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片腕お姉さまと地を転がる少年  作者: 渡辺ファッキン僚一
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きっ、キスとかじゃないよね?

 私がむっくりと起き上がるのにあわせて、マボーは頭を下げて「ごめん」




「え? ごめんって何が?」


「んと……。お姉さまさ、オレの言葉か行動に傷ついただろ」


「えっ?」


「オレ、どうしてお姉さまが傷ついたのかよくわかってないんだ。

 でも、お姉さまを傷つけたのは間違いないから謝りたいんだ」




 こいつ、よくもそんなこと言えるな。普通はわからなくても、わかったふりするもんだと思いますよ。


「わかってないのに謝るなんて失礼だ、って怒る人だっていそうだけどねー」


「理由よりも、お姉さまの気持ちに謝りたいんだ」


「いや、あの……。別に傷ついてはいないよ」


「嘘、つくなよ。オレだってそのくらいのことはわかるよ」




 そんなに態度に出ちゃってたかな? 出ちゃってたか……。力なく横になってたもんな。小学生に気を遣わせちゃうなんて何やってんだ、私。




「いや、あの、えっと……。一応、うら若き? 乙女なわけじゃん、私って。それなのにおばあちゃんみたいだって言われて……。それで少し落ち込んだ」


「お姉さまは、おばあちゃんみたいって言われるの嫌なんだな」


「うっ。そう言われるとマボーのおばあちゃんに失礼な気がするけど……。でも、うん。その……。ほら、その……お年寄りに似てるって言われるのはショックだよ。私、まだ若いからさ……」


「ごめん。そういうこと言わないように気を付けるよ」


「いや、そんなに真っ直ぐな目で謝るようなことじゃない。私、簡単に落ち込むタイプだから、そういう時はほっといていいよ。

 勝手に寝とけよ、って思っていい」


「ほっとくわけにはいかないだろ。オレ、お姉さまを元気づけようと思うんだけど……」


「え? げっ、元気づけるって何をするつもり?」




 なっ、なんだろう? 何かくれるのかな?


 えっ? あっ、まさか……。


 きっ、キスとかじゃないよね?




 前に口移しで水を飲ませようとしたけどあるけど、今はもうそういうことできない。だって関係が変化してるもん!




 てっ、照れる!




 どうしよう!



 きっ、キスで、オレのキスで元気出せとか、そんな素敵すぎることしないよね? しっ、してもいいけど!

 してくれたら泣いて喜びますけど!




 積極的にされたいけど!




 むちゅーとタコ口にして待ち構えたいけども!




「お姉さま……」




 マボーは顔を近づけてくる。




 えっ? えっ? えっ? えっ? ……ま、まさか本当にキス?




 だっ、ダメだって!




 私の元気のために踏み越えていい一線じゃないってば!




 小学男子にキスされるなんて……。




「お姉さま……」


「はっ、はひっ」




 声が裏返ってしまう。




「お姉さまさ、オレの頭をなでていいよ」


「はっ、はい?」


「オレの頭をなでていいよ」


「え? うっ……うっ、うん?」


「お姉さまってオレにさわりたがるだろ?」




 そっ、そんな認識でしたか!




 私、さわりたがってましたか? ショッキングな現実認識!




 小学男子にさわりたがってるなんて変態じゃん!




「だから、オレの頭をなでたら元気がでるんじゃないかと思ったんだけど……」




 おっ、おっ、お~~~。マボーは自分のこと犬だと思ってるわけ? 悲しんでる主人のとこに来て慰める犬の話とか聞いたことあるよ。まんまそれじゃん!




 こいつ、犬だったのか! マジか!




 マボーは斜め下を向いて、少し恥ずかしそうな顔をする。




「オレ、間違ってたかな?」


「ま、間違ってない!」




 表情に引っ張られて、つい吠えるように言ってしまった。




 マボーは顔のパーツを全部、線にして微笑む。




「んじゃ、いいぞ」


「はっ、はい」




 あっ!




 あああっ!




 だからこいつ頭を洗ってたんだ!




 汚れ頭だと申し訳ないって思ったんだ!




 うおおぉぉぉぉおおぉぉぉおおぉぉぉおおぉぉん!




 こんなことまでしてもらって、私、どう反応したらいいわけ?




 タオルで拭いたとはいえはまだ濡れている。




 ちょっと指を立てて、がしゃ、と髪をかき回すようにしてなでる。




 わしゃわしゃしてると、気持ちが落ち着いてくる。悩んでたことがどうでもよくなる、って表現よくあるじゃない。




 まさしくあれ!




 どーでも、よくなる!




「もしかして、私になでさせるために髪を洗ってたの?」


「そうだよ。汗だらけで汚いの嫌だろ?」


「私はマボーの汗を汚いなんて思ったりしないよ?」


「でも、手がオレの汗で濡れちゃうの嫌だろ」


「わかってないなー」




 そう言いながらぐりぐりんと頭頂部を集中的になで回す。




「何がわかってないんだ?」


「猫吸いって知ってる?」


「知らない」


「猫に顔を埋めて、深呼吸するの。猫の匂いを堪能するの。それってさ、ある程度、猫が臭くないと意味がないわけよ」


「え? どうしてだ? 臭いの嫌だろ」


「猫を感じたくて吸ってるのに、猫成分が低かったらいやじゃない。猫臭くないとダメなの。そういうこと」


「でも、オレの汗は気持ち悪いだろ?」


「だから、そんなことないって。マボーの汗で手が濡れたら楽しいだろうな、って思いながら今、頭をなでてますよ」


「そっか。そういうものなのか……」


「そういうものです。次からそういうこと気にしないで。で、どう? 私になでられてマボーは気持ちいい?」


「え? ……んっ? うん。なんか安心する感じあるかもな」


「安心かー。でも、マボー、不安なんかないでしょ?」




 こいつはいつも自信ありそうな態度だから。私みたいな繊細さはないと思う。




「何を言ってるんだ、お姉さまは……」


「ん?」




 マボーは呆れたように私を見る。




「お姉さまに変なことしちゃったんじゃないかって、オレはずっと不安だったんだぞ。だから、こうしてるんだからな。お姉さまが落ち込んでるみたいだから、オレは練習してても不安だったんだぞ」




 ッ!




 こっ、この野郎!




 ちくしょう!




 そんな赤裸々なこと言わないで!




「お姉さまがそうじゃなくなったみたいだから、オレは今、安心してるんだ。そういう気持ち、お姉さまの手から伝わる気がするからさ」




 こっ、こいつ!




 押し倒して、無理矢理キスしてやろうか!




 自分の頬が真っ赤になってるの、わかる。




 ほっぺたが灼熱! 目玉焼きくらいなら作れるんじゃないかな。




 私をこんなにもこんなに気持ちにさせて、どうするつもりなんだ。




「はー、もう……、あー、もう! 好きだからね、私! マボーのこと好きだからね!」




「オレだってお姉さまのこと好きだよ!」




 犬が喜んで吠えるのと同じ声だ。




 ちゃんと同じ気持ちで、好きだって言いあえる日が来るのか……不安だし……。




 もしかしたら、そんな日は来ない方がいいのかもしれないって、少し思う。




 だって、それは、きっと、辛いことの始まりになるから。




 でも、そういう辛い日が来たら、それはそれで……。




 ──生唾を飲んで思う。




 もしかしたら、幸せの始まりなのかもしれない。




 だって、そういう関係になった証拠なんだから。

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