年下の男の子をからかうのって、すっげー楽しい!
マボーはゴクゴク喉を鳴らして水を飲み出した。
まるで砂漠でオアシスを見つけた探検家みたい。
推定3リットルは飲んでから栓を閉めて、どたん、とその場に座り込み、こちん、と円柱に後頭部をあてて夕焼け空を見上げる。
そして「くそっ」と悔しそうにつぶやいた。
あらわになったマボーの喉を水滴が流れる。
それが変に男っぽく見えた。
ぽこんとした喉仏がハッキリと見えたせいかもしれないけど、それだけじゃない気がする。
禁断のセクシーさというか、真っ正面から考えると頭が変な場所に、連行されそうな雰囲気だ。
二次元の美少年ではそういった気持ちになることはあるけど、本物でこんな気分になるのは初めてかも。
ヤバいな。
生身の人間を見てもこういう感情になるのかー……。おもしれーな、私。
あのさー、そういうの最低だよ。
だってさ、男子高校生が小学女子にときめいたら、まずい。
ということはそれの逆だってまずい。当然の思考だ。
「どうして怒ってるのかな?」
愛想のいいお姉さんキャラになりすまして話しかけた私を、マボーは毅然と無視した。
くそっ、無視とはいい度胸してんじゃん、小僧。
おっと、私はこんなことで怒ったりしないんです。人間ができてますから。
何かあるたびに夫が鎌倉に駆け出すような老婆とは違うんですから!
というわけで、さらに優しく微笑んであげます。
「そんなに怒らなくてもいいんじゃないかな。あっ、もしかしてキスされたのがショックだった? 口移しで水を飲ませるなんて、キスにふくまれないから安心してよ。私もこれはキスにふくまないつもりだしさ」
マボーは眉根を寄せて「そんなんじゃねぇよ」
「じゃ、どうして怒ってるの?」
糸のように細めた目で私を見上げ「あんたに関係……」
マボーは一瞬、全身を硬直させて、
「……ないだろう」
マボーの唇が微かにピクピクしてる。
目が泳いでいる、というか溺れてる。
どこかに掴む藁がないか必死に探す目。
残念ですけど、私に助けを求められても困ります。
わたす藁も持ってないような女なのでよろしく。
私の右袖がひらひらなのに気づくの遅いよ。
鈍感だなこいつ。もっと早く気づけ。
マボーはぺっと唾と水が混じった液体を自分の足下に吐き捨てる。
「いいから、ほっとけよ」
おやおや何ですかその、オレはあなたの障害なんか全然気にしていないぜ、という主張が見える乱暴な言葉遣いは?
私への怒りと障害者への配慮の狭間でどういう態度でいればいいのかわからなくなったんですね?
そのお気持ち、手に取るようにわかります。
そういうのに傷ついちゃいそうなセンシティブな自分がいるけど、大丈夫。
逆の立場だったら私だって変な空気を発散しちゃうだろうなぁ、ってわかってるから平気。
そんなの普通、普通。
全然OKです。
だからキミの態度の変化に気づかないふりをして、話を続けてあげる。
私の配慮に感謝してね。後日、鶴の恩返し的なことしてくれればそれでいいから。まぁ、ウチに来て織物されてもこまるけどさ。
「口移ししてごめんね。だけどコップとかなかったからしょうがなかったの」
「だからってあんなことするか?」
なんか心地いい反応だなー。
私さ、年上っぽい行動苦手だと思ってたんだけど、マボーにはできそうな気がする。
こういのなんて言えばいいんだろ?
調子。
調子に乗った行動ができる気がするッ!
私はお姉さん気分で、むふっ、と頬を緩め自分の下唇に指先を当てる。
なんか凄いこと言えそうな気がする!
言っちゃえ! 言ってしまえ! そういう気分だ、私。
「私の柔らかくてセクシーな唇の感触も味わえて、嬉しかったんじゃない?」
うひょー、言ってやったぜ、私。
「嬉しくねぇよ、バカ」
……おややっ、今度は余計に怒って見せましたって口調だ。
マボーめ、照れましたね。うふふ、かわいい奴め。
むむっ! こういう時になんか的確な言葉があったような気がする。
えっと? なんだ? そうだ!
ういやつ、じゃないかな?
どんな漢字を当てはめるのかわかんないけど。
ういやつめ。
「キミの唇は女の子みたいに柔らかくて、気持ちよかったよ」
「ふ、ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!」
がうっ、と怒った犬のようにマボーが叫ぶ。
「うふふふ」
魔性のお姉さんな笑みをマボーに返す。
あー、なんだろう、この余裕に溢れた、うふふ、気分は。
楽しい! 超楽しい!
年下の男の子をからかうのって、すっげー楽しい!
知らんかったー。マジかよ。こんな快感、世の中にあるのかよー。