだから、こういうのが効果的なんじゃないかな?




 マボーの顔の前で袖をパタパタと振る。




「腕を切断した時のことを話すから、怒ってる理由を教えて」




 反応はすぐに出た。マボーは茶色婆さんみたいに、ギョッとして、怒った。




「あっ、お……おまえ、そういうのは、だっ、ダメだろ!」


「私が腕を切ったのは……」


「話さなくていい!」



 エサを横取りされた犬みたいに、歯を剥き出すマボーに、うふふと微笑みかける。


「そう言うなら、話さない。その代わりに、どうして自分に怒っているのか教えて」


「どうしてそうなるんだよ!」


「私が腕を切断したのは市立病院の三階にある手術室で……」


「やめろ!」


 マボーは叫んだ。




 私がビックリしてのけ反っちゃうくらい大きな声。




 難しい顔で私を見つめる。




「……そういうのって、人に話していいことじゃないだろ」


「どうして?」


「どうしてって……どうしてかはわかんねぇけど……。そういうもんなんだよ!」




 丸められた紙クズみたいに顔面をしわくちゃにして、マボーが困っている。若いのによくこれだけ皺を作れるなコイツ。




 マボーはその顔のままで私をじっとにらんでいる。




 言いたい事があるけど、どうやって言葉にしたらいいのかわからない。




 そういう表情。




 私に気を遣おうとしている顔なのかな?




 ……きっと、そうだ。なぜだかほのぼの気分になる。うふふ、こいつ弟気質だな。




 扱いが簡単そう。いいぞいいぞ。




「キミが話してくれれば全部、丸く収まるんだよ?」


 ちっ、とマボーは生意気な舌打ちをして肩を怒らせる。


「……限界まで運動したつもりだったんだ」


 絞り出すようにマボーは言った。


「起きあがれないくらい疲れたつもりだったのに、あんたに水をかけられたら動けちゃっただろ。限界だって思ったのに、本当は、まだまだ動けたんだ。それって自分に嘘をついてたってことだから。……だから、自分に怒ってんだ」


「どうして限界まで疲れなきゃいけないの?」


「そこまで言う必要なんかないだろう」


 私は踊るみたいに右袖をひらひらさせニッコリ。


「痛み止めのお薬ってお尻に入れるんだよ。知ってた?」


「だから言うなって。あんたはそういうこと他人に言って平気なのかよ? 心は痛くないのかよ?」




 はぁ?




 心?




 痛い?




 ……うぷぷっ! 




 マボーちゃんってば、心が痛くないのか? ですって?




 爆笑。




 マジ受ける! やったぜ!




 んっ、もう。そんな恥ずかしいことよく言えますわね。正気?




 アホか? アホだな。アホ決定。




 今月のアホの子は、マボーで決まりだ。ベストオブアホ。




 あははは。




 ……そんなの。そんなの。




 そんなの痛いにきまってるでしょう、ズッキンズッキン来てるよ。




 だけどこういう風に冗談っぽく言うのは嫌いじゃない。傷が日常に溶け込んでいくっていうか、平気でいられる自分に安心できるっていうか。私の心って頑丈じゃん、って確認できる。




 ……自虐的な喜びだってあるし。




 そういうのは嫌いじゃない。




 うん、嫌いじゃない。




 自虐をなくしちゃったら私みたいなもんは生きていけませんからなー。




 そりゃ、見知らぬおっさんに言われたら、頭が熱くなると思うし、さっきも茶色ババアに激怒したばかりだけど、少なくとも……どういうわけか……。




 マボーに言われるなら嫌じゃないと思う。




 何かこう差別的な感情があるのかもしれない。よくないな。公平に嫌がっていきたい。だけど、まー、なんだ?

 こいつ、可愛いもんなー。




 可愛いって得だよなー。

 私も可愛く生まれたかったなー。




「痛みより、キミへの好奇心の方が上」




 マボーは再び、ちっ、と舌打ち。




 私は甘えるように左右に首を振りながら顔を近づけて「いいじゃんいいじゃん、教えてよ。二人だけの、ひ、み、つ。絶対に誰にも言わないからさ」


「……本当に誰にも言わないんだろうな」


「言わないよぉ。私とキミだけの秘密だってば」




 袖をひらひらさせて微笑む私を、マボーは疑わしげにねめ回す。




 ……うふふ。これは勝ったも同然!




 袖のひらひらは勝利の舞といってもいい!




 この年頃の男の子が、秘密話だなんて甘美な誘惑に耐えられるわけない。




 逆の立場だったら私は、二秒ともたないないと思うもん。




 案の定マボーは、私の期待に応えてぼそりぼそりと喋り出した。




「誰かと限界まで戦ってみたいんだ」




 ……んっ?




「戦うって、どういうこと?」


「どうって……殴ったり、蹴ったり、首を絞めたりとか……そういうことだよ」


「そ、それって……。ぼっ、暴力を、ふっ……。んっ……ふるいたいってこと?」




 ……まずい。




 とってもまずいです。

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