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片腕お姉さまと地を転がる少年  作者: 渡辺ファッキン僚一
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むにっ、と唇を重ねて頬をすぼめた。

 腰くらいの高さの円柱のてっぺんに、真上を向いた蛇口が設置されていた。




 おおぅ、こういうのにさわるのって久しぶり。




 ステンレスの銀色に、夕焼けの黄昏色が反射して綺麗。




 小学校低学年の頃に感じていた、夕暮れ前の寂しい気持ちがじんわりと蘇る。




 あの時は右腕あったんだよな~。

 くっそ、あの頃は私の心にしか流れない、みんな以外の歌を聞いてなかったんだよなー。

 みんな以外の歌を聞くのはもうこりごりなんだよ!




 余裕があれば幼かった頃を思い出して涙をにじませてもいいけど、今は死にかけのマボーを助けるのが急務です。




 栓を捻ると小さな噴水のように水が吹き出した。これをマボーに持って行けば……。




 待って!




 戦慄が脳天からつま先まで走り抜けた。




 どうやって水を運べばいいの?




 円柱をぐるっと回ってみたけど、コップや柄杓はどこにもない。この場で飲むことを考えて作ったんだろうから、そんなもの用意してあるわけないか。




 手をお椀にしても片手じゃ少量しか運べないし、マボーにたどり着くまでに全部こぼす自信は満々。




 どっ、どうしよう。




 ポケットに入れて……。ダメだ。私のスカートがびしょ濡れになるだけだ。




 んっ……んん。何かいいアイディアないかな?




 容器の代わりになるもの? 代わり、代わり……。




 私よ、ひらめけ!




「みっ、みっ、水、水……」




 背後から即身仏になる寸前のお坊さんみたいな力のない声が迫ってくる。




 ここにマボーの即身仏を安置した御堂を立てるわけにはいかねぇ。なんとかせねばー。




 ひらめけ! 私!


「みっ、みっ、水、水……」


「わかったから、待ってなさい!」




 ひらめこうとしているんだから邪魔しないでよ、もう! 


 んんんっ。ひらめけ。


 んんんっ。全然、ひらめかない。




 無理。




 ええい、もう! どうせ私が飲むわけじゃないんだから、ビニール袋や掃除用のバケツでいいから落ちてないの?




 んっもう、行政は真面目に仕事をしすぎですってば! 




 ここまで必死にゴミを拾う必要なんてどこにあるのよ! 




 綺麗にしすぎると風景から暖かみが損なわれるんだってば。適度に汚れているくらいが一番落ち着くのに。バカ行政め。




 いつか出るとこに出てバッシングしてやる!




 私専用の証言台を用意しとけよ! ダイヤモンドで作っておけ!




「みっ、みっ、水、水……」




 うっさいなぁ、もう!




 私を急かすな!




 急かされるとパニックになるのが私だぞ。パニックになったら頭を抱えてこの場から動けなくなるんだからな? わかってんのか?

 電車に乗っている時に理由なパニック状態になって、身動きできなくなり全身から滝のように汗をかいたりする私なんだから。




「みっ、水……水」




 わーかった! わーかった!




 パニックになる前に解決しなくては!




 水を求める少年を放置して水飲み台から動けなくなるとか割と最悪な事態だ。




 えーいっ、こうなったら!


 やったろうじゃん! なめんじゃねーよ。


 やるッ!


 もう知らん!




 私は口を突き出して噴き出る水をキャッチ。




 木の実をためるリスさんみたいに、頬を水で膨らませ駆け足でマボーに戻る。




 飽きもせずに目をつぶって、うめいているマボーの横にひざまずく。




 勢いでやる!




 そーれ、たんとお飲みなさい。




 むにっ、と唇を重ねて頬をすぼめた。




「じゅーっ」


「ぶぶぶっ! ぶはっ!」




 暴走族のバイクみたいな炸裂音を響かせて、マボーは水を吐き出した。




「ぶふっ!」




 逆流した水が私の喉や鼻の奥に浸入。




「ぶごぉぉぉ! おぶうぅぅぅっ」




 私も水をまき散らして、激しく咳き込む。




 横で丸くなったマボーが苦しそうに「おえっおえっ!」とえずいている。




 ナイスアイディアのはずだったのに、ちょっとした阿鼻叫喚を発生させてしまった。何? いったい何が悪かったって言うの?


 アイディアは完璧だったはずよ!


 倫理的に間違っていたとしても、理論的には正解だったはずだわ!




「ごふっ、気管、おぇっ、鼻、ぶぶっ、げぼっ!」




 私が苦労して運んだ水は、呼吸器官に潜入して、胃に落ちていかなかったようだ。残念無念。




 マボーは目を大きく見開いて私をにらんで言う。




「何すんだよ!」


「水を飲ませてあげたんだよ」


「ふざけんな! あんな飲ませ方あるか!」


「死にそうな顔をしてたけど元気そうじゃん? 自分で歩いて飲みに行けば?」




 うっ、と息を飲んだマボーは傷つけられたみたいにうつむいて、トボトボと水飲み場に向かって歩く。




 その背中に異様なほど寂しそうな雰囲気が漂っていた。




 あれ? なんかまずいこと言ったかな?




 隣家の柴犬のハナちゃんが吠えすぎて家人に怒られると、ああいう感じになる。胸がキュンとする切なさがある光景だ。




 そんな顔をするくらいなら吠えなよ! 

 もっと吠えていいよ、ハナちゃん! って思う。

 みんな我慢するよ、ハナちゃん! 犬だもん、吠えるよね?




 ……ん~。私、そんなに酷いこと言った?




 口調が厳しかったかも。




 不安になったので水飲み場に向かうマボーのあとを追う。

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