本当に死んでたらどうしよう
運動場で動き回る少年をじっと見つめる。
……しっかし、何を考えてるのかねぇ。
運動をして体を鍛えているというより、無茶をして体を壊そうとしてるみたいだ。
マッドの名にふさわしき行動。
鉄拳制裁も辞さない鬼コーチにやらされている、というならまだわかるんだよね。
追い詰めてくれる人がいると過酷な状況にも、けっこう我慢できるからね。私もリハビリの時にそれは経験したしさ。
やれ! って恐く言われるとできるっていうのは間違いなくある。
部活の先輩や先生が怒鳴ったりするのって好意的に見ればそういうことでしょ?
私は根に持ってるけど、無理すれば好意的に見ることができるくらいの広い器を持ってるのだ。死ね! 中二の時の剣道部の渡部先生は死ねッ!
だけど追い詰めてくれる人もいないのにあんな運動を続けられるなんて、どういう精神状態?
鉄の心がないと絶対に無理。
あらため、という気持ちでエノコログサを上下にぴくっとさせて思う。
──もしかして、私に似ていたりするのかな?
──壊れたいって思ってたりするんかな?
「ぷっ、ぶふふふっ」
つい吹き出してしまった。
腹筋をしていたマボーが団子虫みたいになって、ごろごろ猛スピードで前転を始めたのだ。
凄い、凄い、凄い!
猛スピードの前転なんて生まれて初めて見たかも。
バカだ、アレはバカの運動だ。完全に狂っとるよ!
クレージーガイだよ!
はぁ、凄いなぁ……。
本当に何を考えてるんだろう? ここまで来ると明らかに異常。
ぐるぐる転がっていたマボーは急にバタッと四肢を大の字に放り出すと、ピクとも動かなくなった。
目が回った?
ん~~~~~~~~~?
どした? 少年?
いつまでもマボーは微動だにしない。さすがに疲れて動けなくなったのかな?
いや、あの。まさかね。
まさかとは思うんだけどさ。
……もしかして死んだか?
まさかとは思うけどあんな無茶な運動をしてたから、そうなってもおかしくないと思う。
血管や筋肉がぶちぶち切れちゃいそうな動きだったもん。
……ん~。
まだ動かない。死んだふりをしているテントウムシみたいに無抵抗にじっとしている。
ハゲワシとかが死臭を嗅ぎつけて、ついばみにやってくるのは時間の問題ではなかろうか?
もしそうなったら、マボーの死体をついばむハゲワシを黙って見ていていいのかな?
大自然的には正しい気がするね? でも人間の尊厳的には間違っているかも。
大自然の前で人間はただの弱く小さき生き物にすぎないッ! って感じの、おぅまいごっど、な事態になったらどうしよう。
クソのような光景だな、って思って見てるのがクールかな?
ハードボイルドにエノコログサの茎を噛んでるしな。ハードボイルドに見守るべきではなかろうか?
あっ、でもどこかの国では鳥葬といって、死体を鳥に食べさせるお葬式があるはず。
だから、それはそれでいいのかもしれない。
鳥に天国に連れて行ってもらうなんて、ファンシーじゃん!
まぁ、きっと、実際は鳥同士の臓物の奪い合いで腸がびろーんとかなアレな光景なんだろうけど。
びろびろんーん。
……それにしても動かんなぁ。まさかとは思うけど……ん~。
困ったな。
本当に死んでたらどうしよう。
あうっ。
そんなことを真剣に想像したらお腹が冷たくなってしまった。
お腹の中のモノがごっそりと出ていったみたいな不安。内臓がないから保温できない。
口から入った冷たい風が冷たいまま溜まっていく。
どうしよう?
こうなっちゃったからには、見捨てるわけにいかないか。
観察しているだけがよかったのになぁ。
接してしまうのって、面倒だぁ。
だからってこの状況で見捨てるってわけにはいかないもんなぁ。
くぅぅぅぅぅぅぅぅ。
行きたくないけど、行くかぁ。うあぁ。
ゆっくりと腰を上げ、坂を下っていく。
……っととと。
急な下り坂って、バランスを崩して転びそうになるから嫌い。
片腕になってからは登り坂の方が重心を保ちやすくて楽ちん。
腕がこんな役割をしていたなんて、失って始めて知ったよ。
短い右腕がバランスを保つためにぶんぶん動いているのが、健気でかわいい。
キュートといっていいでしょう。
旗を振っているみたいに袖がパタパタ。
うふふふ。ガンバレ右腕。
短くったって気にするな。私はいつだっておまえの味方だよ。