なに可愛い顔してんだよ、ボケ。
5話
無事に土手を降り、河川敷をトコトコしてマボーに接近。
大の字に倒れた少年を見下ろす。
そうだと思ってたけどやっぱりね。
死んでなかった。
目をつぶって、酸欠の金魚か餌をねだる鯉みたいに口をぱくぱくさせてる。
まぁ、死んどるわけないわな。
強欲な金持ちみたいな口調で思う。
死んどっても一文にもならんでー。
あっ、まだ無駄な思考に脳細胞を使おうとしてる。本当にみんなどうなんだろう? みんな真っ当な事だけ考えて息てんのかな?
みんな以外の歌を歌って教えておくれよ。
私にもみんなの歌を歌わせておくれよ。
だから考えるな、私。
ふー、とため息を一つ。
こんなに近くでマボーを見るのは初めてだ。
……あらら、マボーってば割とかわいい顔してるんだ。
口元に子犬みたいな愛嬌がある。
あんな運動してるから、もっとバカっぽいか、屈折したツラをしてるかと思ってたよ。
素直そうじゃん。
可愛いじゃん。
みんな愛されてそうな顔してんじゃん。
そんなことくらい顔を見ればわかるんだよ。
私の同類かと思ってたのに、キミにはがっかりだよ、少年。
なに可愛い顔してんだよ、ボケ。
Tシャツは汗でびしょびしょで、工事現場のホースみたいにペコペコ動く肌色のお腹が透けて見えた。
僕は生きてます、って主張を強烈に感じる。
半分死んでるような私とはかなり違う。
っていうか、こんなに肌が透けるほど運動したことないよ、私。
上半身、ほぼ裸じゃん。
んっ。
……それにしても、なんかエロいなこの少年。
こんな無防備に白い腹をペコペコ動かしていいもんかね? イタズラされそうだぞ、少年。
放置していたので少年がイタズラされました、ってことになったら悩みが増えるな。
そうじゃなくても大丈夫かどうかは確認しておいた方がいいだろうし。
「おーい。大丈夫か?」
目をつぶったままマボーの口が動く。
息も絶え絶えに言う。
「みっ、みみずくれ」
「ミミズくれ?」
……何を言ってんだ。
ミミズを欲しがるなんて、スズメかコイツは?
あっ! 大変!
どうしよう!
もしかしてマボーが人間に見えているのは私だけで、みんなの目にはスズメに見えているのかも。
いつの間にかファンタジーワールドに潜入しちゃった?
えっと、舌切りスズメだとスズメがお土産にくれる箱は、一番小さいのを選べばよかったんだっけ?
そうすれば大判小判がざっくざっくか……。
いいねぇ。現代の価値ではどのくらいかしら?
大判ってどのくらいの価値があんの? 1万くらいかな?
それともどっかの球団を買収できるくらいあったりする?
野球は無理でもバスケチームくらいは買えるかな?
買ったところでなんの展望もないけどさ。
プロバスケチームのメンバー達には悲哀を味合わせてやることくらいしかできないんじゃないかな?
私、得意だと思うんだよね、悲哀。
マボーは顎を左右に力なく振る。
「みっ、みっ、みず……みずを、くれ」
あー、はいはい、水ね。そりゃ、そうだ。水ね、水……って。
「そんなことを言われても」
水筒を携帯なんてしてないし、ペットボトルも持ってない。
近くにはコンビニも自動販売機もない。
すぐそこを川が流れているけど、まさかあれを飲ますわけにもいかない。
……エノコログサだったら咥えさせてあげれるんだけどな。
死にゆく少年の口にエノコログサを差すって詩的でいいと思う。
無限のメタファーが生まれそう。
「みっ、みっ、みず」
マボーは震える手で私の右腕を指さした。
ひっ?
背中が冷たくなる。
片腕なのを指摘されたのかと思って心臓がキュッと縮む。
違う、違う。
マボーは目を一度も開けてないんだから、気づくわけないじゃないか。ドキドキの無駄遣い禁止。
老婆! あの老婆のせいでやっぱり心が敏感になってる。
「みっ、みず」
マボーが指さした方角には小さな水飲み場があった。
「OK、水ね」
くるり、と身をひるがえして小走りで水飲み場に向かう。